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0.プロローグ

 街の大通りから少し外れた場所に構える二階建ての家。

 レンガ造りで奥行きがある建屋の玄関扉には『CLOSED(クローズド)』の札が掛かっている。



 ここは昔からある薬屋で『やり手魔女』の店と呼ばれていた。



 名だたる貴族から、ときには王族、かと思えば周囲に住む街の人らも気軽に通う薬屋。


 その薬は、非常に美しくて効きが良く、かつ高価な値段で売りつけられると有名だった。


 値は張るがどんな要望にも応える腕ききの女主人が、方々に見放された患者(かんじゃ)をあっという間に治療(ちりょう)した、などということも珍しくないという。




 ただ、それもひと昔前の話。




 先代が亡くなり孫娘が後を継いだが、店をとりまく状況は今と昔でかなり違った。


 時代の流れで市井に商会の手掛ける安い大衆薬(たいしゅうやく)が出回り、新薬は国の管理下に置かれて個人が勝手に販売できなくなったのだ。


 特別な薬は国への申請許可が必須となり、(やぶ)れば即日営業停止のうえ調薬師(ちょうやくし)資格剥奪(しかくはくだつ)となってしまう。


 街にあった小さな薬屋は、ひとつまたひとつと店を(たた)んでいき、今残っているのは『やり手魔女』の店ぐらいだろうか。

 世の中とは、常に移り変わりゆくものであり、その波は無情にも古き良き時代を呑み込んでしまうのだった。





 (ほうき)塵取(ちりと)りを持った女が『やり手魔女』の薬屋から出てくる。

 背中まで伸ばした亜麻色(あまいろ)の髪を緩く束ねて、動きやすい鶯色(うぐいすいろ)のワンピースにエプロンを身に着けた女は、店先の掃き掃除をはじめた。


 彼女が先代の後を継ぎ、店を切り盛りする女主人――ミモザである。


 ミモザは店の前を一通り掃き終わると、はたと店の右隣にある空き地まで歩いていった。

 そこには昨日までは立っていなかった看板――『売却済(ばいきゃくず)み オレガノ商会』の立札――が立っている。



「うっそでしょう! あの話、本当だったの?」



 絶叫した彼女のところには、実は少し前からその手の話が入ってきてはいた。



 内職(アルバイト)を提供してくれているオレガノ商会に納品しに行ったとき、良くしてくれる跡取り息子のクラントに


『今、新しい店を出す土地を探しているのですが、新店舗は薬も扱いますから、よかったら手伝いにきてもらえないでしょうか?』


 と言われたのは先週の話だ。

 その時は、とくに考えず時間が合えばと答えておいた。


 その後、卒業した学校の恩師であるベンジャミンに依頼された教材という名の内職品を届けに行ったときに


『ミモザさん家の隣の空き地、ついに買い手が付いた話を聞きましたけど、大丈夫ですか?』


 と言われたのは三日前の話だ。

 その時は、まだ空き地のままだったので聞き間違いではないかと答えておいた。


(あの話、まさかこうなる前振りだったってこと? 分かりづら! じゃなくて、クラントめ~。手伝いを断らなかったからって、なにもウチの店の隣に出店してくることないじゃない。私ってそこまでお人好しに見えてたってこと?)


 商売敵(しょうばいがたき)に商売を手伝わせようと本気で思っているのか。


 いや、店の規模でいったら月とすっぽんほどに差があるので、商売敵というのはおこがましい気がする。

 むしろ、アリクイと(アリ)の関係のほうがしっくりくるかもしれない。

 (ミモザ)が日々の仕事に追われているあいだに、アリクイ(オレガノ商会)が薬店を餌場(えさば)認定し、いつのまにか隣に座っていたというオチか。


(笑えないわ。しっくりきすぎて、笑えない――)


 看板の前でひとしきり悩んだミモザだが、買い手がついてしまった以上できることなどないのである。


 うちひしがれてフラフラと家に入ると、机の上にはクラント商会に納める薬が、作りかけのまま広げてあった。


 こういう関係だったから、見下されたのだろうか。


(そりゃさ、私の店が(つぶ)れて本当に困る人は少ないけどさ。でも私はお店を畳みたくはないから、なんとかしなくちゃ! ――でも、どうやって?)


 悲しいかな頼りの祖母はすでにこの世を旅立って久しい。

『やり手魔女』といわれた祖母なら、この局面をどう乗り切っただろうか?


(隣の土地に、おじいちゃんに頼んで呪をかけて追い出す気がする)


 祖母が『魔女』なら祖父は『魔法使い』であった。少なくともミモザは祖父母に、そう言われて育ってきた。

 大人になって、それらが嘘だと確認したくとも、二人はすでにこの世にいないので知るすべがなかった。


「はあ、考えても仕方ないし。内職(アルバイト)は他もあるし、とりあえず出掛けよう」


 どんなにつらくとも、今日の仕事はこなさねばならない。

 いい加減な仕事をすれば、商会に吸収される前にミモザの店が(つぶ)れるだけだ。


 エイと気合を入れなおし、ミモザはお得意様から依頼された新薬の申請をもらうべく、国が管轄(かんかつ)する調薬(ちょうやく)研究施設(けんきゅうしせつ)――略して薬研(やっけん)――へと出かけることにした。






 城の近くにある調薬(ちょうやく)研究施設(けんきゅうしせつ)は、もともと国立公園のあった場所に建てられた比較的新しい建物だ。

 元の立地を活かして薬草畑まで常設していて、大衆薬(たいしゅうやく)として流通していない、ちょっと込み入った事情の薬などは、ここで安価に購入できる。


(二大勢力のおかげで誰もが病気に(かか)っても十分な治療を受けられるようになったけど、反対に私の店は商売あがったりなのよね)


 大衆薬(たいしゅうやく)もちょっと込み入った事情の薬も、今ではミモザの店に買いに来る客はいない。

 ミモザの店は、今はとっても込み入った事情の顧客相手(こきゃくあいて)に高値の薬を調合しているだけだ。


 とはいえ、込み入った事情持ちはそうたくさんはいない。


 おかげで日中とても暇なミモザは、時間をお金に換えるため、様々な内職アルバイトを引き受けて稼いでいるのであった。




 入り口の扉を押して中に入ると、ミモザは窓口に座るブルネットの髪を見つけて、まっすぐ進んでいった。


「こんにちは。今日もシャロンが窓口にいるなんてラッキー」


「ようこそ調薬(ちょうやく)研究施設(けんきゅうしせつ)へ。相変わらず元気そうだな、ミモザ。今日は先週申請した結果を受け取りにきたのか?」


「そうよ。で、どうだった?」


 顔なじみの窓口は、ミモザの幼馴染でこの国――フェンネル公国――の第三王子シャロンである。


 王子のくせに、なぜ窓口にいるのか。どうして市井に混じって働いているのかというと、簡単に言えばおおむね本人の希望が通ったからである。


 上に二人の兄をもつシャロンは、王位を継ぐことも不測の事態に備えて控える予備(スペア)の役目も求められない。

 しかも偶然にも第一王子と第二王子が婚約者を迎えたとき、国内の派閥(はばつ)は綺麗に均衡(きんこう)がとれてしまったのだ。


 ここでシャロンが国内の貴族令嬢と婚約すると、この均衡(きんこう)が崩れてしまう。

 別に崩れても致命的な問題は起きないが、なら誰を選ぶかというのが、また難しい。


 せめてシャロンに好いた相手がいれば決着がついたのだが、残念ながらそんな相手はいなかった。

 シャロンが学園卒業後の進路に調薬関係の仕事を希望したこともあり、なら(しばら)くの間は市井に混じって学ぶのも良いだろう、という話で落ち着いたのだった。



 まあ、つまるところ問題の先送りである。



 ただ時間の経過とともに妙案が出そうな話でもあったため、すんなりと通ったらしい。


 シャロンもミモザも同じ学園の学部違いに通い、十七歳で卒業した。

 そのあと働きだして二年の月日が経過している。

 ミモザは街の薬屋の女主人として、シャロンは調薬(ちょうやく)研究施設(けんきゅうしせつ)の調薬師として、それなりに仕事に慣れてきた頃合いだ。

 


 窓口のテーブルを挟んで向かい合い、互いに視線を絡めて(にら)み合う。

 どちらも不敵な笑みを浮かべると、遠慮(えんりょ)なしの舌戦(ぜっせん)がはじまった。


「おまえさあ、この『親愛薬(しんあいやく)』? どこの貴族の道楽だよ。禁止薬の『()れ薬』と違いを説明するのに苦労したぞ」


「ええ~。この違いが分かんないって程度低すぎ。ちゃんと資料まとめて出したでしょう?」


「こういう精神系のしかも治療でない薬は申請が通りづらいの。絶対に必要な理由も弱いしさ」


「お客様にとっては大問題なのよ。親愛薬(しんあいやく)はその人が元々もっている愛情を再認識させて活性化させる薬なんだもの。()れ薬の効果を相殺(そうさい)もできるのに!」


 ミモザが許可を貰おうとしているのは『親愛薬(しんあいやく)』という薬だ。

 シャロンが比較でだした『()れ薬』とは一部の材料がかぶっているせいで誤解されがちだが、全く異なるものである。



()れ薬』は、本人の中に全く愛情が無い相手に、薬を使って愛情を作り出す。

親愛薬(しんあいやく)』は、すでに存在する愛情を、より感じやすくする。



 働きかける先が違うのだ。同じだと言ったやつは調薬師の資格を返上すべきだとミモザは息巻く。


「それと、親愛薬(しんあいやく)の材料が手に入りづらいし、どれもバカ高い! ぜったいにこれを頼んだのは金持ちのどうしようもない奴だろ」


「お客様のことは口外しませんの」


 つん、とミモザはそっぽを向いてやった。が、内心はシャロンに言ってやりたくてたまらなかった。


(依頼元は王妃様。つまりあんたの母親で、依頼理由は最近王様がうっとうしくて近づかれると吐き気がするから、なんとかしてほしいって頼まれたのよ!)


 悪化すれば熟年離婚(じゅくねんりこん)まっしぐらであり、国王と王妃では国家の重大問題でしかない。

 シャロンが軽視した相手は、まさかの自分の親だった。


「この薬は、ぜーったいに通してちょうだい。ダメなら資料を作り直して再申請するわ!」


「俺を誰だと思っている。ちゃんと通してあるから、感謝しろよ」


 感謝もなにも申請を通すのが窓口の仕事である。けれどシャロンの性格をよく知るミモザは、笑顔でお礼を述べた。


「さっすがシャロン! ありがとう」


「困ったことがあったら、何でも相談しろよ。幼馴染(おさななじみ)のよしみで力になってやるからな」


「そう? なら聞いてよ。うちの店の横の土地がついに売れたの。買ったのがオレガノ商会で、多分だけど薬屋を建ててうちの店を吸収する気なのかも」


 全てが手元にある情報だけの憶測(おくそく)だった。

 けれどミモザはひとり抱えていた不安をぶちまけて、少しでも安心したかったのだ。


「他の薬屋は、みんな店をたたんじゃったしさ。うちも危ないかも。薬研(ココ)で調薬師の募集があったら受けようか悩んじゃった」


 あははと、笑って話を終わらせたミモザだったが、意外にもシャロンは真摯(しんし)に受けとめ心配してくれた。


「それは大変だったな。そうだな――」


「え、いいよ。愚痴(ぐち)りたかっただけだし。気にしないで」


「ああ、良い案を思いついたぞ。これなら上手くいく」


 シャロンは(ひじ)をつき組んだ手の上に(あご)を乗せると、笑顔でミモザにこう言った。


「俺と婚約すればいい。そうすれば万事解決だ」

「ちょっと待って。今、そんな話してなかったよね?」

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