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 一瞬、何を言ったのか理解ができず、たっぷり間を空けて、俺は言葉を返した。

 それでも俺の頭は理解ができておらず、伯母の言うイイコトを噛み砕いて消化する。

 消化したところで、全く、理解ができなかった。頭の容量キャパオーバー。もはや思考停止フリーズしている俺のことなんて気にするでもなく、伯母はクスクスと声を立てた。


「やだ。ほんと、私ってばナイスアイディアすぎじゃないかしら」

「えっと、つまり……どう言うこと?」


 なんとか振り絞った言葉。伯母さんに詳しい説明を求めた。


 ーーー結果、出された内容はこうだ。


 今は地元でのんびりライフを過ごしている伯母さんは若い頃、東京でバリバリ働いているキャリアウーマンだったらしく、独り身を覚悟して買ったマンションの一室。

 しかし、結果としては、結婚することになり、不要になってしまった部屋。

 それを簡単に手放すには惜しい気もするし、管理会社を頼るのも面倒だ。


「で、色々考えた結果。知り合いに貸せば気軽だし、最低限の保存管理はできるし、月々のローン支払いもできて一石二鳥いや、一石三鳥よ!」


 嬉々として経緯を語る伯母。

 とにかく、現在は親類など知り合いに貸して「のんびり家主さん」をしている、ということを理解した。

 儲けなしのゆるゆる家主運営していた部屋は2DK。個別の部屋があり、プライベート空間がある。悪くない条件だ。もしかしたら一人暮らしするかもしれないと、物件情報を検索した時に、考えられないぐらい狭いスペースでの生活が一般的であること知った。

 そして、その狭さに不似合いな金額を見て、両親への打診も強く出なかったのも、諦めがついたのもある。


 ーーーこの条件なら。


 一人暮らしとは違うけれど、実家を出れるし、通学時間は断然短くなるメリット。しかも費用は、ほぼ管理費だけの、都内に住むには破格の値段。

 なんだこれ、メリットしかない条件。そんなうまい話があるのか、半信半疑になりながらも、伯母の状態を考えると、ほろ酔いで覚えていないかも、そう不安な数日を過ごしていたが、結果、予想に反して叔母は覚えていた。


「え? 東京うちのマンションに来るんでしょ?」


 すでに決定事項のように口にした伯母はさておき、その条件に母はもちろん、父親も快諾だった。

 そんなわけで、本人おれの意思の確認なんてあってない、そんな大人なノリで決まったルームシェア。

 相手方の確認もなしに決まったようなルームシェアだったが、数日経った今も、断りの連絡もないことから徐々に現実味が帯びてきた。その中で、なんとなく気になっていたことがあったので、母親にそれとなく確認することにした。


「……なぁ、母さん。その、小熊さん……だっけ? 残った、弟さんと話しておかなくても大丈夫なのかな」


 台所で晩御飯の準備をしている母の背中に向かって、投げかけてみた。

 そもそも、伯母の性格ことを思うと「うっかり言い忘れてたわ〜てへっ」なんてことはありえない話じゃない。

 もしも、相手方に連絡がいっていたとしても、だ。俺としてはメリットばかりの条件だから、たとえ、知らない人だとしてもやっていけないことはない。が、反対に相手方にメリットはあるのだろうか?


 ・・・当日、行ったら断られるとか最悪なパターンすぎる。


 上京に向けて準備を進めていく中、不安が全てなくなったわけではない。俺一人で頑張ったところで相手方の反応によって難易度は変わって来る……同居人とのコミュニケーション。

 難易度は低い方がいい。

 叔母さんと仲の良い母なら知っているだろうと予想して投げた言葉の返事は、叔母さんの提案を上回る。予想外すぎる答えだった。


「えぇ? 何言ってんの。弟じゃなくて、妹さんよ。もー……昔、よく遊んでもらったでしょう、ユリちゃんに」


 油で炒められた食材の音がやけに大きく聞こえた。



「はあぁっ!?」



 言葉を理解するとともに、大きな声が出た。

 母は俺の声の音量にびくともせず、せわしなく手を動かしている。


「もー。あんなによくしてもらったのに、その恩を忘れちゃうなんてダメな子ねー」


 カチャカチャと容器が当たる音に続いて、重ねられた言葉は、なんでもないようなことのように淡々と続く。

 その反対に、俺の脳内処理は追いつかなかった。

 しばらくすると、芳ばしい匂いが鼻をくすぐり空腹を刺激する。


「りょーう。お皿出してー!」


 母の言葉が耳に届いても、受け止めることができない。

 それよりも重大な問題が発生している。


 小さい頃に遊んでいたお姉さんの苗字を覚えているやつなんているわけないだろう。

 いやいや、それどころじゃない。

 お姉さんって、つまり女の子じゃん。男の俺と、ルームシェアっていうからには相手は男なんだと思うのは当然というか、当たり前のことで。


 そもそも”キョウダイ”って言っていたじゃないか。その”キョウダイ”って聞いて、”兄と弟の兄弟きょうだい”ではなく、”兄と妹の兄妹きょうだい”なんて、分かる人間なんているのだろうか。


 というか、そもそものそもそもだが。どう考えていても”年頃の男女が一つ屋根の下で住む”というのは一般常識的によろしくないと思う。


 もしかしたら聞き間違いかもしれないと心を立ち直して「ご近所のユリちゃんって、ユリねえのことだよな」と返せば「そうそう。覚えているじゃない。大丈夫ね」なんて、意味の分からないやりとりで終了してしまったことから、母は”男女でルームシェア”ということを勘違いでもなんでもなく、キチンと理解している、ということ立証された。


 ……なんなんだ。


 すぐさま脳内整理がはじまる。

 俺が予想をするに、俺の家族、そして伯母さんしかり、ユリの家族との親交があること。そして、ユリが社会人で、俺が学生。

 そんなドラマティックな話があるわけない……なんて、ことで落ち着いたと予想し、心の置き所を据える。


 うん。とりあえず、親公認の同居というルームシェアが決定した瞬間であった。


「うっわ。マジか……」


 時限爆弾のように、時間たっぷり使って受け止めた衝撃は重すぎる。

 思わず宙を仰いでしまい、目に入った照明がやけに眩しく刺さった。

 そんな、衝撃的な真実を知って、時の流れは怒涛のごとく過ぎ。

 上京の日を迎えていた。


 時間ときの流れが、早すぎる。

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