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1.俺と婚約すればいい(1)

「俺と婚約すればいい。そうすれば万事解決だ」

「ちょっと待って。今、そんな話してなかったよね?」


「いいか。今から説明することを聞けば、ミモザも納得できるはずだ」

「聞かなくてもわかる。なに新手の宗教勧誘みたいなこと言ってんのよ!」


 突っ込まずにはいられない話の流れに、ミモザはぐいぐい身を乗り出した。


「お前は直ぐに結論を出しすぎだ。話を聞くくらい別にいいだろう。それにそうやって早とちりして後悔したことは過去に何度もあるはずだ」


 図星を突かれミモザは顔を(しか)めた。

 今朝もクラントとベンジャミンから聞いていた話をちゃんと調べればよかったと後悔したばかりだ。

 最も調べて少し早く知ったところで、できることなどあまりないのだが。


「わかったわ。シャロンの話を聞くことにする」


「よし、ならカフェテリアでお茶でも飲みながら話すとしよう」


「ちょっと、仕事中でしょ?」


「今日の予約はミモザしか入っていない。つまりこれで仕事は終わりだ」


 窓口のカーテンを閉めると、シャロンは室からでてミモザを連れてカフェテリアへと向かった。








 ランチ前の人の少ないカフェテリアで、シャロンはブラックコーヒーとクリームがたっぷりと乗ったカフェオレに、トッピングのチョコレートスプレーをかけたカップを手に持ち、フロアの隅に置かれた机で待つミモザの前に置いて、向かいの席に座る。


 ミモザの前にはブラックコーヒーが置かれ、シャロンはマドラースプーンでクリームをすくい口に運んだ。


「ありがとう。ところでその飲み物甘すぎない? クリームって食べると胸やけしない?」


「いいや。少し食べてみるか?」


「いらないわ。ところで、さっきの話の続きよ」


「ああ、そうだったな」


 シャロンはマドラースプーンを宙でくるくるとまわしながら、ミモザに説明を始めた。


「まず、俺がお前の家の買い手がついていない反対側の空き地を購入する。そして俺とお前が婚約する。そうするとオレガノ商会はミモザの店に今以上に手が出せないうえ、それ以上圧力をかけることができない」


 今さらオレガノ商会が買い上げた土地には手を出せない。ならば、これ以上圧を掛けられないようにするしかない。

 そうなると反対側の空き地を誰が買うかで、状況は良くも悪くもなる。これは理解できた。


「……でもシャロンと婚約しなくてもよくない?」


「俺が婚約すると、家の権利者に一時的に俺も含まれることになる。俺は王子だ。王族所有の土地にちょっかい出す奴はまずいないだろう」


 シャロンの言う通り、王族の所有する土地になったのなら、オレガノ商会も無闇に手出しなどできないだろう。


「でもそれだと、今度はシャロンに私の家が乗っ取られてしまわない?」


「お前ね。俺がそんな小さな土地を巻き上げるようなことするかよ。オレガノ商会が買った土地よりも広い反対側の空き地を買い上げる財源があるんだぞ」


「……言われてみれば、そうね」


 ミモザは腕を組んで悩み抜き、良い話ではあるなと思い至った。

 ただ、やはり素直に頷くには抵抗がある。


「でも、シャロンになにもメリットが無いわ。それだと納得できない」


「幼馴染の善意というものを信じられないのか、お前は」


「無理ね。そういう学生のノリは忘れてしまったわ」


 街の小さな薬屋の女主人は、なにかと風当たりが厳しいのだ。上手いだけの話などありはしないのだと身をもって知っている。


「ならひとつ。俺の縁談が他国からきたが、うまみが一切ないうえに、どうにか断りたいという話がある」


「あ、つまり国内派閥の均衡を崩さず、かつ都合のいい婚約者が必要だったってことね。なら理解! もーそれを早く言ってよ!」


 安心したミモザは、カップを手に取り口に着けた。先ほどよりも豆がよく香っている気がする。


「なら成立だな。戻ったら婚約証に名前を書いてくれ」


「持ち歩いているだなんて、随分と準備がいいわね。さてはそうとう困っていたわね」


「まあ、そんなところだな」


 ミモザはコーヒーを飲みながら、目の前でクリームを食べきり砂糖のたっぷり入った甘いカフェオレを飲むシャロンのことをじっと見つめた。

 学生のころから変わらない甘党で、なにかとミモザを気にかけてくれる幼馴染。


 まるで昔のような距離感に、心にずっとつっかえていた(わだかま)りが、のそりと顔をもたげた。


 ミモザには、一度だけシャロンの善意を無下に断ってしまった過去がある。

 その後、しばらくは互いに顔を合わす機会に恵まれなかったのだが、ふたたび仕事で関わるようになったときには、どこかぎこちなさがあった。


 けれどそれも、シャロンが元通りに接してくれるようになり、気づけば普通に話せるようになっていた。


 今なら謝れるかもと思ったが、今さらだと思いなおしてミモザは感謝の言葉を伝えることにした。


「シャロンには迷惑も心配もいっぱいかけたから、こうやって仲良くしてくれるだけで感謝してる」


「俺は気にしてないからミモザも水に流してくれ。そうして元通りに仲良くやっていこう」


 休憩を終えて施設に戻り、ミモザはシャロンが持っていた婚約証にサインをした。

 本当に困っていたらしく、シャロンが記入すべき箇所は全て埋められている。


「ありがとう。これで進められる」


「うん、また結果を教えて。出掛ける必要があるなら早めに連絡してね」


『親愛薬』の許可証を受け取ったミモザは、シャロンに別れを告げてまっすぐ家に帰った。

 午後は請け負っている内職に精を出したのだが、不安から解放されたせいか心も体も軽いうえ、作業はびっくりするほどはかどった。



 持つべきものは王子の幼馴染みである。


 金あり、権力あり、行動力あり。


 おかげで今朝ミモザを悩ませていた問題は、あっさりと解決したかに見えた。


 こういう勢いのあるときは、作業を進めるに限る。

 ミモザは明日とりかかる予定だった教材作成の材料を取り出すと、夜遅くまで内職に精を出したのだった。







 ――翌日


 カーテンの隙間から差し込む光に起こされたミモザは、体を動かしてソファから身を起こす。

 ここは一階にあるキッチン兼調薬室であり、寝室ではない。


 もう長いこと二階にある寝室は利用していなかった。

 ご飯も仕事もここでするし、わざわざ二階にあがるのが面倒になってソファで寝たら、これが中々楽で気に入ったのだ。


「今日は休息日だし昨日はとっても頑張ったから、もう少し寝ようかな」


 床に落ちたリネンを手に取ると、陽の光から逃れるようにソファの上で丸まって目を(つむ)る。

 うとうとしていると、今度はドアをたたく音で起こされた。


「まだ閉店中ですから~」


 ――コン、コン、コン、コン、コン……


 無視したが、しつこく何度もなり続けている。

 仕方なしに起き上がりガウンを羽織ると、玄関扉を開けた。


「ごめんなさい。今日はお休みなんで――す?」


 相手を確認せずに断わりを入れたのだが、開けてびっくり、そこにはシャロンが立っていた。


「もう昼近くなのに寝てたのか? 引っ越して来たから、とりあえず荷物を運び込ませてくれないか」


「何て?」

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