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機刃-死の商人と三国英雄譚-黄巾の乱編  作者: ヘルハウンド
第五話『乱の終わり、乱世の始まり、そして』
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(8)独り立ち

 市場にて斬首。それが、蘇双に下された罰となった。

 同様の罪として、それ以外に何十人もの商人が斬首となった。見ている町人からは、哀れみと同情、同時に侮蔑の表情が見て取れた。


 斬首される時、蘇双は最期まで、不適に笑っていた。自分はそれを、泣きながら見ることしか出来なかった。

 そのことが、首だけになった蘇双の前に立つと張世平は思い出す。


 蘇双が連れ去られ、その日のうちに斬首となり、自分だけが生き残った。

 また、一人になった。家族が死んだ時と異なり、英雄を欠いた状態で一人になると、一気に、心の中が空虚になった。


 幌を被り、市中をさまよった。どう歩いたかは覚えていない。

 ただ、いつの間にか裏路地に入っていたようだ。そこで、いつの間にか男数名に絡まれた。


 もう、どうでもいい。殴られながら、そう思った。

 蘇双殿のいない世の中に、何の未練がある。


 そう感じていたのに、途中から、殴っていた手が止まり、自分に、その殴っていた男達の返り血が付着していた。

 ハッとして、思わず、天を見た。


「大丈夫か、張世平」


 夕焼け空の中で、気の大きい、男がいた。それも、三人。

 劉備、関羽、張飛だった。

 張飛の蛇矛から、血が滴り落ちていた。これで斬ったのだと、すぐさま分かった。


「何故、ここに……?」

「たまたまだ。ケンカ見てたら一方的にボコられてたから参戦した。それだけだ。しかしひでぇザマだな、おい。玄徳兄、こいつ治療した方がいいんじゃねぇか?」

「張飛、お前、ホントに真っ先に暴漢斬っておきながら、すぐさまその台詞は差がありすぎるぞ」


 張飛の言葉に、関羽が苦笑した。


「う、うるせぇな、雲長兄。いいじゃねぇか、怪我してる奴はそう簡単にゃほっとけねぇよ」


 張飛が、頬を赤くしていた。


「あれだけおめぇの調練滅茶苦茶厳しいくせにか? よく言えるな、おい」


 劉備が、ため息をはいた。

 だが、どうしても疑問がわいた。


「劉備殿達は、どうして、私を助けたのですか?」


 何故、助ける。

 それが不思議でしょうがない。

 竜人だったというだけで斬首を免れたようなものである自分など、価値がないはずなのに、どうして助けるのだろうか。

 それが、どうしても分からなかった。


 劉備が、満面の笑みを浮かべる。


「民を助けるのに、理由がいるか? 俺がそうしたいからそうする。それが俺の乱世の生き方だ」


 変わらない。この人は、変わらないままでいい。

 それだけが、何処か嬉しかった。

 涙が、止まらなかった。

 止めどなく、涙があふれてくる。


 劉備が、張世平に肩を貸した。


「とりあえず、ここを出るぞ。話はそれからだ。な?」


 そう言われて、泣きながら、裏路地を出た。


「なるほど、それがお前の生き方か」


 出て早々に、聞いたことのある声がして、涙をぬぐった。

 また、気の大きな男達がいた。

 曹操と、従える四人の将だった。しかし、あの赤い甲冑ではなく、朝服だった。

 だが、それすら赤い。

 ああ、この人結構派手好きなんだなと、少し苦笑した。


「なんだよ、曹操。お前こんなとこで何してんだ?」

「仕事帰りだ。ついでに、俺自身がどうするかを、多少考えてもいた」

「あんた済南(さいなん)の役人になったんだってな。お前はこれで終わりか?」

「そんな訳あるか。俺はどっかしかで適当な理由を付けて隠遁しようと考えてる」


 全員が、目を見開いていた。

 自分も、同様だった。

 いったい何を言い出すんだと、唸ってしまった。

 泣いていたことなど、綺麗さっぱり忘れていた。痛みも、忘れるほどだった。


「どうせこの王朝の命脈は尽きたに等しい。乱世が起きるのは必定だ。だが、俺もまだ力が足りないからな。そのために隠遁する」

「乱世への準備のため、ですか?」

「そうだ、張世平。そのために、またお前達商人を頼ることになるだろう。その時にはまた頼む」


 しかし、ここまで来ると、ますます疑問がわく。


「曹操殿が私を買うのは、私が、竜人だからですか?」


 そんな疑問に対して、ふっと曹操が笑い、同時に、眼に野心の炎が猛った。

 ああ、これぞ曹操だと、思ってしまった。そう思わせる魅力が、この男にはあるのだ。


「それだけなら他の竜人を使う。お前を俺が買っているのは、お前に確かな眼があり、同時に、お前自身が野心を持っているからだ。英雄に会いたいという、な。そして、劉備にも言ったが、俺は野心を持つ奴が好きなんでな。それが理由だ」


 そうか。これが、野心か。

 心に、急にその感情がわき出てきた。


 蘇双のことだけで、いっぱいになっていた自分がいた。

 だが、自分の行動指針は、そもそも英雄に会いたいからという、ただそんな単純で、子供じみてて、どうしようもないほどに果てないことだった。それで心が躍るから、そんな英雄相手に商売がしたいからではないか。

 思った時、ふらつきながら、曹操に拱手していた。


「曹操殿、いつの日か、我が眼、役立つかと」

「その時を楽しみにしているぞ。また会おう、張世平」


 そう言って、曹操達は去って行った。

 はぁと、劉備が大きくため息をはいた。


「相変わらずだが、あいつホントに尊大な奴だな」

「だが、なかなか興味深いのは事実だろう、兄者。今後あの男、間違いなく巨大化するぞ」


 関羽の言葉は、ほぼ間違いないだろう。

 曹操は全てにおいて野心を基礎としつつも、打算で動く。

 だから強いのだ。あの男の頭は、恐らく今は隠しているが、生半可ではないほど回ると見ていい。

 いずれ乱世の中心に、あの男はいるだろう。

 だからこそ、商売のしがいがある。


「そこにおるの、張世平かいな?!」


 また、聞いたことのある声が、後ろからした。

 後ろを向くと、やはり、平服に身を包んだ、孫堅がいた。


「孫堅、殿? どうして、ここに?」

「ああ、ワイは朱儁の旦那に挨拶しに来たのと、おどれ探してたんや」

「捕まえるため、ですか?」

「んなわけあるか。同じ商人仲間売るバカがどこにおんねん。おどれに渡さなあかんもんがあったんや」

「私に、ですか?」


 渡すものとは、なんだろうか。

 何か孫堅に預けていたかと思うと、特に何も無いし、情報も今のところはこれといってない。

 張角の死についての報酬ももらっている。

 はて、なんだろうか。

 そう思っているうちに、孫堅が、文を出した。


「手紙や。おどれに、蘇双からや」


 思わず、目を見開いた。

 劉備の肩から手をどけ、ふらついた足取りでも、大急ぎで、手紙を受け取った。

 手紙を開くと、間違いなく蘇双のものだった。蘇双の、直筆の手紙だった。


『張世平。お前がこれを読んでいると言う事は、俺はもうこの世にはいねぇんだろうな。

 乱世を見ることなく死ぬのは残念だが、これもまた運命だと思う。最近になって、ようやくそう思えるようになった。

 お前には確かな眼がある。竜人としての能力ではなく、人を見ることが出来るという意味での眼だ。その力はそう簡単に付くものじゃねぇ。だからこそ大事にしろ。

 そして、その眼で英雄を見極め、それに対し、商売をやれ。それが、お前を強くする。

 これが俺の最後の教えだ。

 さらばだ、我が一番弟子』


 大地に、膝を屈した。

 また、止めどなく、涙があふれた。


「蘇双の奴は、いつかこないなること予見しとったんや。で、もし万が一、自分が捕まって死んだら、おどれに渡すように言われとった。こないなもの、ワイかて、渡したくはなかったんや」


 孫堅の、歯ぎしりが聞こえた。

 蘇双は、全てを見越していた。

 それを、自分は見極められなかった。


 まだ、足りない。

 そう感じるには十分で、同時に、蘇双本人から、言われた気がした。


 独り立ちしろ、と。


 最後の教えとは、そういうことなのだろうと理解するには、十分すぎた。

 劉備の品定めを見て、自分の目が衰えていることに、蘇双は気付いていた。だから、張世平を完全に自分の後進にしようとした。

 やたらうんちくがあの頃から増えたのも、そう思えば納得が出来る。

 だからこそ、涙を止め、天に向かい、拱手した。


「さらばです、蘇双殿。いや、師匠」


 それが、自分にかけられる、言葉だった。


「十分や。十分や、張世平。もう一つ、渡すもんがあるさかい。これも蘇双からや」


 そう言うと、孫堅が一つ、鍵を渡した。

 見ただけで分かった。

 あの中古で買った、輸送車の鍵だった。


「もし自分が死んだら、おどれが自由に使ってええと、そないに言うとった」

「そうですか。なら、私が使いますよ。あれさえあれば、色々と無事ですから」


 孫堅が、にやりと笑った。


「張世平、ええ眼になったで。さっきまで死んだ眼ぇしとったが、今はギラギラ光っとる。おどれ、商人としては絶対に伸びるで。これから乱世やから、その機逃すんやないで」

「承知してますよ。その時は、いつでも」


 ふらつきながら、立ち上がって、拱手した。


「せやな。頼りにするわ。ついでに、そこにおる劉備と関羽と張飛にも会ったンも、一つの運命かもしれへんなぁ」

「え、なんで俺達のこと知ってんだ、あんた?」


 三者とも、頭に疑問符が浮いて仕方がないという表情だった。


「当たり前や。ワイは天下の大商人の孫堅やで? ワイの情報網なめたらあかんがな。おどれら少数寡兵でもごっつう強いってワイら中やと評判やで。せやから、おどれらともいずれ手ぇ結ばせてもらう日ぃ来るかもしれへんな。その時まで、力貯めとくんやで、劉備。乱世は近いで」

「だろうよ。俺の予感もそう言ってやがる。孫堅、次の戦地で会うかい?」

「せやろな。そん時は味方同士で頼みたいことやな」


 互いに拱手した後、孫堅は去って行った。


 英雄が、三者揃った。

 あの三匹の龍が荒れ狂う夢は、この三者を表していたのかも知れないと、今になって張世平は感じた。

 きっと、この三人を中心に、乱世は回る。


 そうなれば、どれだけ商売の機会が出てくる。

 どれだけの機刃が入り乱れる戦場になる。

 どれだけ、金が動く。

 それを考えると、自分自身が、まだまだやれると、魂が唸るのだ。


 さて、一人で商売をやってみよう。

 その前に、治療かと、張世平は苦笑した。


 劉備の手を借りて、やっと歩いているのだ。

 だが、商人の歩みは、存外にそれに似ているのかも知れない。

 人と人とが出会って、その果てに実利を結ぶ。

 その行程は急なようでいて、意外とゆっくりだ。

 そうやって実利を結べる、英雄に会おう。会って、商売をしよう。乱世ならば、それが出来る。


 その思いを抱えながら、張世平は劉備に治療してもらい、飯をおごってもらった後、少し寝てから、輸送車に乗り込んだ。

 鍵を入れて、原動機を動かすと、あの懐かしくも重低音の音がした。

 今度自分は助手席ではなく、運転席に座る。


 朝日が昇った。

 少しだけ、のびをしてから、舵を握った。


「さて、行くかな」


 輸送車が、止めていた場所から出て、街道を行く。

 一人の旅路だ。それに対する寂しさはあるが、一方で不思議な縁がまだ転がっているという、希望があった。


 窓を開けると、風が吹いてきた。

 長い旅になりそうだ。そう予感させる風だった。


(了)

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