31.ミモザの薬
騒動が治まるまでのあいだ、ミモザは城に滞在することになった。
今は事業を手放し比較的時間に余裕のある王妃と共に、散歩したりお茶をして過ごしている。
時折シャロンが顔を出してくれたが、どうやら事件の後処理に追われているらしく、酷く疲れている様子だった。
ところが、寝ても覚めても調薬をする生活を送っていたミモザは、数日でこの生活に飽きてしまった。
王妃にお願いして城の空いている一角を借り、調薬を再開しようと試みる。
相談を受けた王妃も、快く器具と材料を提供してくれた。
ただ、魔法の本が手元にないせいで、ミモザはいざ始めようとした段階で何を作るか決めかねてしままう。
それを見た王妃は、ひとつの薬をミモザに依頼した。
「ミモザちゃん、わたくし、このお薬を作ってもらいたいの」
「わかりました」
「お願いね。これはわたくしが初めて処方してもらった薬なの。本当にお世話になったのよ」
王妃が世話になった薬ということは、王子たちの治療薬だろうか。
ミモザは祖母が必ず残す患者の症状を読んで、言葉を失った。
「お願いね。できれば味を改良してもらいたいの」
「はい、祖母も改善したいと走り書きを残していますから。必ず私が完成させてみせます」
「ありがとう。本当に、ありがとう」
涙を流した王妃につられて、ミモザの目頭も熱くなる。
久方ぶりの調薬に、ミモザは張り切って取り掛かった。
◇◆◇◆
バーベナ王女がミモザに惚れ薬をかけた事件から半月ほど経過した。
バーベナは、あの日以降ずっと黙秘を続けていた。
やったとも、やらないとも、どうしてそうしたのかも喋らずに、何かに耐えるように心を閉ざし続けた。
頑ななバーベナに、シャロンはフィオーレ国と薬の交易を始めることと、提供する薬に『親愛薬』が含まれることを伝えた。
「ミモザが、どうしてもというから通しました。彼女に感謝するんだな」
「っ!」
「フィオーレ国があの薬を正しく活用できるのか疑問ですけどね。どうするつもりですか? バーベナ殿下」
バーベナの目に涙が溜まり、堪えようと目を閉じた瞬間にぽろぽろと零れ落ちる。
『親愛薬』を提供してくれたミモザに、国をどうするのかと問いかけるシャロン。
彼らに悪事を働いた後ろめたさと、これから罪を背負って生きていく過酷な現実に、バーベナは目を背けていた。
ミモザとシャロンが、バーベナの暗く閉ざした心に光をさして、現実と向き合うよう促してくる。
バーベナには、それが目指した先に進むよう差し出された手に見えた。
その手を取るかどうかは、本人にしか決められない。
ややあって、バーベナはシャロンに自らの悪事を語りだした。
出来るだけ長くフェンネル公国に好条件で滞在するために、ジェルバ公爵家の次男サイラスでは足りないと判断し、候補から外すために惚れ薬事件を仕組んだこと。
学園で親愛薬の存在を知り、次はシャロンの婚約者に納まるため、邪魔なミモザを排除することを思いついた。ミモザをトラヴァー学園の惚れ薬事件の容疑者に仕立てて、王都の下級層に賞金の情報を流して拘束するよう仕向けたこと。
念願かなって城にシャロンを呼び戻したあと、『親愛薬』の考案者が排除したミモザだと教えられ、攫って自国に連れ帰る計画を立てていたこと。
聞かされたシャロンが、思わず本音を零した。
「初めから困っているから助けてほしいと素直に言っていたら、そんな危ない橋を渡ることもなかったんだ。残念だよ」
「……わたくし、困っていたのね。もっと早くに気づいて、そう言えばよかったのね」
母と数人の女官だけの、小さな離宮で幸せに暮らしていたバーベナの日々は穏やかで、困ることも、悲しむこともなく、すべてが足りていた。
与えられる世界で過ごすことしか知らないバーベナは、不足を訴えるという発想ができなかった。
母を亡くしたあとは、今まで学んだものだけで何とかしなければと、己の努力だけで補い続けたのだ。
バーベナに差し出された手がなかったのか、あるいは気付けなかったのか。
いずれにしろ、ひとり抱え込んでいたせいで、こんなところまで行きついてしまったのだった。
シャロンから、これらの話を聞かされたミモザは思わず尋ねた。
「最後の攫うところは未遂だから、言わなかったらバレなかったんじゃないの?」
「それは俺も聞いてみた。バーベナ殿下は罪状を好きに使ってミモザの冤罪を晴らしてほしいと言っていたよ。あと、この手紙を渡してくれと頼まれた」
渡された手紙は封が開けられていて、中は検閲が済まされている。
開くと綺麗な文字で、こう書かれていた。
『親愛薬をありがとう。助けてくれてありがとう。乱暴な真似をして、ごめんなさい』
「バーベナ殿下は、どうなるの?」
「フェンネル公国への立ち入りは永劫禁止だ。彼女が犯人だと公表してミモザの冤罪を晴らす。バーベナ殿下の自国の扱いは、留学先で自国の文化を利用したら法を犯してしまった程度で済まそうと思っている。あまり揉めると友好国同士の交易に支障が出てしまうからな」
ミモザの親愛薬で、ひとりになったバーベナ王女は再び前を向いて歩き出してくれるだろうか。
これ以上、ミモザに出来ることはない。
フィオーレ国でバーベナ王女に手を差し伸べてくれる誰かがいてくれることを、祈るしかないだろう。
「分かったわ。遠慮なくバーベナ殿下に罪を引き受けてもらうことにする」
ニッと笑ったミモザに、シャロンは呆れ果てて眉根を寄せた。
「おまえな、お人好し過ぎないか? 怒っていいんだぞ」
「ええ~? もう二度と会わないんだし、恨まれてないって分かったなら安心よ」
ミモザは話が済んだとばかりに、止めていた作業を再開した。
沼色に輝く液体が入ったビーカーを手に持つと、茶こしを使って椀に中身を注ぐ。
そのままシャロンの目の前に、その椀を差し出した。
「おまえ……。またお茶をビーカーで淹れたのか。というか、これはお茶か?」
「うん。ビーカーで淹れると中身が確認できて作りやすいの。はい、召し上がれ!」
シャロンの目が大きく見開かれ、驚愕の表情が浮かんだ。
「飲んでみてよ。味を改良しているの。私はこれなら我慢できると思うんだけど、高貴な方々の味覚が知りたいのよ」
ミモザにお願いされて、シャロンは戦々恐々としながら椀を手に取った。
怯えながら口に含むと、生臭さと苦みとえぐみが口いっぱいに広がった。
「△×%Z~~っ!!!」
声にならない悲鳴をあげて、シャロンは水を一気に飲み干した。
口に残る気持ちの悪さと、鼻に残った刺激臭にやられて涙がとまらない。
「おま、なんてもん飲ますんだ!」
「むーん。やっぱりまだダメか」
「あたりまえだ! こんなもん二度とのますんじゃねえ!」
叫んだあと、シャロンは二杯目の水を飲み干した。
「そんな~。味の改良を頼まれているから、また飲んで感想を教えてほしいのに」
「こんなもん、誰が飲むんだよ。見ろよ! まだ、涙がとまらないぞ」
三杯目の水をコップに注いだシャロンは、ミモザの顧客を恨んだのだが、同時になぜか予感めいたものが頭を掠めた。
「なあ、その依頼って、まさか――」
「王妃様からの依頼。味を改良してほしいってお願いされたの。これね、王妃様が初めておばあちゃんに処方してもらったお茶なんだって!」
(王妃、こんなもん飲むのか。――凄いな)
シャロンは痺れる舌にダメージを感じながら、王妃の味覚を悪い意味で褒めたたえた。
「ほらココ見て。おばあちゃんも味を改善する方法が無くて、残念だって書いてあるの」
ミモザは調合の書かれた紙をシャロンに見せた。
指された箇所は、二重丸で囲まれていて『難点・味!』と記されている。
その上には、当時の王妃の症状が簡単にかかれていたのだが、それを読んだシャロンは思わず息を呑んだ。
「――これ、妊娠中に飲むのか?」
「そう。おなかの赤ちゃんが元気に育つために飲む薬草茶。朝昼晩と一日三回、十月十日飲み続けるんだって」
シャロンは自分だけが丈夫に生まれたことを、さして疑問に思ったことがなかった。
特別だからとか、そんな奢った考えをしていた時期すらあったほどだ。
どうして、そう思ってしまったのか。
同じ父と母から生まれて、自分だけが丈夫なら、なにか理由があったということだろうに。
幼かったころ、兄たちに係りきりの王妃を思い出す。
必死に看病する横顔に、シャロンに向けられることのなかった視線。
それよりもずっと前に、王妃はシャロンのために必死に頑張っていたのだ。
病気ひとつしない頑丈なシャロンの体が、全てを証明してくれる。
シャロンの目から、絶えず涙が零れ落ちていく。
「シャロン?」
「不味すぎて、涙が止まらない。もっと改良しろよな」
「うん。私がおばあちゃんの薬を完成させるわ。だから傍で見ていてね」
返事のかわりに、シャロンはミモザの体を抱きよせる。
彼女の肩に顔を埋めて、涙が止まるのを待ち続けた。
バーベナ王女がフィオーレ国に帰国し、王都で惚れ薬事件の噂が終息したころ。
シャロンとミモザは、ようやく『やり手魔女の店』へと帰ることになった。
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