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「あの、急に声をかけて変に思わないでね。別にあなたに対して『特別な感情とか、悪い下心』とかがあって、声をかけたわけじゃないんだよ」
といろはは言った。
「……下心」と女の子は小さな声で言った。(その声はとても綺麗な声だった)
「そう。実は私、ある学校で先生をしているの。小学校の先生。だからつい、なんていうのかな? 平日のこんなお昼の時間に、こんな場所に一人でいる中学校の制服を着ている女の子を見て、放っておくわけにはいかないって、そう思ってあなたに声をかけたんだ」といろはは言った。
そのいろはの言葉は嘘ではなかった。生徒に、あるいは子供に嘘をついてはいけないと言うことは、小学校の先生をしているいろはには、(とても強い実体験を持って)わかっていることだったからだ。
「小学校の先生。そう言われてみると、なんとなくだけど、そんな風に見えます」と女の子は言った。(そう言われていろははちょっとだけ嬉しかった)
「私は大家いろはって言います。あなたのお名前を教えてもらってもいいですか?」といろはは言った。
「……木瀬あゆみです」
とあゆみはやっぱり無表情のままいろはに言った。
「木瀬あゆみさん。あなたは中学生だよね?」といろはは言った。
いろはの言葉にあゆみは小さくうなずいてから「はい」と言った。