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「良ちゃん、聞いてるっ?」
ユリの声が突如、降りかかった。ぼんやりしていた視界が急に鮮明になる。
考えることに集中しすぎていたらしく、なんの話をしていたか全く分からなかった。
「聞いてなかった」
なので、ユリの問いかけには素直に答えた。
たぶん、これから小言が返ってくるんだろう。そう思っていたけど
「もう! でも、正直でよろしい! それに免じてもう一回言ってあげるぅ」
やっぱりユリというか、俺の予想とは違った反応だった。
怒ったような素振りを見せながら、笑いを混ぜながら許すという。
本当にユリの表情筋は大忙しいだと思う。もしも俺の顔だったら、筋肉痛が確実に起きそうだ。
「でねぇ、コレとコレ」
ふふっと笑いをこぼしながら、ユリは楽しげにデザートメニュー表を机の上に広げて指で差す。
「これとこれ……2つ? んん?」
不思議に思って、指先から顔へ目線を上げると、とびっきりの笑顔をしたユリがいた。
「本日のデザートの”甘夏みかんのムース”と、季節限定の”ストロベリーチーズケーキ”
どっちも外せないのよぅー!! ねぇ? 半分こしよ??」
両手を合わせて、まるでお祈りでもするかのようにお願いをするもんだから、どんだけ食い意地はってんだ。なんて、思わないわけでもないけれど、面白いからその提案を採用することにした。
「りょーかい。その2つ食べようぜ」
ーー1つを1人で食べるより、1つを2人で半分こした方が、美味しい気持ちも半分こできてイイよね。
ふと、昔の記憶が蘇ったわけで、決して……
「やったー! 良ちゃん、好きよぅ」
両頬に手を当てて、喜びを噛み締めているユリが可愛いとか感じてるわけではない。
断じて。
「そっ……」
俺は勝手に緩んでしまった口元がバレないように言葉を短く返事をした。
「はぁぁぁぁっ!」
店員が並べた季節を彩る鮮やかなデザートを見て、感嘆の声を漏らすユリ。
言わずもがな。目がキラキラと輝いているようにみえる。
ただ単に、光が反射しているだけかもしれないが、目が輝いているのは確かなことだ。
「美味しそうぅぅ!」
早く食べればいいものの、目の前のデザートたちを褒めたたえながら取り出した携帯で、いろんな角度から写真を撮りはじめる。
しばらくして落ち着いたのか、撮影していた手を止めて、いそいそと携帯をしまってごくりと喉を鳴らす。
「さぁ、食べるわよ……」
準備はできたと言わんばかりに、目が溢れそうなほどにこちらを見るユリ。
俺が先に食べるなんて戸惑うぐらい「食べたい」という文字がユリの背後に浮かび上がっている。
「……お先にどーぞ。俺はユリの後に食べる」
「え、いいの、食べちゃうよ!?」
まさかだが、俺の反応が意外だったようだ。挙動不審な動きをしつつ、フォークを持つ手はストロベリーチーズケーキに伸びている。
まずは、ストロベリーチーズケーキの尖った先の方を控えめにフォークを入れて、口に運ぶ。口に入れると、フォークを口元に添えたまま、もぐもぐと味を噛み締め、震えている。
コクリと喉を鳴らして、顔がゆっくりと上下に揺れた。
「おっいしー……」
吐息まじりに幸せそうに声を漏らした。
相当、お気に召したようだ。
そのままの勢いで、ぱくぱくと口に運ぶフォークには勢いがある。その動きに合わせて、控えめだが確実に、ストロベリーチーズケーキは小さくなっていく。側面のタルト部分に差し掛かりそうになって、その動きに急ブレーキがかかった。
そして、おずおずと、こちらを伺うユリ。
「た、食べ過ぎました…」
夢中になって食べていたことにタルト生地になって、ようやく気付いたらしく、悪いことした犬のようにしょげている。
「分かってるよ」
どうやら、”自分が悪い”と認識すると、敬語になるようだ。新たな発見に笑みがこぼれそうなところを耐える。うっかり、食べ過ぎたことを笑っていると勘違いされかねないためだ。
「ごごごめんねー!! 甘夏のムースは多めに残すからねっ」
とても小さくなったストロベリーチーズケーキが乗ったお皿を移動してきた。
その慌てっぷりが面白いけれど、本人的には相当気にしているらしい。
だがしかし、正直に言ってしまえば、俺は別に、スイーツ男子とかじゃないので、ほどよく食べる程度。だから、少し食べれれば満足なので、ユリが気にしているほど、気にはしていない。
それにユリの表情を見ているだけでも十分な甘さを感じていた。
「ん、まい」
タルト多めではあるけれど、それが合間って程よい甘さで、男の俺にはちょうど良かった。
「でしょー」
まるで自分で作ったような自慢げな表情するユリ。手にもつ食器はフォークからスプーンに切り替えて、グラスの器に入ったムースをすくう。スプーンの大きさより少し大きく取れてしまったムースはぷるんと弾力を表しているようだ。
ユリは”多めに残す”……なんて言った手前、大きく取り過ぎてしまったように感じたのか、チラチラとこちらの様子を伺っていた。しかし我慢できなかったのか、えいやと気合をいれるが如く、ムースはユリの口の中へ消えた。
再び、震えながらも、感嘆の息を漏らす。
「あぁ……美味しいぃ……」
全てを余すところなく感じるためか唇の端を拭うように赤い舌が顔を出した。
無意識だったのか、目線が合うと、恥ずかしそうに口元を覆った。
「お行儀が悪くてごめん」
「・・・」
ユリがちょいちょい起こす、幼さの残る行動が俺のアイデンティティを揺さぶってくる。
しっかりしろ、俺。ユリだぞ、ユリ。
少しばかり脳内会議をしている俺をなんと思ったのか
「食べる?」
スプーン片手に、首を傾げてきた。
ユリの背後にある光の反射がやばい。まぶしい。
「・・・」
なんだ、それは計算か? 計算なのか!?
いや、ユリに限ってそんなことはないよな。相手は俺だぞ、俺。
「良ちゃん??」
「あぁ……」
少し冷静になろうと、深く息を吸う。




