28.魔女を欲っする者(3)
「ねえ、ミモザさん。親愛薬を作ったのが、あなただというのは本当ですか?」
「あ、はい。私が作りました」
バーベナはミモザの手を取り、歓喜に満ちた笑顔を浮かべた。
「素晴らしいですわ。わたくし薬に、とくに惚れ薬に興味がありますの!」
「ほ、惚れ薬は、フェンネル公国では禁止薬でして。無闇に作ることはできませんし、提供も不可能です!」
惚れ薬を作ってくれと頼まれることを恐れて、ミモザは思わず先に断りを入れた。
「ええ、存じています。ですが我がフィオーレ国では、一部の者の間では普通に使われていますのよ。違法でもありません。国が違うと随分文化が違いますのね」
クスクスと笑いながら、バーベナは握ったままのミモザの手に視線を落とす。
ミモザはバーベナの表情が少し曇ったのを気にしながら、一体何を語ろうとしているのか知りたくて、話に耳を傾けた。
「一部の王侯貴族の間で公然と使われているの。城の薬師が作っています」
「そうですか」
「フィオーレ国の王侯貴族は一夫多妻が許されています。私の母は七番目の妃でした。でも、父王に召し上げられる前は別の男の妻だった。母を見初めた父王が母を離縁させて召し上げたそうです。それでわたくしが産まれました。父譲りの髪と目元を母は大層気に入っていて、いつも褒めてくれましたわ」
――愛しいあの人と、同じ髪に同じ目ね
――可愛らしいバーベナ、わたくしの宝物
バーベナの耳に、ありし日の懐かしい声が聞こえてくる。
「母は、すぐに父王に飽きられました。そのせいで父似のわたくしを可愛がり、ずっと傍に置きたがった。父の代わりに」
――愛しいあの人に会いたい
――ああ、早く逢瀬の日が回ってこないかしら
バーベナを褒めたあと、母は必ず父に恋焦がれて嘆いていた。
「虐げられていた訳ではないので、なんの問題もなかったのですけどね。母と二人で数人の女官に世話されて、穏やかに暮らしていました」
ミモザの手を握るバーベナの手は、しっとりと滑らかで爪は傷も筋もなく艶を帯びている。
長い赤い髪は、切れることなく毛先まで伸びていて複雑に編み込まれ、透き通るような肌に染みやそばかすの無い顔は、慈しまれていたのだと伝わってくる。
礼儀作法と手の動き、指先まで神経の通った美しい所作は、厳しい教育を受けて育てられた王女だと語っていた。
彼女がシャロンとの婚約を譲るよう主張するのなら理解もできるが、そうではなく、ミモザに好意を寄せる理由が分からない。
分からないゆえに違和感がぬぐえず、ミモザはバーベナの語る話の先に夢中になった。
「母は美しい人でした。そのせいで下賜の話が出てしまいました。久しぶりに離宮を訪れた父王に命令されて、母は大層取り乱しました。異常なほどに」
バーベナの目の前で、母は何を言っているのか判断できないほど叫びながら、父王に縋りついた。
バーベナは、何か見てはいけないものを見た気がして、怖くて物陰に隠れて成り行きを見守った。
美しく聡明な母親の、まるで気が狂った獣のような金切声は悍ましく、思わず耳を塞いだ。
父王は、暴れる母を床に抑え込むと、何かを飲ませて立ち去っていった。
ひとり床に泣き伏せる母を不憫に思い、バーベナが物陰から出て声を掛けると、母がゆっくりと顔をあげた。
今でも鮮明に思い出す。人の顔とは、ああも一瞬で変わるものなのだろうか。
悲壮感を纏った虚ろな目が、徐々にキラキラと輝きだし、頬が紅潮して、口元が一気にあがっていった。
蕩けるような笑顔の母が、バーベナに両手を差し出して近づいてきた。
――ああ、私の愛しい人
「後宮に迎えられる妃は、時と場合により惚れ薬を服用します。父の寵が得られるあいだは問題ありませんが、それが途絶えて次の下賜が決まったのなら当然揉めますよね。そうするとね、再び飲ませて心の向き先を変えて送り出すそうです」
父は取り乱した母を煩わしく思い、その場で安易に惚れ薬を飲ませて放置した。
運悪く母が最初に目にしたのは、娘のバーベナであった。
バーベナは、母の普段と異なる愛情表現に恐怖を感じ、思わず突き飛ばして逃げだしてしまった。
「惚れ薬とは厄介なものですよね。心に無い愛情を作り出して錯覚させるのですから。人の心はうつろいゆくものなのに、惚れ薬の効果はそれを赦してはくれない」
心を支配する虚偽の愛。盲目的に相手を愛して依存する。
相思相愛であれば互いにとって幸福な時間となるそれも、一度噛み合わなくなれば、酷い喪失感と失望のどん底に突き落とされる。
「母は心の制御が効かなくなって、周りが目を離した隙に自害してしまいました」
間違いなくバーベナの拒絶がきっかけだった。誰もバーベナを責めたりはしなかったけれど。
母を亡くしたバーベナは、しばらくは抜け殻のように過ごした。
時がたち、バーベナは立ち直るために、母の不幸な事件の原因を知ろうと試みる。
原因となった惚れ薬の原材料に、効果に、他の不幸な妃の話に。
父からすれば、たくさんの中の飽いた妃を失ったにすぎず、このありふれた不幸を阻止するべきだと訴える者は、残念ながらフィオーレ国には存在しなかった。
初めは正義感に燃えていたバーベナだったが、全てを知ったあとは、静かに現実を受け入れてしまった。
「わたくしは、母の死を前向きに受け止めることにしたのです。母のような不幸を増やさないために。薬で起きる不幸を薬で解決できないかと考えました」
死んだ者は戻らない。バーベナが自分を責めたところで現実は変わらない。
惚れ薬を使うほうが幸せになる場面もあることは知っている。
なら、惚れ薬で生まれる不幸を取り除くことができたなら、きっと世界は、もっと優しくなるはずだ。
「それで、調薬事業が盛んなフェンネル公国に興味を持ちました。嫁ぐ前提での留学を望んだのです」
バーベナが口を閉じ、しばしの沈黙が流れたので、ミモザは少し悩んで彼女に同情の意を述べた。
「何と言っていいか。さぞ、おつらかったですよね」
「ありがとうございます。でも、昔の話ですから。シャロン殿下が調薬に長けていると噂を聞いて、これはと思ったのですけどね」
シャロンの名前に反応したミモザの肩が、小さく震える。
その様子に気付いたバーベナは、ミモザの耳に顔を近づけると、まるで拗ねた恋人が相手を責めるように囁いた。
「留学して、お会いする前にシャロン殿下はミモザさんと婚約されてしまわれたのです。ずるいですわ」
「あ、そう、でしたね」
その艶めいた一連の所作に、ミモザは羞恥心を煽られて頬を染める。
顔を離し、その様子を見たバーベナは、満足げに笑った。
「わたくし、目的を達成するまでフェンネル公国に滞在できれば満足でしたので気にはしていません。そんなことより調薬のことを聞きたかったのに、全然城にいらっしゃらなくて、そちらのほうがガッカリでした」
バーベナは、今度は頬を膨らめて不満げな顔を作ったので、ミモザは思わず笑ってしまった。
先ほどからバーベナがくるくると表情を変えるのは、ミモザの緊張をほぐすためなのだろう。
打ち解けた雰囲気が出来上がると、バーベナは肩をすくめて、やれやれといった表情をした。
「それに、惚れ薬の解毒薬がすでに作られていて、それはシャロン殿下ではなく、ミモザさんが作れると知りましたので一気に目標達成が近づきましたから。わたくし、親愛薬を手にできたのなら心置きなく自国に帰れますわ」
「なら、シャロンとの婚約話は?」
「さきほどシャロン殿下とお話しして、留学のみの交流で済ませると約束したところです」
「っ! そうなんですね」
ミモザが安堵の息を吐くと、バーベナが握った手を胸元まで引き寄せる。
ずいずいと移動してきて、やけに距離が近いのが気になった。
「わたくし、親愛薬を自国で扱えるようにしたいのです。だから、ミモザさんとお友達になりたいのです! お願いできますか?」
鼻がくっつきそうなくらいに顔を近づけられて、ミモザは思わず後ろに下がった。
それに合わせてバーベナが前のめりになり、距離を縮めてくる。
「お願いします、ミモザさん! わたくしの悲願達成のために! 仲良くしてくださいまし!」
不幸な生い立ちを聞き、親愛薬を求めるバーベナのささやかなお願いに、ミモザの心は大きく傾いていた。
大切にしてきた祖母の調薬で、バーベナの母親と同じ境遇の人たちを救えるのだと思えば、誇らしくすら感じていた。
「お友達くらいなら――」
「ほんとう? 嬉しいわ。わたくし、お友達ってはじめてなの!」
バーベナの嬉しそうな笑顔につられて、ミモザも笑って頷いた。
シャロンの婚約話問題も解決したので心もずいぶん軽くなっていた。
目の前で可愛らしく笑うバーベナに、改めて丁寧に返事をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「絶対ですよ約束ですよ裏切らないでくださいましね! ああこれで完璧ですわ」
バーベナは早口にまくしたてると片手を外し、次の瞬間、香水瓶を取り出してミモザの顔面に噴射した。
(こ、これは――?!)
「さあ、早くわたくしの顔を見てくださいませ! わたくしを一番大切に想う友人になってくださいませ!」
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