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やり手魔女のよく効く薬 ~店を守るために幼馴染の計画に乗って訳あり婚約したけれど、どうやら彼には別の思惑があるらしい~  作者: 咲倉 未来


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23.よく効く薬に魅せられた者(1)

 ミモザは、隠れ家のリビングルームに置かれていたソファの上で丸まっていた。

 時間は昼食時で、ベンジャミンは学園に出勤しているため、今は家にはひとりきりである。


 昨夜聞かされた告白に、シャロンを諦めるよう言い募られたあと、ミモザはベンジャミンの剣幕に押されて、思わず頷いてしまった。


 そのことを気にして落ち込んでいた。


 いつだって陽だまりのような笑顔を絶やさない、優しい先生だったのに。あんなにも取り乱した姿を見たのは、初めてだった。


 祖母とベンジャミンに接点があったことには驚いたが、おかげで、やり手魔女の薬に理解があったことに納得がいった。


 ミモザだって祖母の薬の凄さは知っている。

 ベンジャミンが必死に守ろうとするのも同意しかない。


「おばあちゃんの薬は、やっぱり凄いのよ。絶対に絶やしてはいけないんだわ」


 ただ、記憶の中の祖母は、こんな言葉を聞いたら大きく頭を振ってため息をつく気がした。

 記憶の中の祖母は、レシピを絶やすな、後を継げという感じではなかったのだ。


『ミモザ、あんたはこんな地味な仕事するんかい? せっかく終の棲家に王都を選んだんだ。流行りの店に勤めてきなよ。勿体ない!』


『薬は私が責任もって王妃様に押し付けるからさ。好きなことしなよ。人生は一度きりだよ!』


『私? 私は好きなことを探していたら薬が面白いってなっただけだよ。ミモザもいろいろ試してから、選んだ方がいい』


 あれこれ他事を勧めてくる祖母をかわしながら、ミモザは隣に座って見よう見まねで薬を作っていた。

 祖母が調薬に楽しさを見出したのなら、ミモザだって同じでも良いじゃないか。そう反論して、祖母にせがみ調薬を教わったのは良い思い出だ。


「おばあちゃん、会いたいな……」


 その言葉と同時に、目から涙がぽろぽろと零れ落ちた。



 ミモザの店は、悪評のせいで再開は難しいだろう。

 ベンジャミンからは、数年ほど国外で身を隠し、ほとぼりが冷めるのを待つのが良いだろうと提案されていた。


『心が決まったら教えてください。そのときは私も一緒に行きますから』


 そう言って、ミモザにフェンネル公国と隣国の国境が描かれた地図を手渡してくれた。


『大丈夫ですよ。調薬師も教師も仕事には困らない職業ですからね。それにミモザさん一人で全てを背負わせたりしません。私にも手伝わせて下さい』


 ベンジャミンの提案には、未だ頷いてはいない。

 この話に乗ったら、大事なお店も、思い出も、シャロンのことも、全て手放さないといけない。


 あまりにも大事すぎて腰が引けたのだ。


「でも、おばあちゃんのレシピを守るためなら仕方ないわね。一生戻って来られないわけじゃないもの。解決するまで身を隠すだけ。――うん、それなら、大丈夫よ」


 大丈夫、大丈夫と繰り返すミモザの顔は歪んでいて、涙が止めどなく流れている。

 全然大丈夫ではないのだが、そう言い聞かせて感情を抑えようとしているのだ。


 しばらくして、顔をあげたミモザは涙を乱暴に拭った。


「おばあちゃんのレシピ本だけは、取り戻さなきゃ」


 ついでに、お店の様子も目に焼き付けてこよう。


 ミモザはベンジャミン宛にメモを残すと、棚にしまってあった変身薬を飲み干して、フードを深く被って顔を隠し、家を出ていった。



 ◇◆◇◆


 街は、心なしか人通りが少なく、珍しいことに城の騎士団とすれ違うことが何度かあった。


 店まで到着すると、正面から入るのは誰かに見られると危険だと思い、そのまま家の脇道を進んだ。


 人を拒むような茂みを、知った道を辿って歩いていくと裏庭の出入り口の前が現れる。

 ミモザは胸元から取り出した鍵で開錠した。

 足を踏み入れた魔法の庭は、普段と変わらず穏やかな気候で、蝶が舞い、鳥が囀っている。


 祖父母との思い出の多い庭は、二人を亡くしてからは必要最低限の利用しかしていない。

 でも、今は、子供の頃の思い出と一緒に、ゆっくりと見て回った。


 まずは庭の一番奥にある、うっそうと茂る木々と畑に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「シャロンの言っていた通り、ちゃんと手入れしてあげれば良かったね」


 祖父がずぼらな祖母のために、手入れ不要にしたと言っていたのを鵜呑みにして放置していた。

 見る限りなんとかはなっているが、やはり手入れをしてあげたほうが良さそうに見えた。


 そのまま進むと小さな池がある。

 今日も蓮の花が咲いていて、幼い頃のように顔を近づけて匂いを嗅いだ。


 ふと水辺に移る自分の顔を見ると、どうやら変身薬の効果がきれたようで、ミモザは元の顔に戻っていた。


「しまった、帰りの分の変身薬を持ってきていないわ!」


 ミモザは庭の観察を切り上げると、慌てて家へと向かった。


 本を手に入れたら、帰りの変身薬を調合しなければならない。

 間にうだろうかとヤキモキしながら、乱暴に裏口の鍵を開けて店へと入る。


 本を探し出し、変身薬のページを開き、調薬道具を取り出して準備を整えていった。

 次いで薬草をしまってある棚に手を掛ける。


 そこへ、顔を覗かせたものがいた。


「あ、おねーさんじゃないですか! 一体どこから入って来たんですか~?」


「ひぇ!」


 明るく間延びした声に驚いてミモザが振り向くと、そこには、クラント商会の店員が立っていた。


「どどど、どうしてウチにいるの? 何しているのよ?」


「えっと~。おねーさんが帰ってくるのを待っているようにオーナーから言われて待機してました! 無事みたいでよかったですぅ」


「私を捕まえる気?」


 ミモザは素早く本を小脇に抱えると、強行突破もやむなしと構えの姿勢をとる。


「違いますよ~。むしろ、そういう奴から守るというか、守れなくてオーナーが撃沈、みたいな?」


「……自衛団に突き出すつもりはない、と?」


「はい! あ、でもオーナーには連絡させてください。すっっっっごく心配していたんで」


 店員は少しの間待っていてくださいと言い残して、出て行ってしまった。


 ミモザは直ぐに逃げようとしたが、変身薬が無いことを思い出して足を止めた。

 高速調合して変身薬を完成させたが、それより早く店員が戻ってきてしまい、逃げることは叶わなかった。


「ぜったい逃げないでくださいね。オーナーに顔見せて、あたしを解放してくださいぃぃぃ!」


 店員はミモザの腕にしがみついて引き留めた。

 よく見ると彼女の目の下には濃い隈が浮いていて、肌荒れも凄い。


「オーナー、きっとすぐ来ますから、一緒に待っていましょう!」


「お願いよ、離してちょうだい。私はそろそろ行くわ。クラントさんにもお世話になりましたと伝えておいて下さい」


「それは、おねーさんが自分で伝えてあげてください。ぶっちゃけ、見つかるまでずっと待機してろって言われて、あたし結構限界なんですぅ」


 店員は重石のごとく体を丸めて腕にぶら下がる作戦に出た。

 ここで逃がしたら店員の安寧は一気に遠のいてしまうので、必死であった。



 ――チリン、チリン



 二人が揉め合っているところへ、呼ばれて駆け付けたクラントが到着した。


「ああ、ミモザさん。やっと会うことが叶いましたね。良かった」


 破顔したクラントが両手を広げてミモザの元までやってくる。

 気付くと腕に絡まっていた店員の姿は無く、ミモザはそのままクラントに抱きしめられたのだった。

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