(8)独り立ち
市場にて斬首。それが、蘇双に下された罰となった。
同様の罪として、それ以外に何十人もの商人が斬首となった。見ている町人からは、哀れみと同情、同時に侮蔑の表情が見て取れた。
斬首される時、蘇双は最期まで、不適に笑っていた。自分はそれを、泣きながら見ることしか出来なかった。
そのことが、首だけになった蘇双の前に立つと張世平は思い出す。
蘇双が連れ去られ、その日のうちに斬首となり、自分だけが生き残った。
また、一人になった。家族が死んだ時と異なり、英雄を欠いた状態で一人になると、一気に、心の中が空虚になった。
幌を被り、市中をさまよった。どう歩いたかは覚えていない。
ただ、いつの間にか裏路地に入っていたようだ。そこで、いつの間にか男数名に絡まれた。
もう、どうでもいい。殴られながら、そう思った。
蘇双殿のいない世の中に、何の未練がある。
そう感じていたのに、途中から、殴っていた手が止まり、自分に、その殴っていた男達の返り血が付着していた。
ハッとして、思わず、天を見た。
「大丈夫か、張世平」
夕焼け空の中で、気の大きい、男がいた。それも、三人。
劉備、関羽、張飛だった。
張飛の蛇矛から、血が滴り落ちていた。これで斬ったのだと、すぐさま分かった。
「何故、ここに……?」
「たまたまだ。ケンカ見てたら一方的にボコられてたから参戦した。それだけだ。しかしひでぇザマだな、おい。玄徳兄、こいつ治療した方がいいんじゃねぇか?」
「張飛、お前、ホントに真っ先に暴漢斬っておきながら、すぐさまその台詞は差がありすぎるぞ」
張飛の言葉に、関羽が苦笑した。
「う、うるせぇな、雲長兄。いいじゃねぇか、怪我してる奴はそう簡単にゃほっとけねぇよ」
張飛が、頬を赤くしていた。
「あれだけおめぇの調練滅茶苦茶厳しいくせにか? よく言えるな、おい」
劉備が、ため息をはいた。
だが、どうしても疑問がわいた。
「劉備殿達は、どうして、私を助けたのですか?」
何故、助ける。
それが不思議でしょうがない。
竜人だったというだけで斬首を免れたようなものである自分など、価値がないはずなのに、どうして助けるのだろうか。
それが、どうしても分からなかった。
劉備が、満面の笑みを浮かべる。
「民を助けるのに、理由がいるか? 俺がそうしたいからそうする。それが俺の乱世の生き方だ」
変わらない。この人は、変わらないままでいい。
それだけが、何処か嬉しかった。
涙が、止まらなかった。
止めどなく、涙があふれてくる。
劉備が、張世平に肩を貸した。
「とりあえず、ここを出るぞ。話はそれからだ。な?」
そう言われて、泣きながら、裏路地を出た。
「なるほど、それがお前の生き方か」
出て早々に、聞いたことのある声がして、涙をぬぐった。
また、気の大きな男達がいた。
曹操と、従える四人の将だった。しかし、あの赤い甲冑ではなく、朝服だった。
だが、それすら赤い。
ああ、この人結構派手好きなんだなと、少し苦笑した。
「なんだよ、曹操。お前こんなとこで何してんだ?」
「仕事帰りだ。ついでに、俺自身がどうするかを、多少考えてもいた」
「あんた済南の役人になったんだってな。お前はこれで終わりか?」
「そんな訳あるか。俺はどっかしかで適当な理由を付けて隠遁しようと考えてる」
全員が、目を見開いていた。
自分も、同様だった。
いったい何を言い出すんだと、唸ってしまった。
泣いていたことなど、綺麗さっぱり忘れていた。痛みも、忘れるほどだった。
「どうせこの王朝の命脈は尽きたに等しい。乱世が起きるのは必定だ。だが、俺もまだ力が足りないからな。そのために隠遁する」
「乱世への準備のため、ですか?」
「そうだ、張世平。そのために、またお前達商人を頼ることになるだろう。その時にはまた頼む」
しかし、ここまで来ると、ますます疑問がわく。
「曹操殿が私を買うのは、私が、竜人だからですか?」
そんな疑問に対して、ふっと曹操が笑い、同時に、眼に野心の炎が猛った。
ああ、これぞ曹操だと、思ってしまった。そう思わせる魅力が、この男にはあるのだ。
「それだけなら他の竜人を使う。お前を俺が買っているのは、お前に確かな眼があり、同時に、お前自身が野心を持っているからだ。英雄に会いたいという、な。そして、劉備にも言ったが、俺は野心を持つ奴が好きなんでな。それが理由だ」
そうか。これが、野心か。
心に、急にその感情がわき出てきた。
蘇双のことだけで、いっぱいになっていた自分がいた。
だが、自分の行動指針は、そもそも英雄に会いたいからという、ただそんな単純で、子供じみてて、どうしようもないほどに果てないことだった。それで心が躍るから、そんな英雄相手に商売がしたいからではないか。
思った時、ふらつきながら、曹操に拱手していた。
「曹操殿、いつの日か、我が眼、役立つかと」
「その時を楽しみにしているぞ。また会おう、張世平」
そう言って、曹操達は去って行った。
はぁと、劉備が大きくため息をはいた。
「相変わらずだが、あいつホントに尊大な奴だな」
「だが、なかなか興味深いのは事実だろう、兄者。今後あの男、間違いなく巨大化するぞ」
関羽の言葉は、ほぼ間違いないだろう。
曹操は全てにおいて野心を基礎としつつも、打算で動く。
だから強いのだ。あの男の頭は、恐らく今は隠しているが、生半可ではないほど回ると見ていい。
いずれ乱世の中心に、あの男はいるだろう。
だからこそ、商売のしがいがある。
「そこにおるの、張世平かいな?!」
また、聞いたことのある声が、後ろからした。
後ろを向くと、やはり、平服に身を包んだ、孫堅がいた。
「孫堅、殿? どうして、ここに?」
「ああ、ワイは朱儁の旦那に挨拶しに来たのと、おどれ探してたんや」
「捕まえるため、ですか?」
「んなわけあるか。同じ商人仲間売るバカがどこにおんねん。おどれに渡さなあかんもんがあったんや」
「私に、ですか?」
渡すものとは、なんだろうか。
何か孫堅に預けていたかと思うと、特に何も無いし、情報も今のところはこれといってない。
張角の死についての報酬ももらっている。
はて、なんだろうか。
そう思っているうちに、孫堅が、文を出した。
「手紙や。おどれに、蘇双からや」
思わず、目を見開いた。
劉備の肩から手をどけ、ふらついた足取りでも、大急ぎで、手紙を受け取った。
手紙を開くと、間違いなく蘇双のものだった。蘇双の、直筆の手紙だった。
『張世平。お前がこれを読んでいると言う事は、俺はもうこの世にはいねぇんだろうな。
乱世を見ることなく死ぬのは残念だが、これもまた運命だと思う。最近になって、ようやくそう思えるようになった。
お前には確かな眼がある。竜人としての能力ではなく、人を見ることが出来るという意味での眼だ。その力はそう簡単に付くものじゃねぇ。だからこそ大事にしろ。
そして、その眼で英雄を見極め、それに対し、商売をやれ。それが、お前を強くする。
これが俺の最後の教えだ。
さらばだ、我が一番弟子』
大地に、膝を屈した。
また、止めどなく、涙があふれた。
「蘇双の奴は、いつかこないなること予見しとったんや。で、もし万が一、自分が捕まって死んだら、おどれに渡すように言われとった。こないなもの、ワイかて、渡したくはなかったんや」
孫堅の、歯ぎしりが聞こえた。
蘇双は、全てを見越していた。
それを、自分は見極められなかった。
まだ、足りない。
そう感じるには十分で、同時に、蘇双本人から、言われた気がした。
独り立ちしろ、と。
最後の教えとは、そういうことなのだろうと理解するには、十分すぎた。
劉備の品定めを見て、自分の目が衰えていることに、蘇双は気付いていた。だから、張世平を完全に自分の後進にしようとした。
やたらうんちくがあの頃から増えたのも、そう思えば納得が出来る。
だからこそ、涙を止め、天に向かい、拱手した。
「さらばです、蘇双殿。いや、師匠」
それが、自分にかけられる、言葉だった。
「十分や。十分や、張世平。もう一つ、渡すもんがあるさかい。これも蘇双からや」
そう言うと、孫堅が一つ、鍵を渡した。
見ただけで分かった。
あの中古で買った、輸送車の鍵だった。
「もし自分が死んだら、おどれが自由に使ってええと、そないに言うとった」
「そうですか。なら、私が使いますよ。あれさえあれば、色々と無事ですから」
孫堅が、にやりと笑った。
「張世平、ええ眼になったで。さっきまで死んだ眼ぇしとったが、今はギラギラ光っとる。おどれ、商人としては絶対に伸びるで。これから乱世やから、その機逃すんやないで」
「承知してますよ。その時は、いつでも」
ふらつきながら、立ち上がって、拱手した。
「せやな。頼りにするわ。ついでに、そこにおる劉備と関羽と張飛にも会ったンも、一つの運命かもしれへんなぁ」
「え、なんで俺達のこと知ってんだ、あんた?」
三者とも、頭に疑問符が浮いて仕方がないという表情だった。
「当たり前や。ワイは天下の大商人の孫堅やで? ワイの情報網なめたらあかんがな。おどれら少数寡兵でもごっつう強いってワイら中やと評判やで。せやから、おどれらともいずれ手ぇ結ばせてもらう日ぃ来るかもしれへんな。その時まで、力貯めとくんやで、劉備。乱世は近いで」
「だろうよ。俺の予感もそう言ってやがる。孫堅、次の戦地で会うかい?」
「せやろな。そん時は味方同士で頼みたいことやな」
互いに拱手した後、孫堅は去って行った。
英雄が、三者揃った。
あの三匹の龍が荒れ狂う夢は、この三者を表していたのかも知れないと、今になって張世平は感じた。
きっと、この三人を中心に、乱世は回る。
そうなれば、どれだけ商売の機会が出てくる。
どれだけの機刃が入り乱れる戦場になる。
どれだけ、金が動く。
それを考えると、自分自身が、まだまだやれると、魂が唸るのだ。
さて、一人で商売をやってみよう。
その前に、治療かと、張世平は苦笑した。
劉備の手を借りて、やっと歩いているのだ。
だが、商人の歩みは、存外にそれに似ているのかも知れない。
人と人とが出会って、その果てに実利を結ぶ。
その行程は急なようでいて、意外とゆっくりだ。
そうやって実利を結べる、英雄に会おう。会って、商売をしよう。乱世ならば、それが出来る。
その思いを抱えながら、張世平は劉備に治療してもらい、飯をおごってもらった後、少し寝てから、輸送車に乗り込んだ。
鍵を入れて、原動機を動かすと、あの懐かしくも重低音の音がした。
今度自分は助手席ではなく、運転席に座る。
朝日が昇った。
少しだけ、のびをしてから、舵を握った。
「さて、行くかな」
輸送車が、止めていた場所から出て、街道を行く。
一人の旅路だ。それに対する寂しさはあるが、一方で不思議な縁がまだ転がっているという、希望があった。
窓を開けると、風が吹いてきた。
長い旅になりそうだ。そう予感させる風だった。
(了)





