長安大炎上!~呂奉先大反逆!
家紋武範様主催の『三国志企画』参加作品です。
西暦一九二年の長安、二人の将軍は兵舎前で全裸かつうつ伏せで倒れている一人の若い女性を発見した。
「!……奉先様……、この娘をいかがいたしましょうか……?」
青装束の将軍は動揺しつつも、主らしき黒装束の将軍こと奉先に彼女への処遇について伺った。
「……良く解らんが保護するぞ!文遠、衣の一つでもかけてやれ!」
「承知しました。」
奉先に命じられた文遠は衣を彼女にかけ、奉先は彼女をお姫様抱っこで抱きかかえて兵舎に運んだ。
漆黒の将軍こと奉先……、名は『呂布』。暴君の悪名高い『董卓』を主とし、その勇猛さは華中一にして巷で『項羽の再来』と称されし猛将だ。
呂奉先の配下こと文遠……、名は『張遼』。武名こそ主に及ばねど、彼の片腕に恥じぬ勇将だ。
呂奉先の部屋に連れられた女性は暫くして目を覚ました。
「……う……ん……、ここは一体……?」
「気が付いたか……。俺は『呂布』、字は『奉先』だ。お前の名は何と言う?」
「……わたくしは……、『貂蝉』と申します……。」
「貂蝉だな……。お前はこの兵舎の前で裸の状態で倒れてたんだ。このまま誰かに連れ去られちゃ寝覚めが悪いから俺が保護してやったんだよ。」
「そう……、ありがとうございます……。」
「ところでだが……、お前には戻る場所はあるのか?」
「いいえ……、わたくしはそもそも……、貂蝉という名前以外何も憶えていないのです……。」
「憶えてないか……。わかった……、俺の元に好きなだけいるといい。」
「……ありがとうございます……、奉先様……。」
かくして貂蝉は呂奉先と共に過ごす事となった。
彼女と過ごしていくうちに呂奉先はいつしか愛人として接し、兵舎中でも二人の話題で持ち切りであったが……。
ある日、兵舎内で苛立っていた呂奉先は張文遠に何かを尋ねた。
「文遠!貂蝉なる女を見なかったか!?」
「!……それが……、某にもわからぬのです……。何故彼女が突如行方をくらましたのかが……。」
「……くっ……!文遠、街を捜すぞ!」
「はっ。」
二人は貂蝉を捜すべく、長安の街に繰り出す事にしたが、兵舎の門に差し掛かった時、書状が巻かれている矢を発見した。
「……何故矢文が……、とりあえず読んでみるといたそ……!」
張文遠が矢文を読もうとすると呂奉先は彼から奪って読んだ。
読み始めた呂奉先は一瞬動揺したが、暫くして怒りの感情を爆発させた。
「おのれ……、あの老いぼれめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「奉先様……!いかがなされましたか……!?」
張文遠は呂奉先に恐る恐る尋ねた。
「文遠!今すぐ戦支度をしろ!」
「して……、相手は一体……?」
「董卓の老いぼれだ!!」
「なっ……!奉先様は主を裏切るおつもりですか……!?」
主が自分の主を戦相手、何より老いぼれ呼ばわりする様に張文遠は動揺した。
「裏切りを働いてるのは俺じゃない!!寧ろ老いぼれの方だ!!」
「董仲穎様が奉先様を裏切った……!?一体どういう事ですか……?」
「……お前も読んでみろ……!」
呂奉先は張文遠に書状を投げ渡した。
(なっ……!何とご無体極まりない……!)
手紙を受け取って読んでみた張文遠は動揺した。
書状にはこう書かれていた。
『呂布よ、貴様が愛でておる貂蝉なるおなごは噂通りの見目麗しきおなごよ!貴様のような小僧には勿体ないわ!吾輩の妾にさせて貰おうではないか!董卓』
そう、貂蝉は董仲穎に連れ去られたのだ。
「……奉先様のお覚悟わかりました……、某も直ちに準備に取り掛かります……。」
張文遠は書状を呂奉先に返し、兵舎の自室に戻り、戦支度を始めたのだった。
その日の夜、邸のさる部屋では、黒衣の大男が大酒を呑んでは貂蝉の舞を拝んでいた。
大男は顔中に髭を生やし、腹は突き出た肥満体にて、顔つきは欲に委ねたような雰囲気にて『獣』と揶揄される程の醜さを醸し出していた。
「がっはっはっ!この仲穎様の妾で嬉しい限りよのう!のう、貂蝉!」
「……。」
董仲穎は自室で貂蝉と戯れていたが、そんな快楽が間もなくぶち壊される事をまだ知らないのであった。
暫くして、自室の扉をかなり強く叩く音がした。
「誰だ!!この董卓様の部屋の扉を強く叩く奴は……!!」
扉を破壊して現れたのは槍を携えた呂奉先だった。
「ほほう……、やはりここか……!」
「……貴様は……、呂布……!小僧……、一体どういうつもりだ……!返答次第では血祭りだぞ!!」
「それは俺の台詞だ!!あんたの連れ去ったそこの女を返して貰うぞ!!」
「やなこった!!このおなごは吾輩の物だ!!それに吾輩はそもそもこのおなごを連れ去った覚えはない!!邸の近くで倒れておったのを拾っただけだ!!」
「嘘をつけ!!」
「吾輩が嘘をついておるだと!?言い掛かりにも程があるわ!!」
「じゃあこいつは何だ!!」
呂奉先は董仲穎に証拠として矢に巻いてあった書状を突き付けた。
「!!……い……、いや……、吾輩は知らん……!このおなごがお前のおなごであった事もな……!」
「この期に及んでまだしらを切るか!!……まあいい……!とにかく……、この女を俺に渡して貰おうか!!」
「断る!!こんな見目麗しきおなごを誰が渡すか!!貴様のような小僧には不釣り合いだ!!わかったらさっさと去ねい!!目障りだ!!」
「この老いぼれがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「ぐわっ!!」
董仲穎の極めて辛辣な言葉に逆上した呂奉先は槍で彼の腹を貫いた。
「……おのれ……、この恩知らずめ……!」
「貴様を一時でも主とした俺が愚かだった……!その尻拭い、今させて貰ったまでだ!!」
「ふん……、今に貴様も……、吾輩と同じ目に遭おうぞ……、それも……、そう遠くあるま……ぐっ!!」
呂奉先は血だまりの上に這いつくばっている董仲穎の首に槍を突き立ててとどめをさした。
「董卓……、俺は……、貴様のようなけだものに断じてなり下がりはしない!!」
董仲穎を殺めた呂奉先は、物言わず倒れている貂蝉に歩み寄った。
「貂蝉、俺だ!奉先だ!聞こえるか!」
呂奉先は貂蝉を揺すり起こそうとするも彼女は目を覚まさなかった。
「くそっ……!何故だ……!何故目を覚まさないんだ……!」
目を覚まさない貂蝉に呂奉先は大いに動揺した。そんな中……
「奉先様!」
張文遠は紫装束の一人の老官と共に呂奉先の元にやってきた。
「文遠か……!俺は今、貂蝉を取り戻したところだ!一緒に連れて戻るぞ!」
「いえ……、それはなりませぬ……。」
貂蝉を連れ戻そうとした呂奉先を張文遠は制止した。
「何故だ文遠!何故異を唱える!」
「『子師』様……、奉先様にご説明願えませんか……。」
貂蝉を連れ戻す事に反対した理由を主に問いただされた張文遠は子師なる老官に説明するよう促した。
「呂布奉先よ……。儂は『王允』、字は『子師』じゃ……。今、お主が抱きかかえておる貂蝉は……、儂が遣わした……、『人造神』じゃ……。彼女の身体にはこの邸を焼き尽くす炎を発する仕掛けがある……。悪い事は申さぬ……。彼女を連れ戻すのは諦められよ……。」
「何だと!?貂蝉が人でないだと!?しかも貂蝉の身体から炎が出るというのか!?嘘だ!!」
「ならば……、彼女の身体に……、槍を突き立ててみるが良い……。」
「!!……ふざけるな!!俺は貂蝉を愛してる!!そんな真似出来るものか!!」
「……奉先様……、御免!」
張文遠は剣を抜いて、貂蝉の身体を斬りつけた。
「張遼!!貴様……、今何をした!?」
「某はただ……、彼女の正体を……!!」
「話をすり替えるな!!俺は貂蝉に何したのかと聞いてんだ!!」
配下の張文遠に自分の愛人である貂蝉を傷つけられて怒りに怒った呂奉先は彼の胸ぐらを掴んだ。
「……某は……、彼女の正体を……、あなたに伝える為に……、かように至った次第です……。」
張文遠は貂蝉の正体を明かす為に事を起こしたと呂奉先に恐る恐る伝えた。
「だからってこんな手荒な手段に訴えるのかよ!!答えろ張遼!!何で手荒な手段を選んだ!!返答次第じゃ貴様も血祭りに上げるぞ!!」
張文遠の貂蝉の正体を伝える為という理由では腑に落ちない呂奉先は何故いきなり貂蝉を傷つける手段を選んだのか力づくで聞き出した。
「……奉先様は……、自分の目で確かめた事しか信じぬお方……。そんなあなたに……、いくら言葉でお伝えしても無駄でしょう……。今だってそうです……。あなたは子師様の言葉を……、頑として信じようとしなかった……。故に某は……、かように恨まれる形となっても……、あなたに真実を伝えるには……、これしかないと踏んで致しました……。……彼女の傷口を……、ご覧下さい……。もし彼女が人ならば……、赤き血が流れる筈です……。何より……、このように……、煙が噴き出す事もありません……。」
呂奉先は張文遠に促されて貂蝉を見てみると、彼女の傷口から血が流れていないばかりか、煙が噴き出始めた。
「ふん……、良くもまあ大層に建前を並べられた物だな……!まあいい……、今回はお前の勝ちだ……!だが……、次は無いと思え!!」
呂奉先はやっと、張文遠の言葉を理解し、掴んでいた彼の胸ぐらを離した。
何とか主を説得するに至り事なきを得た張文遠は胸を撫で下ろした。
「奉先よ……、文遠と共に長安を脱けるが良い……。」
「王允の旦那、あんたはいいのか?」
「うむ、全ては儂の謀じゃ……。儂は今に報いを受けるじゃろう……。儂はお若い主らに生きて貰いたいのじゃ……。文遠よ……、奉先を支えるんじゃぞ……。」
「子師様、承知しました。奉先様、参りましょう。」
「ああ、旦那も達者でな!」
「主らにご武運を……。」
かくして二人の若き将軍は燃え盛る董仲穎の邸を出たと同時に、董仲穎の自室で横たわっている貂蝉の身体が爆発炎上し、邸は炎に包まれた。
「くそっ……!呂布の小僧め……!良くも吾輩を……!祟ってくれる……、祟ってくれるわ……!」
董仲穎の魂は未だ燃え盛る邸の中だが、周りには誰一人いない状態だ。
董仲穎は自分の配下である呂奉先に殺された事を恨んでいた。
そんな中、極めて強気な女性の声がした。
「怨霊として誰かを祟ろうとは……、大した思い上がりだな!」
漆黒の甲冑に身を包み、漆黒の槍を携え、両眼が赤く光る女性の将軍が彼の前に現れた。
「むっ……!誰だお前は!?見た限り他所の女将軍のようだが……。」
「私は戦いと業を司る『戦女帝』だ。『地の世界』にて私利私欲のままに他者を虐げし者よ、お前の魂を『業の世界』へ誘おう!」
「なっ……、何を云うておるのだ……!?……ええい、さっきから聞いておれば小娘の分際で男の言葉で話すばかりかこの董卓仲穎様を『お前』呼ばわりとは、身の程を知れ!!」
董仲穎は戦女帝の聞いた事のない多くの言葉に戸惑うも、唯一理解出来た『お前』という言葉から、女性から『お前』呼ばわりされた事に憤慨した。
「貴様こそ身の程を知れ!!」
戦女帝は両眼を激しく光らせながら董仲穎に槍を突き付けて強く言い返した。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
女性どころか男性以上に極めて猛々しい戦女帝の態度に董仲穎は恐慌した。
「これより貴様の魂に『業の歯車』を取り付ける!『業の槍』よ、この者の業より歯車を創り出せ!」
戦女帝は続け様に業の槍を董仲穎の左胸に近づけると、彼の左胸から黒い歯車が生み出された。
(!!……なっ……、何だこれは……!くそっ……!身動きが取れぬ……!しかも喋れぬわ……!)
戦女帝によって齎された業の歯車で董仲穎の魂は自立的な動きを封じられた。
「ふっ……、これで抵抗はおろか、減らず口も叩けまい……。」
(こ……、小娘め……、吾輩をどうするつもりだ……!)
「さあ、業の槍よ!この者の魂を収めよ!」
(なっ……、何をするのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
そして、董仲穎の魂は業の槍に吸い込まれた。
(ふっ……、かなりの業だ……。自らの業と向き合ってこなかっただけの事はある……。こ奴の魂を『虫の河』に放り込んだら大きな『業の結晶』が出来そうだな……。やはり、『世界塔』の外である地の世界も『世界の中心』同様争いが絶えぬか……。人の業とはやはり滑稽だな……。己の願望の為なら略奪は勿論、殺戮も厭わぬ様が……。後はあの紫紺の老官か……。彼奴は後程、『黒き英雄』として我が眷属に迎え入れるとしよう……。)
戦女帝は控え目に笑みを浮かべて世界塔の最下部にある業の世界に戻っていった。
そして董仲穎は業の世界に誘われ、その後間もなく虫の河に放り込まれ、その悲鳴は業の世界全体に爆音の如く響き渡ったと言われている。
かくして涼州の猛将は歴史の表舞台から姿を消したのだった。
それぞれ名馬と共に東へ向かった二人の将軍が西の方を振り返ると、炎上した長安があった。
「文遠……、王允の旦那から聞いた話を全て俺に話せ。」
「はっ……。子師様は……、悪名高き董仲穎を亡き者にせんと目論み、戦女帝なる漆黒の女将軍と取引をしました。彼女は美しい女性の姿をした人造神を手配し、子師様は董仲穎と自身の魂を彼女に捧げんとの事です。」
「その人造神が貂蝉という事か。」
「はい……。子師様は貂蝉なる人造神を……、奉先様のいる兵舎に置きました……。」
「それで、何故貂蝉は突然行方をくらましたのだ?」
「子師様が彼女を董仲穎の元に送り込んだのです……。」
「じゃあ、あの矢文も旦那の差し金か?」
「はい……。奉先様が貂蝉を救うべく、董仲穎の邸に乗り込むという狙いでした……。」
「そうか……、俺は旦那にまんまとのせられたという訳だな……。」
「確かにのせられたのかもしれません……。それにしても……、厭な感じはしていらっしゃらぬようお見受けしますが……。」
「董卓の老いぼれに目に物見せてやったんだ。奴の吠え面が拝めただけで俺は満足だな。」
そして、呂奉先と張文遠は東の新天地に向かった。
張文遠は晩年、主であった呂奉先の事をこう綴った。
『儂が若かりし頃に仕えし呂奉先は華中最強の将軍だったが、決して心ある者ではなかった。何故ならば、主に対して不遜な振る舞いのみならず、配下に疑いの目を向けては、返答次第では手討ちも厭わぬ程で、彼が徐州で儂の新たな主となる曹孟徳に討たれるまで、儂もいつ手討ちに遭うかわからぬ恐怖の日々であった。合肥で儂に従軍した兵の中に討たれた筈の彼と相見えたが、彼はもはやかつての彼ではなく、どこか満たされた感じだった。そしてその戦が終わった雨の日、彼は儂に戦だろうが病だろうが満たされて生を全うするよう告げて去って行った。間もなく雨があがり、空には巨大な虹がかかった。そして儂は悟った。自分が一介の将として戦う目的は、自分共将軍が必要とされぬ時代に致す事と。』
< 完 >
「三国志でアンドロメダ型のストーリーは書けないか」
と考えてみると、『董卓にさらわれた貂蝉を救いに向かう呂布』が浮かび、本作の執筆に至りました。