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2.俺と婚約すればいい(2)

 

「もう昼近くなのに寝てたのか? 引っ越して来たから、とりあえず荷物を運び込ませてくれないか」


「何て?」


 シャロンはミモザの肩をつかむと彼女を部屋に戻し、持っていたボストンバックを床に置いたあと、外に置いてあったトランクケースを二つほど室内に移動する。

 その様子をミモザは呆けた顔で眺めていた。


「荷物はそんなに多くないから、安心してくれ」

「え、なんで?」


「昨日婚約書にサインしただろう。あの後城に行って話をしたら特に問題なく通った。朝一で教会に提出してきたんだ。で、その足でここに来た」

「うん、なんで?」


「婚約者なんだし、どこに住むか考えて、ここが一番いいだろうという判断だ」


 なぜ相談なしにそこまで進めてしまったのか。

 ミモザは言いたいことが上手く言葉にならず、口を歪めて顔で訴えた。


「あと、これが今の俺の給料な」


 出された袋はかなり分厚く、思わず両手を差し出したら手のひらに落ちてきた。想像以上に重たいのでかなりの額が入っていることは間違いない。


「今月分を渡しておく。これからは毎月給料全額家に入れるから」

「あ、ありがとう」


 大金が舞い込んだことでミモザの態度は急に軟化した。げんきんだと自分でも思ったが、閑古鳥(かんこどり)の鳴く薬屋の女主人は金の誘惑には弱かった。



「隣の土地も買い付けた。そのときに小耳にはさんだんだが、来週からオレガノ商会が店を建てるらしい。向こうの出方次第だが、とりあえず二週間ほど仕事を休んで様子をみることにしたよ」


「ちょっと待って。その話、前半はびっくりだし後半もびっくりよ。どういうこと? ねぇどうしてそうなるの?」


「ミモザが自分で言ったことだろう。オレガノ商会に店が吸収されそうだって。仕事は心配いらない。婚約の話をしたら(こころよ)く許可を出してくれた」


「あ、そう、なんだ」


 思えば幼い頃からシャロンはこうだった。

 ミモザのことを一方的に子分と命名し、いろんなところへ引っ張りまわした。

 遊びも悪戯も思い立ったら即行動。ミモザが嫌がっても断っても聞いてくれないし、仲間から外れることも許してくれなかった。


 その行動力を悪い意味でいつもこう思っていたものだ。『さすが王子様』と。


 シャロンとは対照的にミモザはあまり変化を好まない。

 目の前で起きた出来事に不安に駆られても、悩んで決めかねているあいだに事が進んでしまい、頭を抱えることも多かった。


(私の感覚で対処していたら間に合わないことばかりなのよね。シャロンはいつも早急だと思うけど、このほうが上手くいくのかもしれない)


 今のところシャロンが提案したオレガノ商会に対する防衛は、全て先手を打てている。

 それに彼の人生は順風満帆に見えたし、今はシャロンに任せて自らは着いていくのが良さそうだ。


「わかったわ。シャロンに任せることにする」

「ああ、安心するといい。それで空いている部屋をひとつ分けてくれないか」


 この家は大きくない。一階はミモザが巣のように扱うキッチンと水回りに、薬屋の店頭販売スペースがあるだけだ。

 二階の部屋はふたつで、ひとつは亡き祖父母の寝室で、ひとつは全く使っていないミモザの寝室だった。


「ちょ、ちょっと片付けるから、一階で待っていてちょうだい!」


 ミモザは慌てて、二階へと駆け上がった。








 自分の部屋の荷物を祖父母の寝室へと移動し、簡単に掃除を済ませると一階に降りていった。

 階段の途中で、なにやらいい匂いが鼻をくすぐり、空腹感に(おそ)われる。


(そういえば、起きたばかりで何も食べてないし服もガウンのままだわ)


 着替えもキッチンにかけっぱなしなので、早いところシャロンを二階に案内し、彼が荷物を整理している間に支度を整えるしかない。

 階段を降りると店と兼用の玄関先にはシャロンの荷物しかなく、本人はどこにも見当たらなかった。


 そしてキッチンから流れてくる美味しそうな匂い――


 まさかと思って飛び込むと、机の上に出しっぱなしにしていた調薬道具と材料は簡単に片づけてあり、キッチンの洗い物が終わっていて、ソファの上に寝具が畳まれていた。


 シャロンは鍋をかき混ぜながら、なにかを作っているようだった。


「なにしてるの?」

「昼食のスープを温めていた。ミモザも食べるだろ?」


 お前は一体何なんだ。王子ではないのか?

 ミモザの想像する王子ならば、ここで『ご飯はまだなのか?』とのたまう感じだ。

 いや、薬屋で愚痴(ぐち)をこぼしていたご婦人方の話では、世の夫の大多数はそんな感じらしい。

 記憶の中の祖父は――簡単な調理くらいならしていた気もする。


 困惑するミモザの前に、紙袋からベーグルサンドが取り出されウッドプレートに盛り付けられていく。

 カップにスープが注がれて柔らかな湯気が漂っていた。


(すごい、ちゃんとした食事が出来上がっていくわ)


 ミモザも料理はするが、ひとり暮らしなので適当に済ませることが多い。

 名もなきメニュー数種類を毎日ローテーションで作っていたので、こんなにまともな食事を見たのは久々である。


「出来上がったから食べるぞ」


 空腹のミモザは、素直に席に着くとスープを飲んで胃を温め、次にベーグルサンドをほおばり無心で食べ続けた。

 栄養が頭に回り思考が動き出すと、沈黙が気になり徐々に苦痛へと変わりはじめたので、ミモザは思い切ってシャロンに質問した。



「なんで、こんなに料理ができるの?」


「学生時代は寮生活で薬研も寮に入っているからな。どっちも部屋に簡単なキッチンがあって調理できる。カフェが開いていないときとか仲間と集まって食べるときなんかに料理していたら身についた。それに料理は調合と似ているから、わりと好きなのもある」


「へー、初めて聞いたわ」


 王子なのになぜ寮生活を選んだのだろうか。いや、王子でこのスペックは貴重なので否定する気はないけれど、不思議で仕方なかった。


「部屋も片付けてくれたのよね。散らかっていたでしょ。びっくりしたよね」


「繁忙期の薬研はもっとひどいから、別に。それより、いつもソファで寝てるのか? 疲れがとれないだろ」


「そうね。今日からは部屋で寝ることにするわ」


 シャロンの生活力の高さに衝撃を受けて、ミモザは意味もなく汗をかいた。

 気のせいかもしれないが、シャロンがこの家についてから、ものすごい勢いで馴染んでいる気がする。


(互いに訳アリの婚約じゃなかったの? シャロンだって他国からの結婚話を断れれば、それでよかったんじゃなかったの?)


 ミモザはシャロンと一緒にひとつ屋根の下で同棲するなんて想像していなかった。

 もしかしなくとも、あの訳アリ話は嘘なのだろうか。



 そういえばシャロンの話を鵜呑(うの)みにして裏はとっていなかった。ミモザは己の迂闊(うかつ)さにやっと気が付いた。



 先ほどから絶えず変な汗が流れ心臓がバクバクと大きな音を立てている。

 気になって仕方ないのに、怖くてシャロンに真意を聞くこともできなくて。

 ミモザはベーグルサンドを無心で食べ続けるのだった。





 食事を終えて二人で洗い物を済ませたあと、ミモザはシャロンを二階の部屋に案内した。


「この部屋は好きにしていいわ。私は隣の部屋を使うから」

「ああ、好きにさせてもらう」


 シャロンが案内された部屋へトランクふたつを運び込む姿に、彼が本当に今日から住むつもりでいることが伝わってくる。


 ミモザとしては、どこかで冗談だと言ってくれるのを期待していたのだが、ここまでそんなそぶりは全くなかった。


 いよいよシャロンが扉を閉じかけたとき、その手をとめて思い出したように声を掛けてくれたので、ミモザは待っていましたとばかりに頷いた。


 けれど――


「あ、そうそう。俺の寝室に忍び込んでくるなよ。間違いがあったら大変だからな」

「っ! 頼まれたってしないわよ。そんなこと!」


 期待した言葉などなく、逆にそういうことはしないようにとミモザに釘を刺してきたので腹が立った。


 どうやら彼は一線を越えるとか、そんなつもりはないらしい。


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