17.鍵のかかった秘密の庭(2)
ゆらゆらと揺すられる感覚に呼び覚まされた。
目を開くと、シャロンの顔が飛び込んでくる。
「寝るなら部屋に戻ってから寝ろよ。驚くだろ」
ミモザはぼんやりと周囲を見渡し、そこが廊下であることが分かると、シャロンを探して部屋の前で待っていたことを徐々に思い出していった。
「シャロンを、探していたの」
「ちょっと出掛けていたんだ」
「出掛けるなんて、聞いてない」
むすっとむくれて、ミモザは片手でシャロンの服を掴んだ。
「濡れているから離してくれ」
「……」
黙ったまま、もう一方の手でもシャロンの服を掴むと、肩から毛布がはらりと落ちた。
「お前なぁ。――近所の店は閉まっていたから、今度は薬研に行ってこようと思う。大人しくベッドで寝ていてくれ」
「?!」
外は激しい雨音が続いているのに出掛けるなんて、とんでもない。
ミモザは絶対にシャロンを行かせまいと、シャツを力いっぱいに握りしめた。
(どうして危ないことするのよ。怪我でもしたらどうするのよ。シャロンまで風邪をひいたらどうするのよ!)
ミモザの体調不良はあと数日続くだろう。そこにシャロンまで倒れたら悲惨である。
もっとも、シャロンは病気一つしない頑丈な体の持ち主だ。
ミモザの心配は杞憂だが、今の彼女はそういった想像すら働かないほどに弱っていた。
(ダメダメ! シャロンまで倒れたら。せめて私が看病できるようになるまでは、元気でいてもらわないと!)
ミモザは首から下げているチェーンを手繰り寄せると、通してある鍵を一本外してシャロンに渡そうとした。
「誰にも言わないでね。これ勝手口の鍵なんだけど、裏庭に薬草が生えているから」
「そんなものがあったのか」
「うん。おじいちゃんとおばあちゃんが残してくれたの。あんまり人には知られない方がいいって言われていたから黙っていたの」
ミモザはシャロンに鍵を渡そうとしたが、必要な薬草の場所を教えなければならないと思いなおして、立ち上がった。
「案内するから、ついてきて」
ゆっくりと階段を降り始めたミモザのあとを、シャロンはハラハラしながら着いていった。
家の奥、目隠し用のカーテンを開けると勝手口が現れた。
普段から隠されている扉の鍵を開錠し、外へと出る。
明るい日差しが差し込み、温かい陽気に包まれた。
蝶が舞い、鳥がさえずり、先ほどの大雨が嘘のような快晴だった。
「いつのまに雨が上がったんだ?」
「ううん。ここは雨が降らないの」
ミモザはまっすぐに畑のある方へと歩いて行った。
途中で蓮の花が咲く小さな池や、芍薬や百合が無造作に生えている茂みの前を通る。
踏み固められただけの小道を進んでいくと、小さな畑のある場所に出た。
「多分あの辺にあるの」
ミモザが指さす先には、確かに緑の葉が茂っている。
「……わかった」
シャロンは、思わず「放置しすぎだろ!」という叫びを呑み込んで、薬草を探した。
草の根をかき分けて、どうにか目的のものを見つけて採取する。
「もう少し、手入れしてやれよ」
「大丈夫なようにしてあるって、言ってた」
シャロンとミモザは元来た道を戻り、勝手口から家の中へと入る。
家の中は薄暗く、外からは外壁に激しく打ち付ける雨音が鳴っていた。
「雨が降っている?」
「そう。おじいちゃんの魔法の畑。何でも生えて、何でも咲いて、いつでも晴れてる魔法の畑」
「……」
そんなものがあってたまるかと言いたいシャロンだが、見てきたばかりでは否定も出来なかった。
「お前のおじいちゃんって、ナニモノ?」
「魔法使いって言ってた」
「どこの国出身なんだよ。この世界の人間なのか?」
「おばあちゃんが、山で拾ったって言ってた」
開いた口が塞がらなくなり、シャロンはしばしのあいだ思考が崩壊した。
「変な話よね。でも、もう聞くこともできなくなっちゃったから、二人が言っていたことを信じるしかないの」
死人に口なしなのだ。
生きているときに、もっとちゃんと聞いておけば良かったと思っても、今さらどうにもならない。
残されたものを、ありのまま受け入れて生きていくしかない。
シャロンが作った薬に、たっぷりと蜂蜜を入れる。
ミモザは両手でカップを持って、ゆっくりと飲み干した。
「手に入らない材料は、いつも畑で調達しているのか?」
「うん。基本は市場で仕入れるけど、どうしても手に入らない場合だけ、ね」
ミモザが調薬研究施設に提出する薬は、入手経路不明な材料をよく使っていた。
シャロンは新薬の検査をするため、それらを入手せねばならず苦労していたのだが、ようやく謎が解けた気分だった。
「俺に教えて良かったのか?」
「うん。内緒にしてよね。約束よ」
「ああ、誰にも言わない」
どんな植物も、季節を問わず花を咲かせて実を結ぶ庭など、砂金の山と大差ない。
知れ渡れば、利己的な人間を引き寄せるだろう。
「ミモザに信用してもらえて、俺は嬉しいよ」
シャロンは視線を落として、ぽつりと呟いた。
「だって、小さい頃からの知り合いだし。同じ学校で調薬を勉強しているし。同じ仕事で価値観が近いから、安心できる――でしょ?」
きっと悪いようにはしないと信用できる相手だと思ったから、シャロンに教えたのだとミモザは説明した。
シャロンは同意するように、静かに笑って頷いてくれた。
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