『code 09』 対なす刀
部屋自体が地に沈み出すと首領はこれ以上ないぐらいの機嫌のよさで俺の手をきつく握り締めてきた。その力の入り様に思わず顔をしかめてしまう。
そんな俺の様子に笑いながら、もう一人の俺に対してはやんわりと握手をすると続いて大袈裟なジェスチャーで抱擁をした。
「ちょっとおお!? 首領! 顔近過ぎッ! 角が刺さるから! それとハグにしては力が入り過ぎ!」
驚き慌てる少女の姿の俺を目尻を下げ見守る首領は、まったく力を込めてないんだがなっと苦笑し頭を掻いて謝る。
その様子は開けっぴろげで、とても満足しているように見えた。
「すまんな。これが孫娘を持った爺の気持ちなんだな。中身がお前だと......気心の知れたお前だからこそなのか、不思議と安らぐものだ」
爺ってそんな見た目でもないでしょう、そう言ってから先ほどあれから百年経ったと溢していたのを思い出し、その事に触れてみる。
「ふむ。それは紛れもなく事実だ。この世界で我が目覚め......活動できるようになってから優に百年は過ぎているはず、だが歳を重ねても老いることはなく、まだまだ壮健でいられるようだ。はて我の寿命とはいったいどれ程のものなのか......間違っても老衰で潰えることはないだろうな」
さも愉快そうに笑う首領の姿は、豪語するとおり前の世界で最後に謁見した時となんら変わらず頑強な体躯を維持しているように思えた。
こちらに来てからの衣装も如何にも高級そうな素材で作られた見た目は黒スーツのような正装の上に、これも同色の機能性を重視したオーバーコートを羽織っており、実戦向けの重厚な装いは当時のまま変わらず健在だ。
佇まい一つをとってもそうだが、男っ振り溢れる顔には鉄石心がほとばしり、幾何模様の紋様が異彩を放ち浮かび上がっている。
そして額から突き出す二角の『つの』も殊さら王者の風格を醸し出していた。
首領はひとしきり笑い、少しして急に真顔になる。
「我が滅するとすれば、それは我より強き者に絶やされる......そうあの時のように。あやつ金色のシャウトロンは真に剛の者であったわ。ツヴァイ......アヤツは、あれから如何にしておる。そしてあの世界での『パンドラ・ゼーベ』は、どうなったのだ」
問い質す首領の物言うニュアンスに少し訝しものを感じたが、実際に起きた出来事......弔いともいえる総決戦を仕掛けた際の一連の流れを事細かく語って聞かせた。
最後に相討ち上等でシャウトロンを討ち取ったはずだが、その後の勝敗の行方は気がつけばここに飛ばされていたため予想も付かないと正直に告げた。
フィーアとゼクスのS級二名もそれまでの戦いで生き残っていた他の仲間たちも、五人のヒーロー達を相手にかなりの苦戦を強いられていたと思う。
――あの一撃で本当にシャウトロンに止めを刺せたのだろうか。アイツがいるといないではあれからの勝敗に多大な影響を及ぼしたはずだ。
首領は推し量るように目を閉じ何事かを考えているようだったが、なにも言わぬその姿はまるで黙祷しているかに見えた。
「戦局はともかく、ツヴァイ......よくぞ果たしたものよ。敬服に値するぞ」
首領のその言葉に不覚にも目頭が熱くなってしまった。
「そ、そんな事はないです。お、オヤジが......首領が御身を砕かれるのも厭わずにアイツの神器もろとも消滅なされたことで、アイツ本来の力をまったく出せずにいただけです。それにオヤジとの闘いでアイツは満身創痍だった......その力添えのお陰です」
それは偽りのない真実だった。
『鬼殺し』と銘打たれた金色に輝く螺鈿の装飾を施した魂の奥底から震えがくるほどの美しき大太刀。それに対する白銀の精彩を放つ同じく螺旋の模様が複雑に彫り込まれた銘『神殺し』の力を秘めた小太刀。
シャウトロンはその神器とも呼べる二刀を操り『パンドラ・ゼーベ』の精鋭たちを次々に葬ってきた。
まだ首領が健在で、局地的な小競り合いを繰り返していたある日のエピソードとして、その凄まじいまでの切れ味と仲間をなすすべもなく失うことに憤怒した戦闘装備担当の幹部が、当時の組織が持つ最高位の科学技術と魔術を組み合わせ最強度の戦闘装甲を創造するに至った。
その強度を身をもって試した俺は、放った渾身の一撃が掠り傷一つ付けれなかった事に落ち込んだが、同じS級のゼクスも自信を持って繰り出した電磁ブレードを駆使した必殺の技が跳ね返され、ドヤ顔の幹部とは対照的に二人して釈然としない表情を浮かべたもんだ。
その装甲は間もなくS級昇級が見込まれていた『パンドラ・ゼーベ』屈指の頑強さを誇るA級戦闘員のコード・ドライツェーンに委ねられた。
自慢の刀が真っ二つに折れ、地にまみれるアヤツの有り様を拝ましてやるからなっと鼻息荒く出陣し、幹部も一矢報いる時がきたと鼻高々だった。
最強の矛と最強の盾ではないが、俺たちの必殺技も寄せ付けない装甲にシャウトロンをついに叩き潰せるかも知れない期待と興奮に、戦闘衛星から届けられる映像に本部に残った全員が釘付けになっていた。
しかし勝負の行方は跳ね返すわけでもなく途中で止まるでもなく、豆腐のように装甲ごと両断されたドライツェーンのあっけない最期を見せつけられ、言葉なく凍り付くことになった。
そんな絶対的な力を宿した二刀と対峙し致命傷を受け後がないと悟った首領は、切られるのではなく突かれる事を戦略的に意図して身を持って刃を受け絡み止めた。そして最終兵器とも呼べる軌道衛星から己を照準として撃ち放した超高出力ビーム砲をその身に受け、シャウトロンもろとも消滅を図ったのだ。
「意識を閉ざす最前に垣間見えたアヤツは、我から刃が抜けぬと悟りなお且つよからぬ予感を覚えたのか、思いっ切りのよさで柄頭を蹴ることで我から身を遠のけよった。そこには神器に対する絶対的な信頼があったのか、我の切り札であっても刀が損傷する事はないとの目算があったのだろうな。しかしツヴァイの言う通り、結局アヤツの元に二刀は戻らなかった......そうだな?」
そうですと応えて、俺も衛星兵器が録画していた映像を見て知っていた。そこには地底深くまで穿った周辺を血眼になって探し回る手負いのシャウトロンの姿が映っていたものだ。
「ふははッ いくら探しても見つかるはずなどあるまい。何故ならあの二刀は我と共にこの世界にあるのだからな。ふははははッ」
悪の秘密組織のボスらしく、それは悪者然にごう慢な態度で笑い飛ばすのだった。
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