15.学生時代の思い出(3)
ある日、シャロンは城に呼び出された。
今後のことについて、まずは王族のみで話をしようとのことだった。
この頃のフェンネル公国は、第一王子と第二王子が共に婚約者を迎えたことで、国内派閥の均衡がとれ、暗躍しようとする貴族も無く、シャロンを押し上げて新たな派閥をつくろうとする動きも皆無であった。
久々に一同揃って席に着いた部屋は、なんだかぎこちない空気が漂っている。
優しい笑みを絶やさずに、様子を窺う国王と王妃。
少し緊張気味の第一王子と第二王子。
末席に座ったシャロンは、上座から自分の扱いに困り果てた雰囲気を感じ取って、うんざりとした。
その空気に感化されて、城を出るころに燻ぶらせていた不満があふれ出す。
――幼い頃、病弱な兄二人の代わりに、王位に継げるよう言われてから、ずっと励んできたのに
その約束みたいなものが、今から反故にされようとしているのだ。
描いた未来と異なる道に進む全ての事に、抵抗したくなる。
いいように扱われてしまった自分自身が可哀想で、その原因となったものに歩み寄る気になれなかった。
「シャロン、今日集まったのは他でもない。学園卒業後のお前のことを話したい」
国王が口火をきり、シャロンはいよいよ死刑台に立たされたような心地になった。
「幸い国政も安定し、私の後も、お前の兄二人が引き継いでくれている。王族の仕事に参加するのも、お前の好きな分野を選ばせてやれるだろう。何か希望はあるか?」
「希望……?」
一つの道しか用意されず、それを取り上げられて希望を問われたのなら、どう答えるのが正解なのだろうか。
はたから見れば、要望を尋ねた国王は親切だろう。
兄二人を完治に導き、慈善事業にも力を注ぐ王妃は善良だ。
周囲の期待に応えて努力する兄たちは、みなに望まれていると言えた。
そこに否を唱えたなら、国を混乱させる反勢力に振り分けられてしまう。
シャロンの思い描いていたものは、周囲からは我儘にしか見られないことに、本当はずっと前から気付いていた。
城を離れて学園で生活したことで、自分以外の王族が、いかに優秀でしっかりと国を治めているか、よく見えていた。
そこに居場所がないことが、怖くて。
今さら、続けた努力が無意味になることも悔しくて。
まったく、深い落とし穴にはまった気分だと脱力して、嫌なことを全て放棄しようとしたときだった。
ひとつだけ残ったものがあった。
「――調薬が、楽しかった」
それが、思わず口から零れ落ちる。
すぐに王妃が身を乗り出して、その話に食いついた。
「っ! シャロンは、成績優秀で、とくに調薬に力を入れていると聞いているわ! わたくしの調薬研究施設の事業を任せるのはどうかしら?」
「なるほど。母上の業務もいずれは引き継がねばなりませんからね」
「調薬関係は法律の整備や外交が絡みます。優秀なシャロンなら適任だね」
「シャロン、王妃から事業を引き継いでみるか?」
シャロンの一言で、周囲がどんどん話を進めていった。
きっとこれが、みんなが幸せになる答えなのだろう。ただ――
「できれば中をよく知るために個人で所属してみたいですね。ここは俺が居なくても大丈夫でしょうし、そういう進路も可能ですか?」
まだ少しだけ、家族と距離をとって過ごしたかった。
それにミモザも調薬研究施設に勤めると聞いていたから、一緒に過した楽しい時間をまだ続けていたかった。
◇◆◇◆
シャロンは望んだとおり、卒業後に調薬研究施設の職員として働くことになった。
希望が通ったというのに、なぜだか気持ちは沈みがちで、どこか他人事のような、そんな感覚がまとわりつく。
それでも日々はつつがなく過ぎていき、学園最後のテストでは、順位を気にせず、とはいっても下がりすぎない程度に勉強して臨んだ。
もう一番をとる理由も無かったが、いつもの癖で張り出された結果で順位を確認したときだった。
調薬のテストで、一位にシャロンの名前があったのだ。
その下に、ミモザの名前はない。
その次も、その次も違った。
ミモザの名前は張り出された結果のどこにもなくて、シャロンは慌ててベンジャミンの元へと走っていった。
酷い雨が降る中、シャロンはミモザの家にやっと辿り着いた。
試験前で調薬室に行くのを控えていたあいだに、ミモザの祖母が急死して、そのあと一度も学園に来ていないことを知ったからだ。
『私も何度か家を訪問しましたが、出てきてくれませんでした』
ベンジャミンが言う通り、ドアには鍵が掛かっていて叩いても反応はない。
それでも、何度も叩いて待ち続けると、やっとドアの向こうで物音がした。
少しだけ開いたドアの隙間から、憔悴したミモザの顔が覗く。
「……シャロン。なにか用?」
「あ、ああ。――近くまで来たから、顔を見に」
どうして、心配して駆けつけたと素直に言えなかったのか。
シャロンは己の傲慢な性格が恨めしかった。
「ふーん。私、今忙しいの」
そう言って扉を閉めようとしたので、慌てて手と足を捻じ込んで阻止する。
「困っているんじゃないのか? 大変だったんだろ!」
いつだって、困ったら泣いて誰かが来るのを待つ奴だった。
シャロンはいつも泣き声を聞いて駆けつけていたのだから。
「困ってなんかいないわ。もう大丈夫だもの」
ミモザは扉から手を放すと、家の奥へと行ってしまった。
シャロンは家の内側まで入ると、店先の荒れた状況に眉を顰めた。
そこへミモザが戻ってくる。彼女の顔は晴れやかで、目はらんらんと輝きを宿している。
「見て、シャロン! ついにできたの!」
そう言って目の前に出されたのは、虹色に輝く薬の入った瓶だった。
「おばあちゃんと同じように、作れるようになったの! これでお店を続けられる。これで大丈夫。いつも通りになるの!」
泣きはらして赤くなった瞼に、酷いクマが浮き出た目元。服も汚れているから、何日も作り続けていたのかもしれない。
「ミモザ、落ち着けよ。とりあえず一度休もう。食事は摂っているのか? それからもう少しで卒業なんだから、学校に行って――」
「いやよ。行かない。必要ないもの。私はおばあちゃんの店を続けるの。邪魔しないで」
ミモザの顔から笑顔が消え、目が吊り上がる。
「私がこの薬を作りたがっていたの、知っているでしょ。褒めてくれると思ったのに。もういい!」
ミモザはシャロンを追い出そうと、その体を力いっぱいに押した。
「ミモザ、お前おかしいよ。落ち着けって」
「おかしくなんかない! 私は忙しいのよ。おばあちゃんのお店を続けなきゃいけないの。じゃないと何にもなくなっちゃう!」
「ミモザ!」
「うるさいな! シャロンにはわかんない! お父さんとお母さんがいて兄弟もいる幸せなシャロンには分かんないのよ! 私はね、これ以上失くしたくないの。失くさないように頑張るって決めたの! 邪魔しないで!」
為すすべなく外まで追い出されたシャロンの目の前で、扉が勢いよく閉まる。
「……んだよ。心配して、来たのに」
たった一人の肉親を失ったミモザが、一番つらいのだ。
ただ、親兄弟がいるというだけで、幸せだと決めつけられたことへの怒りが湧いた。
取り乱した相手の言うことを真に受けて、感情的になるなんてどうかしている。
それを分かってなお、あらゆるものへの鬱憤が溢れかえった。
シャロンにとって家族は一緒にいるほうが寂しさを感じる相手でしかなかった。
一緒にいて幸せを感じる相手でもない。
今まで生きてきて、温かいと感じたことも楽しいと思ったことも、ごくわずかしかなかった。
そのわずかな時は、いつもミモザが一緒にいたのだ。
昔のように、ミモザは泣きながらシャロンが来るのを待っているのだと思っていた。
けれど違った。
ミモザが失いたくない者のなかに、シャロンは含まれてすらいないのだ。
もう一度、扉をたたくことができなくて、そのまま卒業まで会うこともなく、シャロンは自らが選んだ道を淡々と進んでいった。
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