4.頼りになる優しい恩師
ビーカーに乾燥した葉と湯を入れて煮立たせる。お湯が紫の色に変化したあとは、色が濃く変わっていくのを見ながらじっと待つ。
綺麗な紫水晶色になった瞬間を見計らって火を止めた。
茶こしを使って葉を取り除きながら液体を椀に入れると、ミモザはそれをシャロンの前へと置く。
「お前はお茶をビーカーで淹れるのか」
「そうね。ちゃんとお茶専用のビーカーだから大丈夫よ」
お茶はティーセットで淹れるのが当たり前な第三王子シャロンは、ミモザの粗雑さに衝撃を受けた。
一応出されたお茶――しかも紫――のはいった椀を手にとり、こっそりに匂いを嗅いだあと、おそるおそる一口含んだ。
口内に花の香りと甘みがふわっと広がり、ほっと心が落ち着くような気がした。
「茶葉が甘いのか。珍しいな」
「甘いもの好きでしょ。だから淹れてみたの」
ついでに気持ちを落ち着かせる成分の葉もこっそり足してある。
というのも、先ほど工事開始の挨拶にクラントが立ち寄ったのだが、彼が帰った後からシャロンの機嫌が悪いのだ。
それを静めるために、ミモザはわざわざ内職の手を止めて茶葉を調合した。
お茶を楽しんでいるシャロンに満足したミモザは、テーブルに並べた薬草を小分けにして紐で結んでいく。
一回分の材料をまとめて紙に包んで、内容の書かれたタグを巻き付ければ完成だ。
「よし、これで全部仕上がったわ」
全部で二十個、母校から注文を受けている教材ができあがった。
「明日はこれを届けに学園に行ってくるわね」
「何時ごろに出掛ける予定だ?」
「十時ごろだけど。――なんで戻りの時間じゃなくて出発の時間を聞くの?」
「俺も一緒に行くから」
「え!」
「え?」
どうして一緒についてくるのか理解に苦しむミモザと、どうして一緒に行ってはいけないのか理解できないシャロン。歩み寄る気のない二人の主張は平行線だ。
「どこでクラントみたいなのが湧くか分からないだろ!」
「そんな人、そうそう湧いたりしないわよ!」
そんな奇特な奴はクラントひとりしかいないだろうとミモザは思っていた。
結局、なにを言っても着いていくとシャロンが譲らないので、面倒くさくなったミモザが折れたのだった。
◇◆◇◆
ミモザとシャロンの母校――トラヴァー学園にある教員専用の研究棟を訪れる。
扉を開けると在学中に調薬を担当してくれたベンジャミンが、陽だまりのような笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい、ミモザさん。――シャロン君も」
「失礼します、ベンジャミン先生」
「ご無沙汰しています」
予定外の訪問者であるシャロンのことも、ベンジャミンは温かく迎え入れてくれた。
怒ったところなど見たことがなく、ついでにミモザが在学中に祖母を亡くして大変だった時、卒業までいろいろ世話してくれた親切な先生なのだ。
「先生、お約束の教材です」
「ありがとう、いつも助かっています」
ベンジャミンは教材を受け取ると、用意してあった代金の袋をミモザに渡した。
用事が済むタイミングを見計らっていたシャロンは、会話の途切れた隙に話を切り出した。
「今日は別で報告があります。まだ内定止まりで公表はしていませんが、俺たちは婚約しました」
「それを言うために、わざわざ着いてきたのね。シャロン」
ミモザにはクラント二号を警戒するためだと言っていたくせに、とんだ嘘つきである。
「婚約。――ミモザさん、それは本心で?」
「え、ええっと。はい。ちゃんと同意の上で婚約証にサインしました」
「そう。――なら、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
ベンジャミンに祝福されて、ミモザは顔が熱くなった。訳アリ婚約だけれど、こうして祝いの言葉をかけられると、なんだかこそばゆかった。
「それで、今までは店の経営を気にして内職を受けていましたが、今後は必要なくなったので教材作りもこれきりにしたいと思っています」
「?!」
またもやシャロンが勝手に内職を断ってしまった。確かにシャロンが入れてくれる給金があれば内職は不要だろう。
ただ、そういう話は先にミモザに相談してから進めてもらいたいものである。
「うーん。それは、少々困ってしまいますね。私ひとりだと中々教材にまで手がまわりませんから。できればこのまま続けてもらえるとうれしいのですが」
「そ、そうよ、シャロン。先生が困ってしまうわよ!」
内職とはいえお世話になった恩師の手伝いでもあるので、ミモザは激しく抵抗した。
ベンジャミンもできれば続けてほしいと口添えしてくれて、二人がかりでシャロンに対抗する。
「ミモザがそんなに続けたいのなら仕方ない。くれぐれも無理しないでくれよ」
「うん、今まで通りに受けても無理はないから大丈夫よ! 心配しないで、シャロン」
話はまとまり、少しのあいだミモザは席を外した。
研究室に残ったシャロンとベンジャミンは、先ほどより少し空気が重くなった部屋の中で、互いに向き合う。
とくにシャロンから威圧的な雰囲気が発せられているようだった。
「別にミモザでなくても教材準備なら学生から募ることもできますよね?」
ベンジャミンは少しのあいだ沈黙したが、ややあって首を横に振った。
「一度ミモザさんの品を手にしてしまうとね、他のものでは満足できなくなってしまったんです。申し訳ありませんが少しだけ彼女の時間を私にも分けてください」
「……今はいいですが。早めに代わりを見つけてください」
「善処しましょう」
ミモザが戻ると、二人は何事もなかったかのように振る舞った。
シャロンはとにかく早くミモザを帰らせようとせっついたのだった。
◇◆◇◆
家に戻るとミモザは再び紫色のお茶を淹れた。
今度はシャロンだけでなくミモザもそれを飲んで気持ちを落ち着かせる。
(もう、私の周辺の人たちに婚約話をばらして牽制して歩くなんて。――ああ、でも周知されないと効果がないのかも)
どういうつもりか問いただす前に、ミモザは結論にたどり着いた。
シャロンは市井に混じって生活しているので、婚約発表というものをしないつもりなのだろう。
でもそうすると、第三王子が婚約している情報は誰も知らないままで、そうなると他国からの婚約話を断る下地が出来ていかない。
ミモザが王族の恩恵を受けている効果も、周知されているのといないのでは、いろいろと違ってくるだろう。
なるほど、接点のある信用できそうな人に話をしたかったのかもしれない、と合点がいった。
お茶の効果で落ち着いたせいか、見えていなかったものが理解できたようだ。
「悪かった。ミモザに相談もせずに話をすすめて」
「え?」
「婚約証の提出も同棲も、ベンジャミン先生に打ち明けたことも。――それを、怒っているんだろう?」
長い沈黙をミモザが怒っていると勘違いしたシャロンが、先に頭を下げた。
彼が謝ること自体非常に珍しく、驚いてミモザは声を掛けるタイミングを逃してしまった。
「気が晴れないか?」
「そ、そもそも怒っていないわ。オレガノ商会は店を建て始めたし、シャロンがすぐに動いてくれなかったら、私はきっと今もクラントさんに言い寄られていた気がするもの」
間違いなく新店舗の店員にされていただろう。
「ただ、こんなに周囲にはなしちゃうと、ちょっと気まずいわね」
互いの問題が解消したのなら、続ける理由のない婚約なのだ。
「別に俺は解消しなくても構わないけどな」
「ちょっと、からかわないでよ。うまみのある婚約話がでたら城に呼び戻されるんでしょ」
「そうなると俺が幼馴染を弄んで捨てた性悪王子にされるじゃないか」
「大丈夫よ。その時はちゃんと周りに同意の上で解消したって伝えるわ。きっと噂好きなお客が店に来て、聞いた話を触れ回ってくれるわよ」
勘違いしてはいけない。
シャロンとの距離が近いのは彼が幼馴染だからだ。きっと子供のころの感覚で接してくれているのだろう。
その証拠に一線を越える気は無いのだとはっきりと態度で示している。
むしろ婚約したせいで、シャロンが変に気を遣ってミモザを世話し続ける可能性が出てきてしまった。
シャロンはミモザを助けるために手を差し伸べてくれただけだ。
そしてシャロンも困っていたから丁度良かっただけ。
目的を果たしたあとは、互いに後腐れがないよう婚約解消できる方がいい。
「ねえ、婚約継続不可――例えば、シャロンの縁談が片付いて、私のお店が安全になったら、この婚約は解消って決めておかない?」
「――ミモザがそれで気持ちよく過ごせるなら、いいよ」
「うん! それまでの間改めてよろしくね、シャロン」
「こちらこそ、いろいろ上手くいくように努力する」
ミモザは気づいていない。
ミモザの問題はシャロン以上に良い条件の者はいないが、シャロンの相手はミモザでなくとも成り立つということに。
ミモザが思っているような、そんなつもりで彼がココにいるわけではないということに。
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