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機刃-死の商人と三国英雄譚-黄巾の乱編  作者: ヘルハウンド
第五話『乱の終わり、乱世の始まり、そして』
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(6)ひとかどの英雄の生き様

 四人だけで、張角のいる部屋にいた。

 張角が入るに当たって護衛の信徒が複数入ろうとしたが、張角の一声で外で待機することになった。

 部屋は広いが、寝台と祈祷所があるくらいで、それ以外は質素な作りをしていた。


 しかし、張角の傍らにいる女性は何者なのかという疑問が、張世平には尽きない。

 どうも張角の性格からして女性にうつつを抜かすとは思えないし、かといって女性は黄巾の信徒という風でもない。

 何せ黄巾は付けていないからだ。


「張世平、あんな女前にいたか?」


 実際、案内されている最中に、蘇双がこう言ったくらいだった。自分も見たことがない。


「やせ細りましたな、張角殿」


 蘇双が、苦笑しながら言った。

 同時に、眼に少し、諦念の感情が見え隠れしていた。

 死を悟ったのだろうと、直感した。


「乱になり、私は傷ついた信徒に対し癒やしの術を使い続けた。結果がこのザマだ。もっとも、この乱を激化させたのはおぬし達だ。私は、おぬし達に利用されたのだな?」


 張角もまた、苦笑しながら言った。

 改めて見ても、張角の気は小さくなった。まるで別人と対しているのではないかと、思ってしまうほどだった。


「張角殿は、ずっと信徒に癒やしを施してきました。傷ついた信徒に対し、やり続けた。私は、張角殿自身の気を癒やすように祈祷しましたが、残念ながらそれ以上に使われてしまった。結果が、今の状態です」


 女性からは、少し無念さが見て取れた。


「失礼しますが、あなたは? 昔、太平道に来たときにはいらっしゃいませんでしたよね?」


 張世平が聞くと、一瞬だけ、女性が不敵に笑った気がした。

 何故か、それを見て悪寒が走った。

 だが、それも一瞬だった。ただの見間違いだろうと、張世平は思うことにした。

 実際、女性の表情からは、変わらず無念さがにじみ出ているのだから。


「失礼しました。私は貂蝉(ちょうせん)。流れの祈祷師をやっております。信徒ではないものの、太平道からどうしてもと依頼されましてね」

「なるほど、そうした事情でしたか」


 貂蝉は静かに礼をした。

 自分達もそれに習い、礼をする。

 所作や佇まいは落ち着いている。


 だが、何かを感じさせる女性だと、思ってしまった。どうも、何かが引っかかって仕方がないのだ。

 しかし、それを追求するのは今ではないだろうと、張世平は思い返し、張角を見つめた。


「張世平、おぬし、私の気が見えるか?」

「見えます。陰に、覆われております。残念ですが、長くはありません。今でもその陰は、徐々に広がり続けている」

「だろうな。張世平、おぬしが蘇双に言ってから、今の私達の関係は始まった。おぬしは、私に何を見たのだ?」


 ふぅと、一度息を吸った。

 今だから紡ぎ出せる言葉があると、張世平には感じている。

 そしてそれ自体が、一代の英雄へのせめてものはなむけだと、張世平は思った。


「あなたの気を見て、そしてあなたの気概を見て、私の魂が、あなたに英雄としての基質があると囁いたのです。だから見たかった。あなたが何処まで英雄として生きられるのか。そして、あなたが乱世へと向かうこの世で、更に大きく輝くことが出来るのかを。この乱で、あなたの魂は見事に輝きました。そうでなければ、ここまで大規模な反乱にはならなかったでしょう」

「しかし、張世平、知っているだろう。私が、最初は乱を望まなかったことを」

「ですが、あなたは馬元義殿の死を知った時、その怒りから乱を早めた。その怒りの果てに、乱はここまでいったのです」

「だが、私以外に数多の英雄がいるのを見た。だから、おぬし達はそこら中と手を結んだ」

「はい。乱世が近づくこの世の中で、腐敗した世の中で、それを払拭しようとする者がおります。それも、最低でも三人は」

「いるのだな、私以上の英雄が」

「英雄に順位を付けることは出来ません。英雄とて人間です。完璧な者ではない。得手があれば不得手もある。だから、あなたより優れているかどうかは、私には判断しかねます。ただ、これだけは言えます」


 力強く、拱手した。


「張角殿、あなたは確かに、希代の英雄です」


 これが、自分の事実だった。

 張角と話していた時、少し満たされるような、興味深いような、同時に、利益になりそうな、そんな感じがずっとしていた。

 だから話していたかった。

 だが、それが終わるのだと、張角の眼自身が告げていた。


 張角が、一度目を閉じた。


「分かった。なら、私の役目はここで終いよ」


 張角が目を見開いた瞬間、一気に吐血した。

 立ち上がった瞬間、信徒が一斉に入ってきた。


「張角様!」

「大賢良師様!」


 張角が、肩で息をしていた。

 息は荒く、それだけで分かった。


 もう、この男は死ぬ。


 口々に信徒が心配する声を上げるが、それも聞こえているか分からなかった。

 ただ、何故か、張角は安らかに微笑んでいた。


「張角殿、我々との取引、これにて手切れです」


 蘇双が、静かに言った。


「それで良い。私はもう死ぬ。同時に、太平道も終わる……。これにて、我が乱もまた、終いだ」


 再度、張角が血を吐いた。


「良いか、我が信徒よ。私の後を追うことは禁ずる。私は私一人で死ぬのだ。誰かが殉教することを私は望まぬ。同時に、この者達に危害を加えることも禁ずる。良いな」


 信徒が、血涙を流しながら、拱手した。

 だが、全員の目から感じたのは、最後の輝きにしか見えなかった。

 ろうそくの炎が、最後の一瞬だけ光り輝く様に、何処か似ていた。


 張角が、上を向いた。


「天よ、我今よりそちらへ逝かん」


 張角が、天に両手を伸ばした。

 そして、そのまま、動かなくなった。

 瞳孔が開き、呼吸が聞こえなくなり、そして、気が、何も見て取れなくなった。

 貂蝉が張角の手の脈を取り、首を振った。

 張角が死んだと、誰もが分かった。


 瞬間、血涙を流していた信徒が、一斉に崩れ落ちた。

 誰が泣くわけでもない。ただ、眼に虚無の表情が見えて取れた。

 それは徐々に、部屋の外へと波及し、そして、一瞬にして総本山は静寂の地になった。


 静かに、張世平は蘇双と共に張角に対し一礼した。


「さらばです、一代の英雄よ」


 言って、部屋を出た。

 貂蝉が、後ろから付いてきた。表情は、相変わらず凜としている。

 総本山を出るまで、ずっと虚脱状態の信徒と出会い続けた。この組織は終わったのだ。そう、感じざるを得なかった。


 外に出ると、朝日が昇った。

 眼を細めた。


「終わったな、一つの時代が」

「同時に、我々の一つの仕事もまた、終いです」


 蘇双が、静かに頷いた。


「貂蝉、あんたはこれからどうする?」


 蘇双が、貂蝉の方を向く。

 貂蝉は、ただ静かな佇まいのままだった。


「私は、流れ者です。しかし、時代が必要とする時に、私はまた現れるでしょう。そんな予感がするのです。しばらくは、旅に出ますよ」


 貂蝉が、少しだけ優しく微笑んだ。

 それを最後に、貂蝉の気配が消えた。

 いつの間にかいなくなった。そんな印象がぬぐえなかった。


「不思議な人でしたね」

「張世平、ああいう女には気をつけろよ。何かあるぞ」

「分かりました。出来るだけ、気をつけるようにします」

「それでいい。皇甫嵩の所に戻るぞ」


 風が吹く。少し、冷たい風だった。

 もう十月になったのだと、ふと気がついた。

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