29.魔女を欲っする者(4)
「さあ、早く目を開いて! わたくしを見るのです!」
肩をつかまれ揺さぶられても、ミモザは目をきつく閉じて抵抗した。
(~~この味は、ぜっっったいに目を開いたらダメ!)
開けば最後、最初に見た者に恋心を抱いてしまう。
乱暴に揺さぶられ、手や体がベンチの角に当たる恐怖で視界を求めるのを、懸命に堪えた。
「なにしているんだ! やめろ、ミモザを放せ」
「ミモザさん! 大丈夫ですか?」
近くでシャロンとクラントの叫び声がして、胸元を掴んでいた手が外された。
ただし目を瞑っているので、今何が起きているのかミモザにはさっぱり分からない。
「離しなさい、無礼者! わたくしはミモザさんに許可をもらいました。お友達になると言ってくれましたわ!」
「バーベナ殿下、友達になった瞬間に馬乗りで襲いかかるなんて、ありえないだろ!」
「うるさい! うるさい! 一番好きになってもらえなきゃ、断られるかもしれないじゃない! それではダメなのよ!」
暴れるバーベナをクラントが羽交い絞めにしている隙に、シャロンはうずくまって動かなくなってしまったミモザの体を抱き起した。
「ミモザ! 大丈夫か? なにがあった」
「シャロン?」
「どうしたんだ、目を開けてくれ」
「ごめん、それはちょっと無理」
ミモザは真っ暗な視界の中、掴まれたシャロンの腕を頼りに体を起こした。
「目が開かないってどういうことだよ?」
「多分だけど、惚れ薬をかけられちゃって。今、目を開くと最初に見た人に恋しちゃうのよ。まずいでしょ?」
一瞬だけ、変な空気が流れるのを感じた気がした。
「ダメよー! わたくしが、ミモザさんの一番になるの!」
察したバーベナが、この場にいる誰かにチャンスを奪われてはたまらないと、猛然と暴れだした。
クラントは彼女を抑え込むと、慌ててシャロンに指示をとばした。
「バーベナ殿下、落ち着いてください。シャロン殿下は兵士を呼んできてください。その間、僕がミモザさんのことを見ておきますから!」
「ふざけんな! 呼びに行かなくたって、すぐに招集できるわ! 衛兵ー! 衛兵ーー!!」
シャロンの大きな声に反応し、遠くで見張りをしていた兵士が駆けつけてくる。
「バーベナ殿下を部屋にお連れしろ。少々取り乱しているから丁重に扱ってくれ。それから彼も用事は済んだから見送りを頼む」
「無礼者! わたくしを離しなさい!」
「卑怯ですよ! シャロン殿下」
クラントとバーベナの叫び声が、徐々に小さくなっていった。
ミモザの視界は暗いままで、たぶんシャロンだと思われる服を掴んで、音だけで事態を理解しようと必死だ。
喧騒が去ると、シャロン以外に人の気配が無くなったように感じた。
「ミモザ、城内の空き部屋に移動したいんだが、いいだろうか?」
「う、うん。正直目を瞑ったまま外にいるのって不安で。そのほうが嬉しいわ」
ただ、ミモザはここからどうやって移動したらいいだろうか。
目を瞑ったまま歩くのは難しいしだろう。
移動手段に悩んでしまったミモザを、シャロンが抱き上げて歩き出した。
「ひゃあ!」
「しっかり捕まっていろよ」
降り落とされたくないので、ミモザはシャロンの首に手を回してしがみついておいた。
◇◆◇◆
シャロンの腕から降ろされ、周囲を手で撫でながら感触を確かめたミモザは、ソファーの上に座っていると確信した。
手に当たったクッションを掴んで胸に抱きよせると、頭を埋めて小さく丸まった。
「ミモザ、もう大丈夫だ。ここには俺とおまえしかいない」
「ありがとう、シャロン」
ミモザは顔を上げてお礼を伝えたが、暗闇のままなのではたして向いた先にシャロンがいるのか分からない。
逆側を向いていたのなら、なんだか間抜けだなと思うくらいの余裕は戻ってきていた。
ミモザはバーベナの暴挙を思い出して、今更、手が震えだした。
惚れ薬をかけられるまで、おかしな雰囲気など微塵も感じなかったというのに。
バーベナの生い立ちは同情するほどに悲しく、掲げた目標は応援したくなるほど慈悲深いものだった。
協力できることに喜んだけれど、その後のバーベナの行動で全てが嫌悪の対象になってしまっていた。
正直、二度と関わりたくないとも思っている。
(でも、惚れ薬の悩みからは助けてあげたいわ。だって助けられるんだもの)
親愛薬が手に入れば、バーベナ王女は落ち着きを取り戻すだろうか。
(きっと、必死だったのよ。大事な人を亡くして、立ち直るために前を向き続けた結果なんだわ)
ミモザが祖母を亡くして、薬の再現に躍起になっていたころのように。
バーベナも、これ以上大切なものを失わないために必死だったのだ。
そのやり方は乱暴で、決して褒められたものではないけれど。
(私もシャロンを怒鳴って追い返したし、あの頃は酷い生活をしていたもの)
思った通りにならなければ全てを拒絶し、あらゆる手段で目的を果たすことに夢中だった。
昔の自分と先ほどのバーベナの姿が重なり、祖母を亡くした当時の孤独と喪失感が心を包んだ。
馬鹿だと思いつつも、バーベナの行動に同情してしまった。
「ミモザ、泣いているのか?」
「うん、なんだか悲しくなっちゃって」
本当は、失った人を取り戻したい。
それが不可能だから、身を割くほどの悲しさを振り切って、前を向いた。
間違っていないはずなのに、頑張って進めば進むほど自分を擦り減らし、周りと噛み合わなくなっていく。
正しい筈なのに、悪いことではないのに。なにひとつ満たされない日々が続いて、心が枯れて酷く固くなるのだ。
「あのね、シャロン。フィオーレ国に、親愛薬を届けられないかな?」
「おまえ、あんな目にあってまで自分の事じゃなくて、人の心配をするのかよ」
「だって可哀想で。ひとりでなんとかしようと頑張るのって、しんどいのよ」
祖母亡きあと、店をミモザひとりで切り盛りするのは大変だった。
たった一種類の薬が再現できただけでは、すぐに足りないのだと気付かされた。
失敗するたびに心が削り取られて、潰れて壊れていくような感覚があった。
それでもやってこられたのは、俯くたびにミモザに手を指し伸のべてくれた人がいたからだ。
運良く途切れなかったから、今があるだけなのだ。
この先、過酷な扱いを受けるバーベナが、それでも前を向いてひたむきになれるよう、親愛薬を届けてあげたかった。
「親愛薬をあげるだけで心が晴れるなら、いいじゃない。助けてあげようよ」
ぐずぐずと泣きながらミモザにお願いされたら、シャロンは断れない。
いつだって、泣いたミモザの前ではシャロンは無力なのだ。
「分かった。薬関係は国外も俺の管轄にあるから引き受けた。だから、もう泣き止んでくれよ」
「しゃ、シャロンって、すごいのね」
昔と変わらないぐしゃぐしゃなミモザの泣き顔を見せられて、シャロンは苦笑した。
ミモザが手に持ったクッションで汚れた顔を拭こうとするのを制止して、取り出したハンカチで拭いてやった。
少しして、ミモザが落ち着きを取り戻したのを確認したシャロンは、小さく咳払いをし、話を変えた。
「あー。なあ、ミモザ、この後のことなんだけどな」
「うん?」
未だ目を開けることが叶わず、身動きの取れないミモザをなんとかしなければならない。
今から言うのはそのための提案であり、決してやましいことなど何もないと、シャロンははやる心を落ち着かせた。
努めて冷静な口調で、己の案を口にした。
「とりあえず、俺を見ておけば良いと思うんだが」
「――――それは、嫌」
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