5.魔女と魔法使いの本(1)
天井から下げられた伝統的な悪夢除けに、よくわからない木彫りの人形。中身が空の異国風の香水瓶に、美しい天然石。
ミモザの祖父母の寝室には、不思議で訳の分からないものが溢れかえっている。
祖母が亡くなったときから変わらずだった部屋は、窓を開けてあかりが差し込むと、どれもうっすらと埃をかぶっている。
「よし! ――片付けよう」
この部屋で寝るようになって数日、どうにも喉が痛かった。
風邪かと思ったが、どう考えても絶対にハウスダストのせいである。
ひとつずつ棚の上の小物を手に取って布で乾拭きし、箱に詰めていく。
たまに気になったものをいじってみるが、用途はさっぱり分からない。
ただ、自称『魔女』と『魔法使い』だったミモザの祖父母の品は、おいそれと捨てては危ない気がする。
(呪われた品とか置いてないわよね。できれば幸運を呼び込むラッキーアイテムが良いんですけど!)
二人が存命だったころは、内緒で部屋に入り目を輝かせて眺めていた品々だ。
大人になった今でも心くすぐられるのだが、それ以上に、なぜこれを彼らが持っていたのかが気になって仕方がなかった。
「ミモザ、なにか手伝うことはあるか?」
「ありがとう。これを一階に運んでくれる?」
シャロンの手を借りて、部屋の小物はどんどん外へと持ち出されていく。
箱四つぶんの雑貨が、寝室から撤去された。
ミモザはハタキで埃を落とし、棚の上を雑巾で拭って、床を掃き清めたあと水を撒いてモップ掛けをする。
床が乾いたら、洗濯したシーツでベッドメイクを終えると、部屋は別物に生まれ変わった。
ちょっとだけ寂しい思いが心をかすめる。
故人の荷物を片付けるというのは、最後に残ったつながりを絶ってしまったようで悲しかった。
「とはいえ、こちらも健康被害がでていますし。なによりもう二年も経つんだし、ね」
過去よりも今の生活が大切である。
心の中で祖母へ別れを告げたあと、ミモザは部屋の扉をそっと閉じた。
一階に降りていくと、シャロンがおやつとお茶の準備をしていた。
美味しそうなクリームタルトに、初めて見るティーポットとティーカップが並んでいる。
「お疲れ様。今お茶を淹れるよ。飲むだろう?」
お茶は淹れてもらうのではないのですか? 王子様。
ミモザの無意識領域が、おかしい変だとざわついて不安を煽ってくる。が、そんな思いも掃除で疲れたせいか、体は素直に席へと足を運ばせた。
「ありがとう。いただきます」
「ちょっとだけ荷物が見えたけど不思議なものが沢山あったな。異国の品なんてどうやって手に入れたんだ?」
「知らない。おじいちゃんが買ってきたものだし。もしかしたら作ったのかもしれないし」
「お前のおじいちゃんって、何者?」
「魔法使いって言ってた」
お前それマジで言ってんの? という猜疑の視線を向けられても、そう教えられてきたので仕方がない。
「だって、本人がそう言ってたのよ」
「本当に魔法使いだったら、自白するか? そもそも魔法は存在しないだろう」
(シャロン、あなた気付いてないかもしれないけど、自分のこと『俺は王子だ』って言ってたわよ)
つまり、本当にそうなら自己紹介する場合もあるということだ。
ミモザはテーブル下の引き出しから一冊の分厚い本を取り出した。
中央に宝石が埋め込まれ、金と銀の刺繍が施された布張りの装丁は、魔法使いが片手に持つのにぴったりな代物だ。
ミモザは首に掛かったチェーンを手繰り、服の中から鍵を二本取り出す。
そのうちの一本を、本の留め具に付いている鍵穴に差し込み、開錠して中を開いた。
「これ、おばあちゃんが残してくれた調薬レシピの本なんだけどね、継承権のない人が開くと白紙になるの。魔法みたいでしょ」
「お前、大丈夫か?」
「まあ、そういう反応するよね。普通」
ミモザは本を閉じるとシャロンに渡した。
受け取ったシャロンは、そんな馬鹿げた話は聞いたことがないと言いかけて、開いて見せたほうが早いだろうと思いなおす。
余裕のある表情は、本を開きページをめくり続けていくうちに強張っていった。
「なにも書かれていない。真っ白だ」
「そういうこと。これを見るとね、おじいちゃんは魔法使いだったのかなって、信じちゃうのよね」
こてん、と机に頭を置いて、ミモザは目を閉じた。
小さい頃、祖母が紙に書いてそこいら中に置きっぱなしにしていたレシピを、祖父が拾ってこの本に書き込んでいた記憶がある。
祖母は最初、この本に見向きもしなかったのだが、管理できずに失ったレシピが書かれていることを知ると、喜んで使うようになったのだった。
「そのレシピを使って新しい商品を作ろうと思うの」
「新しい商品?」
ミモザはシャロンから本を受け取ると、再び開いてなんとなくページを捲る。
「隣で薬が売られるとウチに来るお客さんが減るじゃない。ならオレガノ商会が取り扱っていない新しい商品を作って、隣にきたお客さんが、ついでに寄って買っていけるようにしようと思って!」
「お前、発想が前向きなのに目標が後ろむきだな。今の時点でオレガノ商会の新店舗に負ける前提で計画を練るなよ」
「だって、お客さんはみんな新しい店に行きたがるでしょ。妥当な作戦って言ってよ!」
ぷくっと頬を膨らませ、ミモザは使えそうな調薬レシピを紙に控えていった。
書きだしたメモを眺めながら、ミモザは難しい顔をする。
良さそうだと思っても、既にオレガノ商会で取り扱っている品と被るものばかりで、良案が出てこないのだ。
こうなると隣の店が開店したら、ただでさえ少ないお客を取られて終わりである。
売り上げを確保する活路を見い出さなければ、折角シャロンに助けてもらったのに意味がなくなってしまう。
「俺も考えたぞ。こんなのはどうだ?」
差し出された紙を見たミモザは、ちょっとだけ気が遠くなった。
「筋肉疲労に効く湿布薬にハゲ治療の薬。リアリティがあるっていうか、夢がないっていうか……。ちなみにこれって、需要あるの?」
「俺の父と兄は喜ぶと思う」
ミモザは国王陛下の頭と、ムキムキな第二王子を思い浮かべて妙に納得した。
「正直な話、筋肉疲労の湿布薬は騎士全員が喜ぶし、ヘルメットや王冠で頭皮を痛める父や騎士はハゲる可能性が高い。本人たちも凄く気にしている」
「湿布薬は今もあるんじゃないの? 毛生え薬もたしか見たことがあるわ」
「臭いがきついのと、効果が薄いので、どちらも不評なんだと」
「そういう話があるのね。でも、そんな薬あるかしら」
本をめくりながら、レシピを探していく。
そして――
「あったわ」
流石というかなんというか。『やり手魔女』の祖母は湿布薬も毛生え薬もレシピを残してくれていた。
「へぇ。石切り場の労働者に頼まれて作った高性能湿布薬。それから嫁入りのために髪を腰まで伸ばす習慣のある地域の娘に調合した育毛薬。おばあちゃん、本当にいろんな仕事していたのね」
材料と作り方、注意点以外に依頼主の症状も記載されている。
石切り場も、特殊な習慣のある地方も心当たりがないので、かなり遠方の顧客だったのだろうか。
「ちょっと改良が必要だけど、これならできそうだわ」
「ミモザ、このノニの実とロータスの実、どうやって手に入れるんだ? 市場にめったに出ないし、見つけても値が張るだろう」
「ああ、それは大丈夫よ。心配いらないわ」
「どうしてだ?」
シャロンの腕が本を遮るように置かれ、ミモザの目の前に顔が割り込んできた。
「えっと、絶対に手に入らないわけじゃないもの」
「ミモザ、お前は稀少性の高い材料を、いつもどこで手に入れてる? 安価で手に入れられるツテがあるのか?」
聞き流してくれないシャロンに、ミモザははたと気が付いた。
(も、もしかして――!!)
シャロンは対外秘を調べるために、婚約と称してミモザの家に転がり込んできたのだろうか。
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