22.よく効く薬に救われた者(2)
「ミモザさん、世の中には生まれつき神に見捨てられたと言われる者がいるんです」
「神に見捨てられた……?」
初めて耳にした物騒な言葉に、ミモザは困惑した。
今はシャロンや、自らの冤罪で頭がいっぱいだったこともあり、どう反応したら良いか分からない。
「ありふれた病にかかったなら、薬を飲めば治るというのは当たり前ではないんです。多くの者がそうであっても、全員とは限りません」
ベンジャミンは一層ミモザを掴む手に力を込める。
その痛みが分からなくなるほどに、彼の緊張感が伝わってきた。
「薬が効きづらい体質の者も、ごく稀に生まれます。彼らは薬を飲んでも病が治らない。医者も調薬師も手の施しようが無く、諦めるしかない、運が悪かったんだ、と嘆かれる存在です。周囲もそして本人も地獄ですよ。なぜ自分ばかりが、なぜ我が子だけがと、責める以外に逃げ道がなくなってしまう」
――どうして、僕ばっかり治らないの?
――丈夫に生んであげられなくて、ごめんなさい
――どうしようもない。神に見捨てられたと思って、諦めるほかありません
残酷な言葉だ。過酷な現実は、どう頑張っても前向きにはなれない。
患っていないときは病に怯え、罹ったのなら死の恐怖に苛まれる。
家の中は常に暗く、陰鬱としていた。
母親は、過剰に子供の体調を気にして自由を奪う。
他の子どもと同じように過ごせない不自由さは、子供から笑顔を消した。
「病というものは体を蝕むだけではありません。あれは、心すら病んでしまう厄介なものですよ」
ベッドに横たわり毎日苦しくて目が覚める。
散々苦痛を感じた後は体力が尽きて、気を失うように眠りについた。
日中、窓の外からは笑い声が聞こえてくる。
この前まで町中の子供たちが流行り病に罹って、苦しんでいたというのに。
――どうして、自分ばっかり。なんで他の人は大丈夫なのに
混濁する意識の中で、嫉妬と恨みがどんどん積み重なっていった。
きっと今、悪魔が取り引きを持ち掛けてきたなら、病が治ることではなく、他の全員が自分と同じように苦しむことを願ってしまうかもしれない。
――僕だけが、僕ばっかりが、苦しいなんて耐えられない
いっそ、死んでしまえたのなら、これ以上不幸な出来事を増やさなくて済むとさえ思った。
病に罹るたびに襲われる苦痛から解放されたかった。
自分の姿に嘆く親も、その死を悼むことで終わらせられるはずだ。
今以上、不幸の底に沈むことがないのなら、きっと誰もが楽になれるだろう。
「ベンジャミン先生、大丈夫ですか?」
「っ! ええ。話の続きをしましょう。とある街に薬の効きづらい子供がいたんです。町に病が流行るたびに、その家の親も子も死を恐れていました。その年は普段と違う病が流行った。薬を飲んでも症状は良くならず、諦めるしかないというところまでいきました。その時、とある人物が街に訪れたんです。――『やり手魔女』と呼ばれたその方は、よく効く薬を処方してくれました」
今でも、鮮明に思い出す。
朦朧とする意識の中で、体を起こされて苦しくて仕方なかった。
『ほら、特別な薬だよ。これできっと治るさ』
差し出された薬のキラキラと虹色を纏う輝に、目を見張った。
魅入られて苦しさも忘れてしまうほどだ。
小さな手で受け取った瓶は、今まで見たどんな薬とも違う、魔法がかかったような素敵な薬だった。
『すごく綺麗』
『ああ、君のために特別に作った薬だよ。これできっと良くなるよ。今までよくがんばった、えらかったね』
嬉しくて一生懸命飲み干した。
そのあと深い眠りについて、次に目覚めた時には苦しさが大分マシになっていた。
『本当に魔法の薬だ! ねえ、もしかして僕は元気になれるのかな?』
『ああ、なれるさ。もう大丈夫。間に合ってよかったよ。君は生きられる。生きて良いんだと選ばれたんだよ』
神に見捨てられたといわれた子供は、生き延びる権利を手に入れた。
「子供は助かりました。毎年流行る病も怖くなくなった。もう家の中で病気に罹ることを怯える必要もなくなりました。その子は大きくなったら自分と同じような子供を助けるために、やり手魔女の薬を作れるようになりたいと願った。けれど、出来ませんでした」
「……どうしてですか?」
「ミモザさん、やり手魔女は、奇跡の調薬師です。そう簡単にその技術を習得できるものではありません」
奇跡の薬を作れるようになったのなら、過去の苦しみから解放される気がした。
なぜ、自分ばかりが面倒な体質で生まれてきたのか。
そのせいで、どれだけ大切な人たちが心を痛めていたか。
もし、ベンジャミンが虹彩宿る薬を作れるようになったのなら、きっとそのために、特殊な体質で生まれてきたのだと証明できると思ったのだ。
成長と共に体質が改善したベンジャミンは、学校へ通い、調薬師の道を選んだ。
目指すは『やり手魔女のよく効く薬』だと志を掲げて、日夜研鑽に励んだ。
けれど――
「私は諦めました。何度作っても光もしない薬に絶望してしまったんです。せめて何か貢献できればと、調薬の教鞭をとることを選びました」
大人になり、幼少期の記憶も薄れていた。
当時の、幼い自分の幼稚な考えに真面目に向き合う必要もないだろうと思った。
心の奥で恨みがましい視線を向ける幼い自分が、闇に溶けて消えていくのを静かに見送った。
「私はね、私を見捨てた大人と同じ人間になってしまった。大多数を救えるという大義名分は罪悪感を和らげてくれました。そこから外れた特殊な少数は、仕方のないことだと割り切る側に入ってしまった。自分で自分を見捨ててしまったんです。その気持ちを誰よりも知っていたのに、嫌というほど分かっていたのに!」
見捨てられた自分の一部分が徐々に闇を増やしていくのを感じていた。
少しずつ心のバランスを欠いていくのを、ベンジャミンはどうすることもできずに無視し続けた。
――神に見捨てられた、生きる価値のない者
まさに自分のことだと思わずにはいられなかった。
己が助かる奇跡は喜んで享受しておいて、自らと同じ境遇の者には手を差し伸べることすらしない。
知らずに仕方ないと言っていた他の誰よりも、愚かで恥ずべき人間になってしまった。
せめて、その醜さを悟られないように、笑顔を絶やさず心を乱さないで生きていこうとした。
そんなベンジャミンの前に現れたのが、ミモザだった。
『私のおばあちゃん、やり手魔女って呼ばれていたんです。私は後を継ぐために、おばあちゃんと同じ薬を作れるようになりたいんです!』
キラキラと輝く瞳は、幼い日のベンジャミンと同じで希望に満ち溢れている。
その先の茨の道に、彼女の心がいつ折れるだろうかと、ベンジャミンは内心皮肉めいたことを考えたものだ。
もし挫折したのなら、優しく寄り添って慰めてやろうとさえ思った。
同じ穴の狢が増えるのなら、自らの闇も多少は癒されるような気がしたのだ。
『ベンジャミン先生! 少しだけ、本当にすこーしだけですけど。光りました!』
『見てください、二色! 色が増えたんです。嬉しい!』
『ああん、三色以上に増えない。またやり直しです』
少しずつ前進するミモザを、ベンジャミンは変わらない笑顔で見守った。
応援する気持ちと、自らが到達できなかった域に達したことへの嫉妬で、心はかき乱されたが、そんなことを表に出すものではないと耐えた。
そして、やり手魔女がこの世を去り絶望したベンジャミンに、泣きはらした顔に汚れた服のミモザが、あの薬を差し出してくれる。
『先生、私おばあちゃんの薬を作ることができました。先生は褒めてくれますよね?』
幼い日のベンジャミンを助けてくれた薬。
自らが見捨てた少数の人たちを救うことのできる薬。
心の奥底にいる幼い自分が、永遠に失うことを恐れていた奇跡。
――この薬を作り出せるあなたを守ることで、私は私を救うことがやっと叶う
「ミモザさん、あなたの作る虹彩を宿した薬は、失われてはならないものなんです。他の誰にも、私にも作れない奇跡の薬です。どうか自分を守ることを優先してください。そのためにシャロン君のことは諦めてください」
返事のないミモザに、ベンジャミンは言い募る。
「そのためなら私は何でもします。ですからお願いです。頷いてください」
ベンジャミンは、手にしたミモザを再び失わないよう必死になった。
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