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無位だった者 Ⅰ

 帝国の首都__帝都は、北の懸崖を持つ山を背にして、扇状に広がる。


 そして、5つの層に区切られ、山から順に一苑、二苑、三苑、四苑、五苑と呼び、禁域とされる手つかずの森の三苑から先、国家の中枢__宮殿が置かれる一苑とその庭という名目の二苑は、一般人が許可なく踏み入ることはできない。


 リュディガーは、宮殿のある一苑の国家期間の建物__彼にとっての古巣である龍帝従騎士団本部にいた。その建物は双翼院と号す。


 建物の南向きの最も眺めの良い部屋で、窓を背に置かれた重厚な机に向かい、姿勢正しく立っているのは、申し伝えることがある、と言われて来たからだ。


「__異論はあるか?」


 __異論がないわけないだろう……。


 執務机に座る白髪が混じった金髪の男の問いかけに、リュディガーは思わず吐露しそうになる言葉を留めるため、一度口を引き結んだ。


 彼は、執務机に座る黄金色の猫の背を軽く撫で、リュディガーの言葉を待った。その猫__鳥の嘴と一対の角、蒼穹の双眸、尾花のような尾をもつ龍である。これは、龍帝従騎士団の通信手段として、将校らに一羽随行する。


「……辞退は__」


「おい」


 波風立たせないよう、リュディガーが選んだ言葉を切って捨てたのは、金髪の男ではなく、その背後の窓際に身を預けて腕を組む男の鋭い言葉。その窓辺には、黄金色の猫のような体躯の龍が控えるように佇んでいる。


「いつも言っているよな。後続の士気にかかわるような振る舞いをするな、と」


「まあまあ、ハーディー」


 視線が鋭くなる背後の男に、金髪の男が苦笑して諫める。


 金髪の男は、龍帝よりこの国すべての武官の長、ヘアマン・フォン・イャーヴィス元帥。


 その背後にいる赤みがかった髪の男は、その直下のひとつ龍帝従騎士団の長、ハーディー・フォン・フォンゼル団長。


 どちらもリュディガーにとっては上司であり、先の特殊任務につかせたのはこの2人。その弊害で、現在は閑職に等しい立場に追いやられている。


 しかしながら、元の席がない、ということは、さして気にしてなどいないのだ。


 今現在、閑職というが、実際には警護という任務についている。大学で、要人警護の任。


 およそ2年、休みなく、かつ昼夜問わず常に任務についていた自分からすれば、元の生活に馴染むための準備移行期間も兼ねているもの。


 ずっと首の皮一枚で繋がっていたような心地で過ごしていたと、リュディガーは振り返ってみて思う。


 だからこそ、今の閑職といっていい状況はある意味歓迎している。


 __元の、古巣に戻れるってだけで十分だ。なのに……どうしたものか……。


 どうやらその成果が大いに評価されているらしい。


 それは龍騎士冥利に尽きるというものだが、成果へ対しての報いがあまりにも大事になってきていて、リュディガーはいよいよ困り果てていた。


「お前が素直に受け取らないと、後に続くものも辞退するようになる」


「それはわかります。そうではなく、自分は、すでに一頭龍大綬章と男爵位を……陛下からは十分すぎる報奨を賜っております。それですら過分だと思っているのです。そもそも、見返りを求めて件の任務に就いたわけではございませんし……」


「忠義の果は概して忘恩なり、とは我らが肝に命じて事にあたるための陛下の(みことのり)。それを粛々と守るのと、陛下が功労に対して報奨を下賜くださるのとは別のことだ。今回の場合、勲章のみでは足らない、とご下知されたのだ」


 イャーヴィスは徐に机の上で手を組んだ。その視線、表情。どちらも硬いものだ。


「思うところはあるだろうが、君が婚約している相手に不足があってはならないだろう。御本人は無自覚なようだが、帝国においてはやんごとなきお方に違いないのだ」


 リュディガーは内心呻いた。


 婚約相手であるキルシェは、ただの宝石商の娘であった。

だが、現在に至るまで__リュディガーが就いていた任務の中で本来の素性を知ることとなり、それは帝国にとってまず間違いなく重要な一族だったことが判明したのである。


 通常、自分が近づくことすら憚られるような一族。


 そんな一族の末裔ということがわかった途端、婚姻相手は帝国が責任を持って選定する必要性がでてきた。__見合った者でなければならない、と。


 幸い龍帝従騎士は帝国において上級職で、誉れ高い役職。そして、叙された時に準貴族という階級になり、無位ではない。


 リュディガーはただの庶民出身。龍騎士になっていなければ、この婚姻は認められなかったのだ。


 __そもそも出会ってさえ、いなかっただろうが。

 

 龍騎士になってから給金を蓄え、目処がついたから暇をもらい、大学へ入学したのだ。


 そういう意味でも、彼女と親しい関係になるきっかけには、龍騎士でなければならなかったことに違いはない。


 __そうだ。それに、こういう仲になるなんて思いもしなかった。


 大学へ出会いを求めて__ましてや嫁探しなどをするために、入学したわけではない。中隊長に叙されて、自分の至らなさを知り__そうして入学するに至ったのだ。


 学友こそできるだろうとは、もちろん思っていた。


 大学からは有能な官吏が排出されるから、好を結んで何かの折には助かる人脈を得られることもあるだろう__下心といえばその程度。


 それが、キルシェと知り合い、婚約を交わした今、見合った者に仕立て上げられていくように、爵位やらなにやらを整えられていっているのだ。


 イャーヴィスは、くつり、と笑って組んでいた手を解いて、頬杖をついた。今度は先程とは打って変わって、自嘲を浮かべている。


「謹んでお受けしてくれ、ナハトリンデン男爵。でなければ、私は上司にどのように申し開きをすればいいかわからん」


「上司……」


「そう、上司」


 わかるだろ、と穏やかな、それでいて悪戯っぽく笑んでみせるイャーヴィス。


 元帥は、武官の長。文官の長は、大賢者。神官の長は、教皇。これら三位を上三位と呼び、別格。龍帝と謁見を許されている数少ない人物だ。


 そして、その上司となるともはや、ただひとり__国家元首たる龍帝である。


「……御意」


 リュディガーは交渉の余地はないのだ、と悟った。


「__ありがとう存じます」


 姿勢をただし、頭を改めて下げる。


「よし。では、ナハトリンデン。これから、そこへ向かってくれ。視察をしておいたほうが良いだろう。龍を使うのを許可する」


「はっ」


 はっきり、と応じたリュディガーは、一礼して回れ右し、部屋を後にする。


 そして、扉をくぐったところで改めて振り返り、踵を揃えて一礼し、扉を閉めた。途端、どっ、と疲れを覚え、項垂れるようにため息を吐き、目の前の扉を見上げる。


 __まったく……なんでこんなことに……。


 呼び立てられて、待たされて、自分が戻る算段の相談だけで留まらずな内容。おそらく、一番の話題が、最後の最後でもたらされた話題だろう。


 __先生になんて伝えるか……。とにかく、キルシェを今少し預かってもらって……。


 警護対象からどうして長時間離すのか__


「おや、リュディガー」


 リュディガーが内心で頭を抱えて、一歩踏み出したところで、廊下の向こうからこちらへ向かってくる人影が声を掛けてきた。


 それは、豹の顔、締まって靭やかそうな身体の黄金色の獣人で、名をヌルグルという。


 元帥の祐筆(ひしょ)という肩書だが、彼女は元帥に随行することが多く、元帥専属の護衛官でもある__否、護衛官といった方がいい。

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