26.魔女を欲っする者(1)
城に到着すると、クラントは自分の名前を伝えてシャロンへの取り次ぎを要求した。
本来であれば、一介の商人が前触れなしに王族と面会するなど許可が下りないはずなのだが。
「シャロン殿下からの依頼品をお届けに来ました。ここで非常識だと追い返すのも結構ですが、後で話が伝わったのなら拒否したあなたが咎められるでしょう。確認だけでもしておくほうが賢明だと思いますよ」
堂々とした態度で接したせいか、話を受けた近衛の騎士がたじろいでいる。
「シャロン殿下は普段から平民と交流がありますからね。ちなみに僕は個人的に依頼を受けて訪ねてきています。どうです? 念のため取り次いでおこうという気が起きませんか?」
「まあ、聞くだけなら良かろう」
近衛が立ち去り、しばらくして案内役の侍女が現れた。
その後ろについていきながら、ミモザはクラントに小声で尋ねる。
「(クラントさん、依頼の品ってなんですか?)」
「(はったりですよ、そんなものは)」
涼しい顔をしたクラントの横顔に、ミモザは視線を奪われた。
商売人として、こういう駆け引きが得意なクラントは、羨ましくもあり同時に妬ましく思う。
欲しいものを手に入れるために、まっすぐに進んでいくクラントは眩しく見える。
ミモザだって、本当はこんなふうに店を切り盛りして商売を続けたかった。
大事なお店に、大切な祖父の庭。祖母の残してくれた調薬レシピを使って、もっとたくさんの薬を作れるようになりたかったのに。
投獄されたショックに、目まぐるしく変わる状況に翻弄されていたミモザの心が、やっと冷静さを取り戻しつつあった。
このままシャロンと婚約を解消して、誰かを頼って逃げ延びることしか本当に道は残っていないのだろうか?
(私は、私の大切なものを守るために、もっと努力するべきじゃないかしら?)
何ができるかではない。
気持ちが負けて流されてしまったことが赦せないのだと、心に怒りが溢れはじめた。
侍女に案内された先は、城の噴水庭園だった。
「あちらにいらっしゃいます」
手で示された方角には、シャロンとバーベナが二人並んで庭を楽しんでいる姿があった。
「案内ありがとうございます。お邪魔しないタイミングで、こちらから声を掛けますので」
侍女に礼を言い、ミモザとクラントは遠巻きに逢瀬を眺めてタイミングを待った。
クラントはミモザの肩を抱いて、楽しそうに喋りだす。
「あちらも王女と仲良くしているようですし。これで気兼ねなく婚約を解消できますね。ミモザさん」
「クラントさん、私――」
「シャロン殿下との婚約に、未練がありますか?」
「その話以前に、私は私の立場を守るために、もっと努力しないといけない気がして。もちろん出来ることがあまりないのは十分理解しているんですけど」
正義感に駆られて王都に残り、うっかり刑を執行されれば、あとでいくら冤罪が晴れても手遅れだ。
立場の弱い平民であれば、変な意地を張って残るものではないことも、理解していた。
(でも、それを理由に何もしないまま逃げるなんておかしい。本当に大切なら出来ることは全てやるべきよ)
店が再開できなくても、冤罪が晴れ家に帰れたのなら勤めに出れば済む話だ。
フィオーレ国からの要求を跳ねのける別の理由がなければ、ミモザが婚約者にもどったところで効果はないのかもしれないが、一応いるのだからと加勢はできる。
「せめて冤罪を晴らして、シャロンとの約束を果たせないかなって……」
ここで諦めたのなら、その程度のものだったと自らの行動が証明してしまう気がして。
ミモザは、目に浮かんだ涙がこぼれないよう、思わず上を向いた。
その仕草を見て、クラントは盛大なため息をつく。
「やれやれ。そんな顔されたら叶えるしかないですよ、まったく」
「ごめんなさい、クラントさん」
「いいえ。ミモザさんを求めてはいますが、あなたを泣かせてまで強行する気はありませんから。それくらいなら気長に待つ方を選びます。ただ――」
クラントは、ミモザの手を握りしめて耳元で囁いた。
「少しのあいだ、夢くらいみせてください。できればシャロン殿下に見せつけるところまで」
クラントはミモザと目線を合わせてにんまりと笑うと、握った手を引いて歩き出した。
向かう先には、こちらの存在に気付いたシャロンとバーベナが立っていて、その表情が徐々に鮮明になっていく。
「お邪魔して申し訳ありません。シャロン殿下、バーベナ殿下、少々急ぎでご連絡したいことがありまして」
「ミモザ、無事だったのか?」
駆け寄ろうとしたシャロンの前に、クラントが一歩出てミモザを隠す。
「はい、無事に保護することが叶いました。ですが、込み入った事情は全く解決していません。そのあたり国の調査は如何でしょうか?」
「っ。――ミモザに怪我はないのか?」
「ええ、この通り無事です。ただし大変な目にあって少々情緒不安定ですから、状況が確認できたら連れて帰ろうと思います」
「その必要はない。城で保護することにする。ミモザ、こちらへ」
「おやおや、シャロン殿下はバーベナ殿下のエスコート中ですよね。両手に花とは、意外に好色な面をお持ちのようで」
クラントの背中に隠されていたミモザは、どんどん喧嘩腰になる会話に戦々恐々とした。
顔をずらして覗くと、非常に怒っているシャロンの顔があり、思わずクラントの背中に身を隠した。
そのミモザの仕草が、シャロンを苛つかせた。
元々は短気で傲慢な性格の持ち主である。
理性で感情の制御をしているため、比較的穏やかに振る舞ってはいるが、シャロンの堪忍袋の緒は今も昔も非常に短いままだ。
「クラント、早くミモザを渡すんだ。でないと城から放り出すぞ」
「おお怖い。ミモザさん、本当にこんな男性が好みなんですか? 脅されたりしていませんか?」
「く、クラントさん。そんな煽るような言い方しないでください。――シャロン、私がいたら迷惑にならない?」
再び顔を覗かせたミモザに、最大限の笑顔を浮かべたシャロンだったが、その背後からは怒気が立ち上る。
それが分かってしまい、ミモザは怯えて泣きそうになった。
「迷惑なものか。むしろ城以外はどこも危険だ」
「ほ、ほんとうに?」
「ああ、だから早くこっちに来てくれ」
差し出された手を見て、ほっと安心したミモザの心が温かさを取り戻す。目頭が熱くなり視界がぼやけた。
ミモザが、その手を取ろうと一歩足を踏み出したときだった。
「シャロン殿下。わたくしに彼女を紹介してくださいませんか?」
差し出されたシャロンの腕に手を掛けゆっくりと降ろさせて、バーベナがミモザの前に歩み出たのだった。
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