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ジダン・エンバーダは勇敢か否か  作者: 雪村サヤ
ジダン・エンバーダは甲斐性なしですか?
3/14

これからに期待しましょう。

 王立学園の創立祭と言えば、王都では短い夏の終わりを彩る催しとして有名である。

創立当初は貴族にしか入学が許されていなかった学園が貴族籍を持たない階級にも門戸を開いたことを記念した祭りと言われている。友和派の貴族学生と一般学生のみで始まった創立祭はやがて学園全体に広まり、時を経て王都に暮らす人々が楽しむものへと変化していった。王立学園の歴史を語る上では外せない、大切な催しである。


「と言っても、私はろくに参加したことがなかったんですけどね」

「そうなんですか?」

「はい。お恥ずかしい話、一緒に楽しむ友人がいなかったものですから。学科で最低限やらなければいけないことだけやって、あとは寮で過ごしていました。君はその点、十分に楽しめるのではないですか?」

「うーん……どうでしょうか」


 マクロルの話を素直に聞いていたフィリップが、やや照れたように首を傾げた。小さなテーブルを挟み、向かい合って座った二人の間には黒々した液体の入ったカップが二つ置かれている。まだ王都に来て間もないフィリップが、ときどき見かけるコーヒーという飲み物を試してみたいと提案し、せっかく王都に来たのだからと普段は冒険しないマクロルが乗った形だ。


「なので、残念ですが私から助言できることはあまりありません。でも、ひとつだけ言えるとしたら」

「はい」

「フィリップ君はきっと、女子学生からひっきりなしに声がかかると思います」

「えっ?」


 フィリップが素っ頓狂な声を上げたのも気にせず、マクロルは続けた。


「創立祭の最後には、学園の中庭でちょっとした演出があるんですよ。それを恋人と語らいながら見るのが、学生の間では一種の誇り? というか価値のあることになっているんです。恐らく私の代からそれは変わってないと思うんですが」

「それが、僕にどう……」

「家庭教師として担当していた私のひいき目を抜いても、君はとても優秀ですし優しい子です。おまけに滅多に見ないくらい整った顔立ちをしている。今はまだ入学して日も浅いので遠巻きに見ていても、創立祭が近づけば皆大胆になっていくんです。君は大層もてると思いますよ」


 楽しみになってきましたか? と全く他人事のように笑うマクロルを前に、それが現実となったときの対処を考えてフィリップはやや気が重くなった。これまでキャリーヌやフィオナ以外の異性とほとんど接したことがなかったので、学園に入学したばかりのフィリップは女子学生との距離を図りあぐねていたのだ。――そんな話をしたのが、もう三年前のことである。


 結論から言うと、マクロルの言葉は当たらずとも遠からずだった。創立祭が近づいても、フィリップを広場での後夜祭に誘う女子学生はいなかったのである。むしろジダンの方がひっきりなしに声をかけられていた。

 自分がもてるというのは、マクロルの買い被りだったのだ。本当に知らない女子学生に声をかけられることが増えたらどうしよう、と要らぬ心配をしていたフィリップは、こっそり胸をなでおろした。そんな心配をしていたとばれたら、きっとジダンには大いに笑われただろう。

 フィリップにとって誤算だったのは、マクロルが学生だった時代から伝統がやや変化していたことだ。後夜祭を恋人と中庭で過ごすのがひとつの誇りであることは変わらないが、フィリップとジダンが入学した頃にはそこに『創立祭の後夜祭で告白をすると恋が叶う』という非理性的な言説が追加されていた。

 そういった話に疎かったフィリップは何の心構えもせずに入学後初めての後夜祭に参加し、一夜にして三人の女子学生に告白されることになった。断るのに苦心したフィリップが、しばらく知らない学生に話しかけられる度にびくびくしていたのを、ジダンは呆れながら見ていたのだった。






「それでは、今日の打ち合わせはここまでにしよう。学園側への報告までに今日決まったことをまとめておきたいから、幹部は残ってくれ」


 座長である一般学科の学生の一言で、教室にいた学生の大半が席を立った。幹部以外の学生は各学科から集められた連絡係のようなもので、フィリップもそのうちの一人だ。


「あの、フィリップ君」


 声をかけられた方を見ると、一般学科の女子学生が立っていた。茶色の髪の毛に、フィリップたちの学年色である緑色のリボンを編み込んで結っている。キャリーヌが見たら「どうやってやるのかしら」と感心しそうな髪型だ。初回の打ち合わせで自己紹介をしたので顔と名前は知っているが、一対一で話したことはない相手だった。


「あの、この後食堂でご飯一緒にどうかなと思って……私だけじゃなくて、一般学科の他の人たちもいるんだけど」

「魅力的なお誘いだけど……今日は学科の先輩と創立祭の相談する予定があって」

「あ、そうなんだ」

「うん。ごめんね」


 ほどよく残念そうに、そして申し訳なさそうに断ると、女子学生はあっさりと引き下がってくれた。また機会があれば、と言って去っていく女子学生の背に安堵する。お茶だけでもと引き下がられたり、別の日の予定を聞をかれたりしたら面倒だからだ。

 例えばこれが以前のジダンなら、ほとんど知らない相手に誘われても身軽に参加していただろうし、今のジダンなら「恋人がいるから女子とは食事に行かない」ときっぱりと断るのだろう。こういうときに割り切った振る舞いのできる親友が、フィリップは心底うらやましかった。


「君、先輩と相談する予定なんてあったの?」


 後ろから声をかけられて振り返ると、ひとつ開けて隣の席で打ち合わせに参加していたアリスが、荷物をまとめて席を立つところだった。アリスこそがフィリップと同じ学科の、一学年上の先輩である。


「アリス先輩、聞こえてました?」

「別に盗み聞きしたつもりはないけど、聞こえてたよ。あと先輩はよしてほしいって何度言えばいいの」

「あ、すみません。でも、僕との約束忘れたんですか? 学科の出し物どうするか話そうって言ってたじゃないですか」

「約束ってほどでもないだろう。今の誘い、断ってよかったのか?」

「ちゃんと約束してましたよ。いいんです、そんなに知らない人でしたし」

「それならいいけど……君ってときどき、鈍いよね」


 責めるような口調でもなく、やや呆れたようにアリスが呟いた。

 鈍いのだろうか? 食事に誘ってきた女子学生が自分に好意を持っていそうなことはわかっていたが、フィリップは自分が好意を抱いていない相手にあえて期待を持たせることはしたくなかった。お互いに時間の無駄だし、自分に恋愛的な意味で好意を持っている相手と話すことが苦手だった。気持ちに応えられないことに申し訳なくなるからだ。

 アリスはこんなことを考えている自分を知ったら、ひどい男だと思うだろうか。

 並んで教室を出ながら、フィリップは少し低い位置にあるアリスの顔を見た。アリスの顔はいつも通り落ち着いていた。肩に少しかかるくらいの、女子学生にしては少し短めの黒髪は、アリスが頭を動かすと流れるようにさらさらと動く。ほうっておくとふわふわ広がるキャリーヌの髪の毛とは全く違う黒髪がどんな触り心地なのか、フィリップは少し気になった。




 アリスとは学年合同の講義で知り合った。その講義で同じ班になり、一緒に課題に取り組んだことがただの同学科の先輩後輩を超えて仲良くなったきっかけだ。

 冷静で物事をわかりやすく組み立て直すのが得意なアリスは、ややさぼり癖のある同級生と課題への取り組み方もわからないような下級生をうまくまとめ上げ、教授から称賛の言葉をもらうほどの課題成果を上げてみせた。彼女のおかげで最高評価を得ることができたので、そのとき彼女と同じ班だった学生は全員(アリスの同級生も含めて)、尊敬の意を込めて『ア

リス先輩』と呼んでいる。が、本人はその呼び方がお気に召さないらしい。下級生の中でも熱心に課題に取り組んだフィリップはやがてアリスと一緒に食事をとる程度に親しくなったが、普段の彼女はどちらかというと上級生と接する方が楽らしく、『先輩』と慕われるのが落ち着かないのだとか。彼女の同級生はともかく、本当に後輩であるフィリップは『先輩』と呼んでもいいのではないかと思うのだが、うっかり呼ぶ度に訂正されるのだ。


「あれ、ジダンも帰ってたんだ?」


 アリスとは一旦荷物を置いてから落ち合うことにして寮の部屋に帰ると、そこにはジダンがいた。書き物用の机に向かって何やら認めていたが、フィリップに声をかけられた途端に手を止めて振り返る。これはキャリーヌ宛の手紙でも書いていたな、と思いつつもフィリップは追及しなかった。適当に話をしながら、お茶を淹れる用意をする。

 ジダンはキャリーヌ本人とは無事心を通じ合わせたものの、彼女の周囲の人物にはほぼ認められていない状態だった。補講や教授のお遣いなどで以前のようにキャリーヌのもとへ会いに行けないこともあり、数か月経った今も状態は改善していない。

 そんな中でフィリップは唯一、キャリーヌと近い立場でありながらジダンの肩を持つことができる人物だった。数年寝食を共にして、彼の良いところも悪いところも知っているからだ。キャリーヌの気持ちがないがしろにされている期間はあったことは否めないが、フィリップはジダンのこれからを期待しているのだ。自分の親友なのだから。

 今度、父親宛に手紙を書いてもいいかもしれない。

 「彼の良い部分は不幸にもあなたの前では現れませんでしたが、彼はあなたが見つけてくる誰かよりも、キャリーヌを幸せにすることができる人物です。どうかもう一度、機会を与えてやってください」と。




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