9.幼い頃の思い出(1)
時はシャロンとミモザが生まれる前まで遡る。
この当時、フェンネル公国には王妃の生んだ第一王子と第二王子がいた。
二人とも体が弱く、跡目の責務を全うできないのではと家臣から進言があるほど、問題視されていた。
病弱に生んだ王妃に問題があるとの指摘もあり、側室を薦めてくる家臣もいたほどだ。
王室は殺伐とした空気を纏い、矢面に立たされた王妃は非常に厳しい状況に置かれていたと、想像に難くない。
しばらくして、王妃は第三子を身籠り、王子を出産する。
この第三王子は、上の二人とは違って健康であり、病気ひとつせずにスクスクと育った。
五歳にもなると、その優秀さが周囲の知るところとなり、王室の後継者問題は表立っては騒がれなくなる。
代わりに王太子に指名されるのは、勉学も武芸もつつがなくこなす第三王子のシャロンであると、周囲の誰もが確信し始めた。
それを証明するかのように、シャロンの家庭教師は有名な学者や評判の騎士から選ばれたため、家臣は側近に己の息子を推薦しようと水面下で動き出した。
シャロンよりも三つ上の第一王子と一つ上の第二王子は、未だ患いがちであり、王族としての学びも殆ど進んでいない。
家臣がそう判断しても仕方がないのかもしれない。
国王と王妃は王位継承について明言はしていないのだが、二人の意志の届かないところで良くも悪くも物事は進んでしまうのである。
成長しても回復の兆しのない上二人の王子に心を痛めた王妃は、治療のためにとある人物を城に招いた。
治療代は高額だが腕は確かで、あらゆる病を治すと評判の調薬師――ミモザの祖母である『やり手魔女』だ。
やり手魔女は王妃に対して、二人の王子は完治できると明言する。
けれど、長年患ったせいで体力がないため、治療が長期化することも伝えた。
やり手魔女は週に一度城へと通い、王妃に薬を渡して王子たちの様子を診続けた。
王妃も苦い薬を嫌がって飲もうとしない息子たちを、根気よく諭して、心を砕いて世話をする。
それを面白くないと、やっかんでいる者がいた。
第三王子のシャロンである。
次期王太子だと周囲にもてはやされ、優秀だと褒めそやされて育ったシャロンの性格は、傲慢不遜さを極めていた。
優秀な自分に時間を割かず、役に立たない兄たちに掛かりきりになる母親に不満を募らせる。
(僕がいるんだから二人は必要ない。死んだっていいのに、どうして助けようとするんだ!)
怒ったシャロンは、やり手魔女が治療に来た日に悪戯を仕掛けて追い出そうとしたのである。
「シャロン、どうしてそんなことをするの! こちらへ来て謝りなさい!」
ただでさえ会話する時間の少ない母親から怒鳴られて、シャロンはへそを曲げた。
無視して走って逃げるシャロンの後姿を見て、王妃は首を振って大きなため息をつく。
「わたくしの目が届かないばっかりに、あの子は我儘に育ってしまった。一体どうすれば良いのか……」
「そう、気に病まれすぎてはお体に障ります。王子を三人も産んだのです。王妃様は大役を務められたのですよ」
「産んだら終わりではないのです。上二人は王族として仕事をこなせるようにならないと身の置き場がありません。シャロンも健康で優秀なら済むという話にはならないのですよ」
その重責を、王妃は正確に理解していた。限界ギリギリまで両手を広げて己の責務を全うする彼女はどこまでも真面目であった。
その姿を見たやり手魔女は、翌週、第三王子と同い年の孫娘・ミモザを連れてきて、治療のあいだ相手をさせたのだった。
「なんだ、お前は。どうして、ここにいるんだ!」
「お、おばあちゃんが、まっているあいだ、シャロン王子と遊んでいなさいって、言ったから」
「僕は忙しいんだ! おい、ひっぱるなよ!」
「そっちは、治療中だからいっちゃだめ。あっちに行こう」
今日もやり手魔女を追い出そうとしていたシャロンは、ミモザに妨害されて激怒した。
「邪魔するな! 僕はお前なんかと遊んだりしない! あっちに行きたいなら、ひとりで行けよな!」
「でも、でもね。それはダメなんだって」
しばらくミモザと押し問答していたシャロンだったが、気が変わったのか向きを変えて走り出した。
その後ろを、ミモザは必死に追いかける。
それを確認して、シャロンはグンっとスピードを上げた。
適当に走って撒いてしまおうと考えたのだ。
やがてミモザはシャロンを見失い、気付けばどちらから来たのかも分からなくなった。
「シャロン王子? どこにいるのですか? ――おばあちゃん?」
しばらくきょろきょろと辺りを見回し、いったり来たりしたあと、ミモザはその場に立ち尽くす。
そして――
「ぎゃあああああああああああ。おばーちゃあああああん」
大絶叫で泣き出した。
この声に驚いたのは、戻って悪戯しようと企んでいたシャロンである。
大分離れた場所に置いてきたのに、聞こえてくる大音量の泣き声は凄まじい。
慌ててミモザの元まで走っていった。
「おい、そんなに泣くなよ! 僕が怒られるだろ」
「ぎゃああああああ」
「ほら、戻ってきたから。泣き止めよな!」
「あっちいっちゃだめぇぇぇぇ!」
「わかったから! 行かないから!」
泣き声を心配した衛兵や侍女が集まってくる気配を察知したシャロンは、ミモザの手を取って走り出した。
このままでは、母親にだけでなく、父親にまで怒られる気がしたからだ。
外まで二人で走っていき、手入れされた生け垣の陰にミモザを押し込んで、シャロンも身を隠した。
「えぐっ、えっ、うぇ」
「しー。静かにしろよ。見つかったら大変なことになる」
しゃがみ込んでしゃっくりを上げるミモザの隣に座り、シャロンは彼女が落ち着くのを待ち続けた。
やがてミモザが顔を上げると、その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、隠そうともしない姿にシャロンは内心呆れた。
ミモザが袖口で顔を拭おうとしたので、思わず止めてハンカチで拭いてやった。
「ありがとうございます」
「ああ、べつに」
泣き止んだミモザを連れてシャロンは城内へ戻ろうとした。
途端に袖が引っ張られ、歩みを止める。
「お、おばあちゃんが、外で遊べって、いってた!」
「あーもう。なんなんだよ、あのババァ!」
明らかにミモザを使ってシャロンの悪戯を封じにきている。
シャロンはそれが面白くなくて、外で遊ぶことを断ったのだが――
「ぎゃあああああああああ」
「なんだよ! いきなり泣き出すなよ!」
祖母の言いつけを守るために必死なミモザは、失敗を恐れて直ぐに泣き出す。
対するシャロンは、ミモザを泣かせて怒られることを非常に嫌がった。
結果、シャロンはミモザの手を引いて、毎週彼女と遊ぶことになったのである。
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