終.エピローグ
街の大通りから少し外れた場所に構える二階建ての家。
レンガ造りで奥行きがある建屋の玄関扉には「CLOSED」の看板が掛けられている。
昔からある薬屋は、ここしばらく店はずっと閉まりっぱなしであった。
箒と塵取りを持った女が、薬屋から出てくる。
水色に小さな花柄のワンピースと白いエプロンを身に着けたミモザは、薬屋の女主人というより新妻のようである。
ミモザは店の前を一通り掃き終わると、はたと店の左隣――クラントが店を建設中とは逆――にある空き地まで歩いていった。
そこでは、なにやら高貴な装いの人たちが紙を広げて話し合いをしていた。
土地の隅では、屈強な男がハンマーを振り上げて杭を打ちつけているのも見える。
「うっそでしょう! 変な音がすると思ったら、この人たちシャロンの土地に何しているのよ!」
叫んだミモザは慌てて家に戻ると、今しがた目にした光景を、朝食を用意していたシャロンに報告した。
「シャロン、大変よ! あなたの土地に誰かが何かしているわ!」
シャロンは手に持っていた皿をテーブルに並べると、キッチンの窓から外を覗いてミモザの話を確認した。
その間、ミモザは暖炉の横に置いてある火かき棒を手に取り、再び外へ出ていこうと息巻いている。
「落ち着けミモザ! あれは心当たりがある。とりあえず手に持ったものを、こっちによこすんだ」
「心当たりがあるの?」
驚いて戻ってきたミモザの手から、シャロンは火かき棒を取り上げた。
こんなものをミモザに持たせたままだと、いろいろ危ない。
「どういうこと? なにがあったの?」
火かき棒を手放したミモザは、今度はその手でシャロンの服を掴んで引っ張った。
対するシャロンは、何やら目をそらして、どう説明しようかと悩んでいる様子だ。
「あー、そうだな。ミモザ、俺は王子だ」
「……知っているわよ。そんなこと」
「いずれは、俺の兄が王太子に立ち国王になる」
「分かっているわよ、それくらい!」
時勢に疎い自覚のあるミモザだが、流石にそれくらいは知っている。
なんだか馬鹿にされたような気分になった。
「落ち着けって。もし兄が国王に就いたら、俺は爵位を授かって仕えることになるんだ」
「爵位――って貴族ってこと?」
「そうだな。で、そろそろ王都に邸を構えても良いだろう、というかむしろ早く構えろという話が出てだな」
城に長く滞在している間に、その手の話が一気に推し進められてしまった。
ミモザの冤罪を晴らすことを優先し、自分の件を生返事していたシャロンは、まんまと家族に外堀を埋められた。
丁度シャロンが王都に広めの土地を購入していたこともあり、ならまずはそこにタウンハウスを建てようということになったのだった。
「シャロン、貴族。婚約者、私――。私は? 私は一体どうなるの?」
「なんの爵位を賜るかによるけど、公爵なら公爵夫人になるな」
「うっそでしょ! なにその話、知らない、聞いてない!!」
言ったら婚約を断るだろうから、ずっと黙っていた。
いや、シャロンは何度も「俺は王子だ」と説明したので、そこから想像できなかったミモザが迂闊なのだ。
「まあ、そんなに気にするなよ。別にすぐってわけじゃないから」
「嫌よ、近寄らないで。そんな大事なこと黙っていたなんて信じられない!」
ミモザから全力拒否を受け、シャロンは慌てた。
とりあえず、どんどん離れていく彼女を捕まえようと走り出す。
あっというまに、テーブルを挟んで追いかけっこが始まってしまった。
「ちょっと追いかけてこないでよ!」
「ミモザが逃げるからだろ!」
「シャロンが追いかけるからでしょ!」
「お前が止まれば、俺も止まる!」
バタバタと激しい攻防戦を繰り広げていたのだが、ドアベルが鳴ったので、ミモザはさっさと店先に行ってしまった。
その後ろを追ってシャロンも店に向かっていった。
「いらっしゃいませ。ごめんなさい、今はお店を空けてなくて――って、クラントさんに、ベンジャミン先生!」
クラントとベンジャミンは、冤罪が晴れて無事に店に戻ったミモザを一目見ようと訪れたようだ。
「ミモザさん、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。シャロン殿下も戻ってきてしまったのですね。てっきり、そのまま城で働くのだとばかり思っていたのに。残念です」
「ミモザさん、無事に戻って来られて良かったですね。ささやかですがお祝いとして受け取ってください」
ミモザはベンジャミンからオリーブで作られたハンドクリームと石鹸の詰め合わせを、クラントからは薔薇の花束を、それぞれ手渡された。
「あ、ありがとうございます。その節は、お二人には大変ご迷惑をおかけしてしまって。おかげさまで無事に解決して戻って来られました」
お礼と同時に、二人と過ごした濃厚な時間を思い出したミモザは、照れて頬を赤く染めた。
その反応を見て動揺したクラントなどは、慌てて店先に並んだ薬を手に取りミモザに尋ねた。
「これからも今まで通りお店に通わせてください。ちなみにこれは新しい薬ですか?」
「はい。ぜひご贔屓に。それ、新商品なんですけど、薬ではないんです」
「おや、薬以外を作ることにしたんですか?」
クラントは驚いて、手に持った品を凝視した。
何度見ても瓶の中には虹彩が美しい液体が入っている。
「えっと、疲れに効く栄養飲料です。不調なときに気軽に飲んでもらえるように作りました。――病気じゃないのに薬を飲むのは、あまりよくないと思ったので」
「つまり、僕のために作ってくれたと? ――感激です。全て購入しましょう!」
薬の入った籠ごと持ち上げたクラントがそれを差し出すと、先ほどまで目の前にいたミモザに代わってシャロンがそれを受け取った。
「購入ありがとうございまーす」
「チッ」
クラントとシャロンは暫しのあいだ、籠から手を離さずに睨み合っていた。
その横では、先ほどからずっとミモザの無事を喜んでベンジャミンが涙ぐんでいる。
「本当にミモザさんが無事で良かった。これからも調薬を続けるのでしょうか?」
「もちろんです。私おばあちゃんがやり残した調薬を完成させて、ちゃんと『やり手魔女の薬』を伝えていきます」
「それは頼もしいですね。応援しています」
「はい。あの、学校の内職も続けることはできますか?」
なんとなく、全てを明かしたベンジャミンがどこかに行ってしまう気がして、ミモザは繋がりが途切れてしまわないよう、内職の継続を願いでた。
「――それは助かります。ぜひお願いしますね」
陽だまりのような笑顔を見せてくれたベンジャミンに、ミモザは喜んでお礼を伝えた。
――カラン、カラン
勢いよく扉を開けて入って来たのは、隣の店を任されたコリーナだ。
「こんちわー。ミモザさんおかえりなさい! ついでにオーナー、早く店に来てくださーい。みんな待ってますよ!」
「仕方ありませんね。ではミモザさん、またお会いしましょう」
コリーナはいつもの軽い調子でミモザに挨拶を済ませると、クラントを引きずるように連れて行った。
「では、私もそろそろお暇します」
そう言って、ベンジャミンも一緒に帰っていった。
誰もいなくなった店先で、シャロンは後ろからミモザを抱きしめる。
「あまり、クラントやベンジャミン先生と仲良くしないでくれ」
「付き合うなとは言わないのね」
シャロンは、二度と会うなと言いたかったのを一生懸命耐えていた。
貴族になる件に加えてそんなことまで言い出したら、ミモザは本気で逃げ出してしまうかもしれない。
「二人とも仕事関係の人だもの。節度ある付き合いにしかならないわよ」
「ああ、絶対にそうしてくれ」
本当だろうかと疑う気持ちを抑え込むように、シャロンはミモザをきつく抱きしめた。
お互いに気持ちは察しているのだが、実は面と向かっては、まだ伝え合ってはいない。
幼馴染で気安い関係なせいか、二人きりになってもかしこまったり良い雰囲気になりづらい。
運よく流れができたときは、必ずといっていいほど邪魔が入る。
シャロンの体温を背中に感じて、ミモザの心臓が早鐘を打ちだした。
ベンジャミンの仕事を続けるのは、昔から困ったときに助けてくれたことと、祖母の薬を褒めてくれたことへの好意からだ。
クラントのために栄養飲料を処方したのは、たくさん振り回してしまったことへの罪悪感と、調薬師として健康なのに薬を常用することへの心配からだった。
シャロンが不安に思う理由もないし、彼らに対してミモザの心は早鐘を打ちはしない。
シャロンがいきなり店まで来た日から、ミモザの毎日は騒がしくなった。
まだ祖父母が生きていた頃のように、笑って、驚いて。
シャロンが居なくなると、寂しくて探し回ったりもした。
いつの間にか、ミモザの中でシャロンは大切な人になっていた。
大切な人と過ごせる時間は限られていて、ある日突然いなくなってしまうことをミモザは知っている。手放さないために、努力が必要なこともだ。
回された腕を押しのけると、ミモザはくるりと回転したあとシャロンを見上げた。
抱き着いて、今の気持ちを素直に伝えた。
「私、シャロンと一緒にいるのが一番好き」
「俺も好きだ」
~End~
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )❤︎
あとがきは [活動報告] に掲載しています。
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