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ジダン・エンバーダは勇敢か否か  作者: 雪村サヤ
ジダン・エンバーダは甲斐性なしですか?
1/14

…………。


  ジダン・エンバーダさま

 お元気ですか。学園ではそろそろ創立祭の準備が始まる頃でしょうか。あなたに創立祭の話を聞いたのがもうずっと前のことに思えます。今年は何をやるのかしら。また聞かせてほしいです。

 あなたも知っているかもしれないけれど、私の住む町に列車の駅を作る話が進んでいます。不思議な発明よね、遺跡の鉱物を燃料に走る仕組みなんて。開通後の行先は王都まで、途中二つくらい大きな町にも停まるみたいです。その後、もっと色々な場所へ行けるように線路を引くみたい。人だけじゃなくてモノを運んでこそ意味があると言って、お父様が駅と町の開発に尽力しています。列車が開通したら、馬車だと半日かかるところを何と数時間で王都にいけるんですって。揺れも馬車よりは少ないからお尻が痛くなりにくいそうよ。

 早くその列車に乗って、あなたに会いに行きたい。会えない間に、あなたが私を忘れてしまわないか不安です。あなたもどうか、同じ気持ちでいてくれますように。

  愛をこめて キャリーヌ



  ジダン・エンバーダさま

 先日の手紙に変なことを書いてしまってごめんなさい。最後に書いたことは忘れてね。近いうちに仕事で王都へ行くかもしれません。日にちがわかったらお知らせします。フィリップによろしく伝えてください。それではお元気で。

  キャリーヌ




 二日違いで届いた二通の手紙を何度も読み返してから、ジダンはため息をついた。一通目はかわいらしい花の模様が入った便箋、二通目は何の飾りもない事務的な白い便箋だ。どちらもキャリーヌの筆跡であることには間違いないが、白い便箋は初めて見るものだった。内容も、一通目に比べるとやや堅苦しい――というか、「会いたい」という自分の言葉を否定するようなことを書いている。……何かあったのだろうか? ジダンはそこまで考えてから思わずため息を漏らした。違う、何もないのがいけないのだ。


 ジダンとキャリーヌ、二人が馬車で半日かかる距離を間において恋愛を始めたのは、半年と少し前のことだ。知り合ってから一年近く、友人にもなり切れず気持ちも伝えられずにいたジダンをキャリーヌは辛抱づよく待ち、最後には自分から気持ちを確かめに来てくれた。

来る者拒まず去る者追わずで知られていたジダンが学園の敷地内で公開告白という大胆な行動に出たので、けして多くはなかった観衆からあっという間に噂が広がり、ジダンはしばらく恥ずかしい思いをしたものだ。

 ちなみに、キャリーヌの弟であるフィリップは二人がその場でキスしていたという噂を聞いて無言でジダンを殴った。実は最初のキスはキャリーヌからされたのだが、そんなことを言ったら火に油を注ぐことになるのは明白だったので、ジダンは甘んじて拳を受け入れた。


 最後にキャリーヌと会ったのは春の休暇だから、もう二ヶ月近く前になる。これまでも手紙のやり取りはこまめにしていたが、キャリーヌが手紙でこんなことを書いてくるのは初めてである。普段はむしろ、ジダンの方がもっと自分を恋しがってくれと思うくらいなのに!

 ジダンは急いで便箋を取り出すと(キャリーヌに手紙を書くときだけに使う、なめらかなクリーム色にこげ茶色のラインが入ったものだ)ペン先をインクにつけた。



  キャリーヌ・エルシックさま

 創立祭の話をしてから時間が経ってしまいましたね。俺もきみに会いたいです――



「あれ、ジダン。もう戻ってたんだ」


 ほんの書き出しのところで、後ろから声がかかった。

 キャリーヌの弟にしてジダンの友人のフィリップだ。学年が上がり二人部屋を使えるようになったが、結局またフィリップと同室なので彼もこの部屋に帰ってくるのである。ジダンはこっそり息をつくと、ペンを置いて書きかけの文章が見えないように便箋の上に紙を重ねた。


「ああ。どうだった創立祭の打ち合わせは」

「まだ準備の準備段階だからはっきりしたことは何も。去年から大きく変更することはない、っていう確認だけしたよ」

「そんなもんか」

「うん。ジダンは? 今日追加講義だったんだろ」


 「追加講義」の単語にジダンは苦々しい表情になったが、フィリップは背を向けていて気付かなかった。制服の上に着ていたローブを脱いで壁にいくつかあるフックにかけると、腰を下ろすことなく小さなキッチンスペースに向かう。お茶を淹れるつもりらしい。


「週末、遺跡に入ることになった……」

「また? 最近ほぼ毎週行ってるね」

「そうだよ。俺はいつになったらキャリーヌに会いに行けるんだよ……」


 ジダンはついに頭を抱えた。晴れてお互いの気持ちを確認したのに、自分が一年間学業をおろそかにしていたせいでほとんどまとまった時間を過ごせていない。半日過ごすとすぐに別れの時間が来てしまうことにキャリーヌが不満を言ったことはないが、他でもないジダンが焦っているのである。


「キャリーヌはそんなことでお前を捨てたりしないから安心しなよ。残念だけど」


 慰めたいのか不安にさせたいのかわからないようなことを言いながら、フィリップが部屋の中に戻ってくる。お互いの勉強机とは別の、食事用に使っている机にトレイを置くと、フィリップはようやく椅子に腰を下ろした。

 机に置かれた金色のトレイの上には繊細な植物の模様が描かれたポットとティーカップが乗っている。どれもフィリップが入学後しばらくしてから持ち込んだものだ。こういうものをためらいなく、嫌味なく使えてしまうのがキャリーヌと一緒に何度もお茶の時間を過ごしたフィリップらしい、とジダンは思う。学園の男子寮において、縁が欠けていないティーカップとポットが揃っている部屋なんてここぐらいではないだろうか。


「確かにキャリーヌは、俺のこと見捨てたりはしないだろうけどさ……」


 だからこそ、なおさらいけないのだ。

キャリーヌはわがままを言わない。言わないようにしている節すらある。彼女が過去に口調を荒げたのは、ジダンが無茶をしたうえに人の心配を踏みにじるような言動をしたときだけだ。恋人になる前よりも、今のほうがキャリーヌが何を考えているのかわからなくなっている気がする。単に顔をあわせて語る機会が減っただけかもしれないが。

 そこまで考えてジダンが重々しいため息をついたので、フィリップはやや迷惑そうな顔をした。


「次会ったときに埋め合わせしなよ」

「そりゃもちろん。近々こっちに来るらしいし」

「ふうん……今年の創立祭、キャリーヌも呼んだら? 学園の中とかちゃんと見て回ったことないだろ」

「うん……」


 ティーカップにお茶を注ぐフィリップを眺めながら、ジダンは生返事を返した。

 キャリーヌが学園に来たのはおそらくジダンに会いに来た一回だけだ。あの日はとても学園を案内することなど思いつかなかった。時間に余裕がなかったのもあるが、浮かれていてそこまで気が回らなかったのだ。もしかしたら彼女は弟が普段生活している学園を見たかったかもしれないのに。


「あ、僕そろそろ出る」


 ひとくちお茶を飲んだか飲んでないかくらいで、フィリップが再び腰を上げた。


「茶淹れたばっかりなのに? 夕飯は?」

「創立祭関係で先輩と食べようって約束してたんだ。ごめん、言ってなかった」

「いいよ、気にすんな。そのお茶俺がもらっていいか?」

「うん、元からそのつもりで淹れたから。ジダンもちゃんと食事とりなよ」

「ああ」


 フィリップは壁にかけたばかりのローブを手に取ると、羽織りながら慌ただしく出ていった。普段より少し大きめの音を立てて扉が閉まる音が響いた後、再び静かになった部屋でジダンは自分の机に向き直った。重ねていた紙をどかして、まだほとんど埋まっていない便箋を見つめる。


 同室だからといって、毎晩ルームメイトと一緒に食事をとる寮生の方が稀だということをフィリップは知らないらしい。自分で気づいているのかいないのか不明だが、フィリップは一人で食事することが好きではないのだ。そのくせあまり親しくない人と一緒には食べたがらない。そこそこの年齢までほとんど一人ぼっちで暮らし、一人で食事をとっていたことが原因かもしれない。

 フィリップの生い立ちを聞いた当時はよくぐれなかったなと思ったものだが、彼がそうならなかったのは恐らくキャリーヌがいたからなのだ。キャリーヌのあの素直さと他者を思いやる温かい言葉と、ときどき笑ってしまうくらいのおいしいお菓子への執着が、どれだけフィリップに――そして自分に、影響を与えていることだろう。


(会いたいな)


 会って他愛もない話をして、彼女が笑うところを見たい。おいしいお菓子をおいしそうに食べているところを見たい。あわよくば自分も、お菓子を食べて甘くなった彼女のくちびるを味わいたい。あのふわふわの髪の毛に手を差し入れて。――恋人の存在とはこんなに、日常生活に支障をきたすものだったのだろうか?

 気が付くと頭の中をキャリーヌが満たしている。ジダンは勢いよく髪の毛をかき混ぜると、再びペンを手に取った。




  キャリーヌ・エルシックさま

 創立祭の話をしてから時間が経ってしまいましたね。俺の学科は今年もかわり映えしないと思います。普段から遺跡に入って個人行動をしている人が多いので、大勢で協力して何かをしようっていう意識が薄いみたいです。でも他の学科の催しを見るのは楽しいよ。もしも都合がつけられたら、今年はきみと一緒に見て回れたらうれしいです。

 一通目の手紙に書いてくれたことだけど、俺もきみに会いたいです。きみのことを忘れるわけがない。毎日、時間さえあればきみの笑顔や、ふわふわの髪の毛や柔らかい手のひらを思い出します。疲れて寮に帰ってきても、きみにその日あったことを話して、きみの話を聞けたらどんなにいいか。きみに忘れられないかいつも不安なのは俺の方です。

 きみの町にも列車の駅ができるんだね。完成はまだまだ先かもしれないけど、会いに行くための時間が短くなるのはとても嬉しいです。残念ながら今週と来週もそちらへ行くことができません。きみが仕事で王都に来るときに会えないかな。一緒に食事したいレストランもあるし、歩きたい公園もあるし、久しぶりに二人でゆっくり過ごしたいです。予定がわかったら知らせてください。では、お元気で。

  会えない分のキスをこめて ジダン






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