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「で? アンタ。なに、中学生に手出してんの!?」


 昔のマンガのド定番とも言うべき、むしろ、いにしえの洗礼かもしれない。

 人気のない体育館裏に等しい、店から離れた人気の少ない非常階段近くに連れ出された俺。


 距離がとてつもなく近い。

 壁に、そして目の前の、獰猛どうもうな瞳をした女子に。


 壁に背をつけるほど追い詰めれて、その壁に縫い付けられ、逃げ出すことができません。


 これがいわゆる女子の憧れ、壁ドンってやつですよね?

 これ、壁側って男子でしたっけ?


 想像と違って、なんだか胸が痛いほど心臓がキュッと縮みます。

 冷や汗が背中をつたっています。

 本当にこれが女子の憧れる壁ドンなのでしょうか?

 いや、絶対。なんか違うっっっ


「しかも、買い物で釣るとか……未成年なんたらで捕まるわよ。犯罪よ、犯罪」


 あまりの自分の状況に、脳内が大騒ぎだ。そうそう簡単には現実逃避もさせてもらえない。

 何回転したかわからなくなってきたところで”犯罪”というワードに現実へと引き戻され、慌てて、訂正する。


「ちょ、あゆか。これにはな、事情があってだな……」


 説明が言い終わる前。

 風を切る音と共に背中にある鉄扉が重く響く。

 ビリビリとその振動が体に伝わってくる。

 無意識に動いた視線は足の付け根。下半身がヒュッとしたその部分にあるのは股の間から伸びる生足。


「事情ってなに?」


 ふわふわとした素材のスカートから繰り出されたとは思えない、どこぞの不良ヤンキーとも張り合える迫力。

 いつもの雰囲気と違って柔らかい、なんて感想をもったのは昔のことのよう・・・足蹴りされた場所は、男子の大事な部分の近くであった。


「は、話せばわかる。一回、落ち着こう。お前は、大きな勘違いをしている」


 危機感が、いや、たまの危機を感じる。切羽詰まりながらも、手のひらを大きく開いて静止を促す。


「はぁ? 落ち着けってなに?」


 今まで聞いたこともないような唸るような声に、再びたまの危機に震える。

 次の瞬間には、生きてきた中で、一番、おくちが回ったと豪語できるほど、口を開いて、言葉を接続していった。


「いや、あの、お、お前たちにどう見えているかはわかるっていうか、今ので十分伝わっているっ。

 だがしかし! あれは正真正銘の同居人の姉っっていうか、超絶びっくりするぐらいの童顔だし、声も幼いし、身長もちっさいし、勘違いするのも無理ないっていうかっなっ!

 あぁある意味、お前たちの言っていた規格外の姉ってやつだ!」

「ふぅーん?」


 視線が和らぐことがなく、白々しいほどの相槌に心が折れかける。


「ほ、本人に聞いてくれてもいいっ。お前たちの見てた通り、出会ってすぐここにきた。つまりっ! 俺たちは打ち合わせする時間はなかった、だろう!?」


 胸ぐらは掴まれていないけど、壁とあゆかに挟まれているので、それに十分に値していると思う圧迫感に負けじに口を開き続ける。

 しかし、”本人に聞いてもいい”という言葉が琴線に触れたのか、瞳をパチリと瞬かせた。


「まー確かに? でも事前に打ち合わせしていた可能性もあるじゃない」


 あゆかは一筋縄ではいかなかった。疑いは深い。


「そ、そんなことはしていない」

「へー……。まぁ、ウチが本気出して、その薄っぺらい嘘をブチ壊してあげるわ」


 俺の必死の説得が通じたのか、軽く鼻を鳴らすと、伸びていた足を床に戻したあゆかはくるりと方向転換をした。その後ろ姿は、今から決闘に向かうヤンキーのようだ。

 それと同時に、ユリと宇汐がいる場所へ戻る、あゆかの背中を見ながら、俺は思った。


 ーー壊れるのは、あゆかの常識であるということを。


 二人は別れた場所の近くにあるショーウィンドウのディスプレイを眺めていたため、すぐに見つけることができた。


「あ、またせ……」

「オホホ。お待たせしてごめんなさーい。すぐにでも確認したい事があってぇー。なんか、お二人の時間、お邪魔しちゃってー本当にごめんなさーい」


 戻ってきたことを伝える前にあゆかのわざとらしい笑い声が入った。現実に存在するのかと思うぐらいの、違和感ありすぎる言い回し。さすがのユリも疑問に感じるだろう。


「いーえ! 全然、大丈夫だよっ!」


 あまりの危機回避に全力投球しすぎていて、忘れかけていたが……そういえば、ユリも違った勘違いしていたんだっけ。肩の力が抜けるとともに、息をこぼさないように飲み込んだ。


「あーそうそう。ユリちゃん、突然なんですけどー」

「うん。どうしたの?」


 こてりと首を傾げるユリ。


「ユリちゃんの職業って何になるのかなぁ?」

「うん?」


 当たり前だが、ユリは質問の意図が理解できず、返事にならない返事をした。

 あゆかはそんなユリの反応に自分の質問がうまく伝わっていないと感じたのか、言葉を付け足して質問を続けた。


「ほら、学生とか、専門とか、中学生とか、色々あるじゃなーい?」


 ……それは、誘導尋問、というものにならないか?


 というか、あゆかの本気、とは!? 

 ビックリするくらい、ひねりも何もない。真っ直ぐすぎる、どストレート!

 あれだけの自信から作戦があるかと思えば・・・勢いだけ、だった。

 刑事ドラマもビックリの力技ちからわざすぎる。

 その、どストレートな言葉が功を奏したのか、質問の意味を理解したユリは目をパチパチと瞬きを繰り返す。笑顔に反して鬼気迫る空気をまとったあゆかに戸惑いつつ返した言葉は、真実げんじつだ。


「え? わ、私!? 会社員、だけど?」


 その言葉を聞いた瞬間、あゆかはピシリと石像のように動きが止まる。

 動きが止まったことも、職業を聞かれている理由もイマイチ理解できていないユリは、ぎこちなく止まったあゆかにそっと語りかける。


「ぐ、具体的な職種とか言った方がいい、かな?

 あっでも、そんな、ネタになるようなことはないっていうか、フツーの事務員さんなんだけど……あっ! 今は、良ちゃんと一緒に住んでるし、身元はしっかりしてるよ!?」


 そういう問題ではない。

 こちらから見てもわかるぐらい一生懸命に、的外れなフォローをしている。


「えっと、つまり。6つ、歳の離れたお姉さん、ってこと?」

「……6つ」


 動きを再開したあゆかはひたいに手をあてて、俯き加減になりつつブツブツと呟く。

 静かに落ち着いて見えた宇汐は、ただ、歳の差の数をポツリと零した。


「えっ、えぇ。もしかして、私のこと、大人に見えなかったってこと!?」


 その様子を見て、ユリもさすがに気づいたようだった。


「ウソでしょ!? 今日は大人カワイイのワンピースにしたのにっ」


 慌てふためきながら俺の両腕を掴み、前後に揺らしてくる。


「はっ。これね!」

 大きな声をあげて、動きを止めたユリ。

「これこれっ! 予想外のことが起きるとつい、動揺しちゃって……」

 ひとしきり俺を揺らしていた手を離して、自分の両手をまじまじと見つめている。


 これって、手? いや、動きか?


 該当することが多すぎて分からない。

 しかし、その疑問はすぐに答えが出された。


「落ち着きがなくて、若く見られがちなんだよねぇー。いやはや、お恥ずかしぃ~」


 額を叩くように手のひらを当てるユリ。


 『『『そうだけど、そうじゃない』』』


 その場にいたユリ以外の3人の心が一つになった瞬間だった。多分。

 ユリの思いつきによる行動デートにより、こんなことになるとは思ってもみなかった。

 本当に、ユリとの生活は予想がつかないことばかりだ。


「ごほん。大変、申し訳ありません。

 他のお客様にご迷惑になるので、こちらの通路での待機はご遠慮いただいております」


 ふわりと甘い香りが舞った。

 振り向けば、目が笑っていないお店のお姉さん。

 言葉を交わさずして、俺たちはペコペコと頭を下げながら足早にその場から移動した。


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