24.よく効く薬に魅せられた者(2)
「ああ、よく顔を見せてください。無事でよかった」
クラントはミモザの頬を両手で包み、彼女の無事を喜んだ。
「直ぐに駆け付けられなくて申し訳ありません。一体、今までどこにいたんです?」
「あ、えっと、その。親切な人に匿ってもらっていました。今も荷物を取りに来ただけで、すぐに戻るところでして――」
「親切な人とは、どちらの方でしょうか。教えて頂けますか?」
気のせいか、クラントの声が先ほどより数段低くなった気がした。
「あの、それはちょっと。でも、安全ですからクラントさんのお手を煩わせるわけにはいきませんから」
「ミモザさん、今からは僕があなたを保護するのですから、遠慮はいりません。で、誰なんです?」
「……」
ミモザは口を閉ざして、クラントが諦めてくれるのを待ち続けた。
その意図を直ぐに察したクラントは、理解を示し次いで彼にとって最も大事な話をすることにした。
「分かりました。その話はおいおい聞くとしましょう。ところで、シャロン殿下とのことですけど、この先どうするおつもりで?」
クラントの問いかけに、ミモザはゆっくりと口を開く。
「シャロンとは、遅かれ早かれ、終わりになると思っています」
ミモザが国外に逃げて行方をくらませば、婚約は無効となるだろう。
それも仕方のないことなのだと、ミモザは心で唱え続けた。
胸が張り裂けそうなほど痛んで、顔が歪んだ。
「なるほど。ミモザさんは、そういった結論を出したのですね。なら、その後釜には、この僕が入りましょう」
「え? はい?!」
「そういう約束でしたよね?」
「私、今は罪人になっていて、もちろん冤罪ですけど! クラントさんも関わったら問題になりますよね?」
ミモザを助けるのなら、共犯を疑われる可能性がある。
オレガノ商会も薬を扱っているので、関わるのは避けるべきだろう。
クラントは、拒絶を示したミモザの手を取り、優しく両手で包みこんだ。
大事そうに慈しむように撫でながら、首を横に小さく振って全てを否定した。クラントにとってはどれも些末な話でしかないのだ。
「商会には後ろめたい経歴の者もいますので、気にする必要はありませんよ。長々とキャンセルを待ったかいがありました」
ミモザが無意識に手を引き抜こうとしても、クラントに力強く握られているのでびくともしなかった。逃がす気のない意志が垣間見えるようだ。
「でも、本当に、迷惑になると思うんです。私、一旦国外に身を隠そうと思っていたくらいで」
「なら、新婚旅行がてら国外を巡りましょうか。表向きは長期的な仕入れ目的の出張とでもしておけば大丈夫ですから」
片目を瞑って悪戯っぽく笑うクラントは、どんな拒絶も言い訳も、挽回する案を出してきそうである。
「さて、そうと決まれば、さっさと決着を付けに行きましょう」
「決着?」
「シャロン殿下との婚約を白紙、もしくは破棄してしまいましょう。一緒に城へ行ってもらいますよ」
「?!」
クラントのいきなりの提案に驚きすぎて声が出ない。
そのあいだにも、仕事のできる男は馬車を手配し、出発の支度を整えていく。
「晴れの門出になるのですから着飾っていくとしましょうか。コリーナ、ミモザさんの着替えを手伝ってさしあげなさい」
「かしこまりぃ!」
控えていた店員が勢いよく返事をし、ミモザの着替えが始まってしまった。
◇◆◇◆
「お願いよ、逃がしてちょうだい! コリーナさん」
「嫌っす、無理っす、ダメっす。諦めてください」
心身共に疲れ果てた店員もといコリーナは、二階にあるミモザの部屋のクローゼットからワンピースを何枚か選んで取り出した。
「いっすか、ミモザさん。ここであなたを逃がしたら、あたしクビになるっす。それに早く済ませて寝たいんで、協力してくださいよ。ほんとマジで」
口調はいつも通りだが、その声色は酷く低い。コリーナの限界は近いようだ。
「んじゃ、婚約破棄にぴったりなワンピース選びますか! これなんてどっすか?」
「え、無理」
出されたのは桃色の可愛らしいワンピースだ。気分が高揚しているときでも、袖を通す気になれない色味である。
コリーナの選ぶコーラルピンクもリボンやレースで飾られたデザインも、全てに無理と答えた。
「えー、オーナー好きそうなのに。ならミモザさんはどれがいいっすか?」
問われたミモザは、色とりどりのワンピースの中から、迷った末にエメラルドグリーンに白い花柄のシャツワンピースを手に取った。
「おおー、彼氏さんが褒めたワンピース選ぶとか、凄いっすね」
「だって、これが一番……しっくりくるから」
「いんじゃないっすかー。元彼が好きな格好して、今彼連れてバトルって中々情欲掻き立てるっすね」
「言い方アぁ!」
全てに動じないコリーナの目は据わっていて、とにかく早く仕事を終わらせたいという意志しか宿っていない。
ミモザが着替え終わると、首にスカーフを巻いて化粧を施しはじめた。
「買い物してもらったときに、化粧品もおまけに付けといて良かったっす」
「そうそう。中を見て驚いちゃったわ。これ貰ってよかったの?」
「チップ多すぎだったんで入れておきました。全然大丈夫っす。あ、でもこれはウチの商品じゃないっすね。練り香水かな?」
コリーナは、手に取った入れ物の蓋を開けると、鼻を近づけ匂いを嗅いだ。
「は~。美味しそうな匂い! これ、彼氏さんからのプレゼントですか?」
ミモザの鼻先に突き出された入れ物からは、ほんのりと甘い香りがした。
その入れ物には見覚えがあって、ミモザの横でシャロンが調薬していたときに使っていたものだった。
「バニラの香りで、練り香水を作っていたなんて。信じらんない」
甘いものに目が無いシャロンが好みそうな香だと分かり、なんだかおかしかった。
「じゃあ耳の後ろに付けときますね~。やー、おねーさん愛されてますねぇ」
「――そうかしら?」
「そりゃ、山盛りの服贈って、香りも彼氏さんの好みのもの贈るって、相当でしょ」
コリーナの言葉に、ミモザの唇がわなないた。
その話は本当だろうか。そういうものなのだろうか。
ミモザの中に生まれた淡い恋心が、期待に震えわずかに喜んでしまったようだ。
「それだけじゃないの。いつも困ったら相談に乗ってくれて、商会のお店と反対の土地も、不安だって言ったら購入してくれたの」
「まじっすか?! えー、それうちのオーナー勝ち目なさげ~」
「ちっちゃい頃から、お互い知っていてね。学校も同じで、放課後は一緒に調薬をしていたの」
「うっわ。幼馴染みに同級生設定とか、ベタすぎ! それもう、初恋拗らせてるんじゃないっすか?」
あははと、笑い声をあげたコリーナだったが、鏡の中のミモザが思いつめた顔をしていることに気付いて、口を閉じた。
「あー、とりあえず、オーナーに城に連れて行ってもらって、彼氏さんに丸投げしたらいいですよ。きっと頑張ってくれますって!」
「でも、クラントさんは、婚約を解消するために連れて行ことしているから……」
「だとしてもー、彼氏さんが本気なら絶対に破棄させないでしょ。それにオーナーだって本気みせて、おねーさんが絆されるように努力すべきっす。恋なんて遠慮したり、我慢したりして頷くもんじゃないっすよ」
「――そういうものなの?」
「そっすね。その場はやりすごせても、すぐにボロが出るもんです。なら、正直な方がいっすよ」
――コン、コン
「コリーナ、そろそろ支度はできましたか?」
「はーい、オーナー。今お連れしまーす」
待ちくたびれたクラントに急かされて、コリーナは仕上げの髪飾りを手早く着けて、ミモザを部屋から連れ出した。
廊下にいたクラントは、ミモザの仕上がりを見て思わず片眉が上がった。
「よりによってそのワンピースとは、なかなか面白い選択をしましたね、コリーナ」
「略奪愛って感じで、よくないっすか?」
「お前ね……。まあ、いいでしょう。髪飾りは私が店で選んだものですしね」
「なんか、マーキングみたいっすね。我ながらドラマチックな選択したと思ってるっす!」
過労で頭の回らないコリーナの発言は、極めて適当だった。
クラントは呆れ顔で聞き流しながら、ミモザへ手を差し出す。
「では、ミモザさん城へまいりましょうか」
クラントの言葉にミモザは小さく頷いて、彼の手を取り用意された馬車に乗り込んで、城へと向かった。
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