14.学生時代の思い出(2)
美しい薬を作る。
たったそれだけのことなのに、何度挑戦しても歯が立たない。
なんでも器用にこなすシャロンは、自分の作った薬とミモザの薬を見比べるたびに苛立った。
「そんなに簡単にできないわよ。私だってずっと練習して、やっとここまで出来るようになったの」
「うるさいな」
出来ない事実が許せないシャロンは、ミモザの言葉が正しいと分かっても受け入れられないのだ。
乱暴に新しい試験官を取り出すと、液体を順番に注いだ。
色の変化を確認したら次の薬品を入れ、小刻みに揺らして混ぜ合わせる。
「また、濁ってきやがった」
「……」
ミモザはあえて声を掛けなかった。その苛立ちには酷く覚えがあったからだ。
こういう時に声を掛けられると、慰めでも説教でも応援でも、内容に関係なく苛々してしまう。
(がんばれ、シャロン!)
心の中でエールを送り、ミモザは自分の試験管を揺らした。
液体はキラキラと輝くが、虹彩は見えない。こちらも失敗である。
「なあ、ミモザ。薬が光ってなにか意味があるのか?」
全てが嫌になったシャロンは、到達できない目標に対してイチャモンを付けはじめた。
「いろんな意味で、よく効くんですって。もちろん授業で習う光らない調薬でも効果は十分にあるから、絶対に光らないといけない理由は無いわ」
「なら、努力の必要が無いって言えるな。やらなくていいんじゃないのか?」
「シャロン。嫌ならやめていいのよ?」
「俺はお前に続ける必要がないだろうってアドバイスしているんだ」
一番になりたいシャロンにとって、ミモザが美しい薬を提出することが邪魔なのだ。
彼女が作り続けるのなら、シャロンだって続けないと目的が達成できない。
「意味のないことを続ける理由って、なんなんだ?」
「楽しいからよ」
「……楽しいのか?」
「そうね。ひとつのことをじっくり知っていくって、楽しいと思うわ」
シャロンの嫌味を含んだ質問も、夢中なミモザには全く届かない。
それどころか、意味のない勉強を楽しいとまで言ってのけた。
シャロンにとっての勉強は、己の価値を周囲に認めさせるためにするものだ。
その結果は、周囲に認められなければ無価値に映り、早く次の成果を出さなければと追い立ててくる。
焦燥、苛立ち、口惜しさ。そして努力の価値が暴落したときの絶望感。
己の心がズタズタになる感情しか起こらない。
(楽しいって、どういうことだろう――)
シャロンの勉強と、ミモザの勉強は大分違うもののようで、純粋に興味がわいた。
ミモザと同じ結果が出せるようになったら、シャロンも楽しさが分かるようになるのだろうか。
彼女の手元をじっと見つめて観察してみる。
自分の手さばきとの違いはさっぱり分からなかったが、それでも徐々に光りだす試験管の薬を、シャロンは食い入るように見つめ続けた。
◇◆◇◆
シャロンの学生生活は多忙を極めた。
テストは相変わらずの首席を守り抜き、放課後はミモザと一緒に調薬の練習に励む。
寮生活の雑事もこなすし、少ないとはいえ貴族令息や令嬢との付き合いも無難にこなしている。
文字通り寝る間も惜しんで走り続けたが、不思議と城にいたときの閉塞感は無かった。
忙しすぎて余計な悩みも話も入ってこないという感じだろう。
夢中になるということは、評価を気にして学ぶことより幾分気持ちが楽になるなと、シャロンが感じ始めたころだった。
「あ、光った」
それは、ほんのささやかな光だった。
普通の調薬と並べて、じっくり見て、やっと分かる程度。
けれど、ずっと観察し続けていたシャロンには一目瞭然で違いが分かった。
「はは、本当に、光るんだな」
「そこに辿り着けたら、あとは結構早いわよ!」
ミモザのアドバイス通り、作るたびに光は増していく。
やればやるだけ結果が出るというのは、なんとも気持ちがいいものだった。
シャロンは、やっとミモザが楽しいと言っていた意味を理解できた気がした。
「そういえば、王妃様が国の事業でお薬の提供をはじめたって話、知ってる?」
時勢に疎いミモザでも、薬関係の話は興味があるらしい。
祖母に聞いた話を、シャロンに詳しく教えてもらおうと話をふったのだ。
「いや、知らない。王妃はそんなことをしているんだな」
シャロンは、久々に母親のことを思い出した。
兄たちの治療で薬の世話になったから、王妃は慈善事業に乗り出したのだとすぐに分かった。
毎日薬を作っているシャロンは、生まれてこのかた病気一つしたことのない健康体だ。
薬の世話には一度たりともなったことがない。
母親の興味は、今も病を患っていた兄たちと、その薬に向いているのだろう。
心に鈍い痛みが広がり、急に体が重たくなった。
「そっか。あのね、施設の立ち上げにおばあちゃんも参加しているの。それでね、学園が卒業したら修業もかねて、その施設で働いたらどうかって言われてるの」
調合を再開したミモザは、試験管の薬をみつめながら、自分の進路について悩んでいることをシャロンに明かした。
「私、卒業後のことって具体的に考えてなかったの。おばあちゃんのお店を手伝うんだって思い込んでいて。国の事業で取り組む調薬って想像できないし不安なんだけどね。でも、なら、どうしたいかって言われると、なんにもないのよね」
調薬に携われて、しかも祖母からは修業にもなると言われているので、ミモザはそちらへ進むことになりそうだ。
「シャロンは卒業後したらどうするの? 王子様の仕事をするの?」
ミモザは王子の仕事がどんなものか全く知らないので、適当に聞いた。
十四歳で入学し、十七歳になる今年はシャロンもミモザも学園を卒業となる。
あの息苦しい城に、家族のもとに戻るのだという現実に、シャロンの気が遠くなった。
フェンネル公国の統治は安定し、第一王子と第二王子が公務について、それなりの地位を築いていた。
国民のだれもが、盤石な国の礎を喜んでいる。
「……ああ、どうだろうな」
いくら学業で優秀な成績を修めていても、今さら第三王子の身の置き場があるとは思えなかった。
どうしたいのか、どうするべきなのか、なにを選ぶのが一番良いのか、分からなかった。
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