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「お待たせしました。時間、大丈夫でした? ごめんなさい、ちゃんと御礼言いたくて」
お見送りと言われる応援してくれるファンへの声かけが終わったあゆかは小走りは一直線にユリへと向かっていた。
・・・俺も待ってたはずなんだが。
そんな俺に気遣うでもなく、女子二人で最初から盛り上がっている。
「あゆかちゃん、お疲れ様ー! すごく良かったよ!!」
「本当ですか? 嬉しいですっ! あんまりリアルな友達……ファンじゃない方がステージを観に来てくれる機会がなかなかないので……正直、緊張しちゃいました」
「あー……新曲も初披露だったんでしょ? 仕方がないわよ!
でも、お世辞抜きでも素敵だった。こんな風に元気に話しているあゆかちゃんもいいけど、そのあゆかちゃんの低音、アルトボイスの広がりが、より世界観を伝えてるって感じ。衣装の雰囲気もよく合ってたしっ」
ユリのどストレートな熱い語りは誰にでも共通のようだ。
いつもは毛を逆立てているようなあゆかでさえも、家猫のように静かに享受している。
「え、そ、その、ありがとうございます」
その反応を信じていないと思ったのか、ユリはさらに言葉を重ねた。
「本当だからね!? 作詞作曲、本当に大変だと思うけど、伝えたい、作りたい世界観もしっかりしてて、本当にすごいよっ! 良ちゃんも、そう思うでしょ!?」
突然、話を振られて驚きながらも、ユリの話もあったが、自分が感じたことを口にした。
「あぁ、正直、普段のあゆかと違っててびっくりした。けど……」
「けど?」
「ステージに立った瞬間、空気が変わったなって、素人の俺でも感じたし、バリバリのロックなんて前は言ったけどさ。これもあゆかで、ユリみたいにあれこれ言葉が浮かばないんだけどさ。ただ、お前に惚れる人の気持ちがわかるな……」
続きをうながされたとき、鋭さを増した瞳だったが言い終わる頃には、その瞳を大きく見開いていた。
「ほっ惚れ!? はぁっ!?」
変な反応をみせるあゆかを見て、自分の言葉を振り返って数秒。
「ばっっっ、違うぞ!?
そう意味じゃっ、惚れ、好きになって、応援する人の気持ちがわかるっていう」
「わわわわかってるわよ!
あんた、そう言うキャラじゃないでしょーが! 不意打ちすぎんのよ!!」
「キャラってなんだよっ!」
お互いにお互いの言葉に混乱しすぎて言い合いをしていると甘い声が止めに入った。
「あはは。はいはい、もー……二人とも仲がいいねぇ」
決して大きくはないはずのその声に、お互い我に帰る。
「はぁ。ユリさんは純粋すぎてキラキラ発言に自分が浄化される気持ちになるんだけど、あんたもそれに通ずるもんがあるわ」
数分前の俺のように、自分の顔に向けて手で風を仰ぐあゆか。
「えぇ? キラキラってなぁに??」
ユリの疑問はもっともだが、本人以外はわかっている。
「・・・」
「……とにかく、私はいいけど気をつけなさいよー。あー、びっくりした」
なぜ、俺ばかり注意をされるのか。
そもそもと言えば。
「でも。そう言うこと、言われ慣れてんだろ?」
俺も落ち着いてくると感じる、慣れてないような反応の不思議。
「言われ慣れてる……って。どういうイメージもってんのよ。
まぁ、確かにファンに言われたりするし、それに関係者はあくまで関係者だし。リアルな友人の言葉は……照れるのよ」
最後の言葉は小さく口早に言っているが、しっかり聞こえている。なんだか頬も染まっているように感じる。その意外性のある一面に少しだけ、頬が緩んでしまう。
「じゃあ、宇汐は? 言ったりするだろ?」
「宇汐? 全然、そんな感じしないわよ。ビジネスパートナーって感じだし、それに」
「それに?」
「含みがあるように聞こえんのよ」
苦々しく言うあゆか。
「あー……」
ここにはいない宇汐に対して申し訳ないが、妙に納得してしまった。
その理由も、これからまた知っていけばいいだけ。
悪いことじゃないと思う。
「あ、もうこんな時間だ」
携帯を見て、驚くあゆかにつられて、自分のを確認すると、23時を過ぎていた。
「ごめんさない、引き止めちゃって、今日はありがとう!」
「こちらこそっ! あゆかちゃん、気をつけて帰るのよっ」
「ふふっ。お気遣いありがとうございます。ユリさんもお忙しいなか、ほんとうにありがとうございます」
そう口早に挨拶を交わして、出入り口までに見送られ、俺たちは会場を後にした。
「楽しかった、また機会があったら観に行きたいわねぇ」
「あぁ、そうだな」
深夜だと思って外に出てみると街にはまだ活気があって、会場に足を踏み入れた時間から大して変わっていないように感じた。
ただ肌に感じる空気の涼しさだけが時間の経過を伝える。
知らなかったこと、知ったこと。
目指す場所が定まっているあゆかは夜闇に輝く灯りのように眩しくて、瞼を閉じてもなお、光を感じてしまうほど……鈍く痛い。




