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機刃-死の商人と三国英雄譚-黄巾の乱編  作者: ヘルハウンド
第三話『劉備、関羽、張飛の義兄弟』
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(5)先物買い

 既に、朝になっていた。

 帰って丸一日、輸送車の中で二人揃って唸り続けた。


「気は大きい」

「はい」

「英雄の素質はある」

「はい」

「三人とも武勇もあるし、機刃も操縦出来る」

「はい」

「しかし金が」

「ない」


 結局蘇双と張世平で散々話し合ったが、そこにたどり着いてしまう。

 太平道の場合は信徒百万という膨大な数と、乱世を確実に巻き起こせるというまず間違いなく金になる商材があった。

 曹操の場合は漢軍に属している上、若く実力もあり、更には各名将のお墨付きもあったから間違いなく商材の種になるから契約した。


 しかし、今回の劉備に関しては、どうだ。

 先導者基質は間違いなく本物だ。見ず知らずの関羽と張飛という化け物二人が、あっさりと付く地点で何かそういう人を惹きつける物がある。

 志も相当に高いし、盧植の元で学んだために漢軍との繋がりもなくはない。


 しかし、絶望的に金がない。

 つまり、劉備への投資は完全な先物買いになる。今までと違い、相当慎重にやらなければこちらが大損をする羽目になる。

 それだけは避けなければならない。


「張世平、お前、やはりあの三人を乱世に出したいか?」

「あれだけの気の大きさがあれば、希代の英雄になれるのは間違いないかと。問題は、その気の扱い方を本人が分かっているか、ですが」

「そこだ、俺が慎重にならざるを得ないのは。確かにあの劉備は本物だ。それは俺も認める。だが、博打がすぎる」

「しかし、かといってこの積み荷、どうにかしない訳にもいかないでしょう? 流石に漢軍からの物をそのまま太平道に横流しするわけにもいきませんし」

「太平道に横流しするのに、機刃本体を直接明け渡すわけにゃいかんわな。だから迷ってんだ。劉備一統にこの武装群全て明け渡すか、否かをな」


 水を、蘇双が一杯飲んだ。


「私は、全部供与してもいいと思います」


 張世平の言葉に、蘇双が水を飲む手を抑え、少し顔を近づけた。


「何故そう思う?」

「まず、あの先導者基質。あれは張角殿の物と異なり、術などによる後天的な物ではなく、先天的なものだからです。それを備えている人間など、ごく僅かです。即ち、それだけ劉備殿達が大規模な軍勢に膨れあがる可能性がある。そうすれば我々の貸した金など、瞬時に帰ってきましょう」


 ふむ、と蘇双が唸る。


「二つ目にここ最近増えている賊徒です。あれは全て太平道を騙っている。昨日も言ったように、太平道自体が制御不能になっている場合、信徒達がこれと同じように賊徒化していくのは目に見えています。太平道の信徒は、元は農民集団です。しかし、その太平道が乱を起こしたと言う事は、即ちこの乱は民による反乱ということになります。それを朝廷が許すとは思えない。となれば、信徒が帰農することは困難になりましょう。そうなれば生きるためには賊になる以外に手段はありません。賊は何処を襲撃するか分かったものではありません。即ちそれの防衛にどこもかしこも躍起になります。劉備殿がそれに呼ばれないとも限りません。そうなればその報酬で貸した金銭が帰ってくる見込みもあります」

「劉備が賊徒になる可能性は?」

「ほぼないと思います。あの会話を聞く限り、あの人の理想の根幹は自分が帝になって漢王朝を立て直すという野心的な物です。それも乱による物ではない。仮に乱を起こすとすれば、もっと早くに動いているはずです。ですが、動いていない。それに、あれだけ困窮した家庭にも関わらずあの志を持ち、なおかつあの腕前です。賊徒になって稼ぐ方が遙かに楽なのにそれをしない。ということは、間違いなく」

「高潔な人物、ってわけか」


 張世平が、頷いた。


「だから賭けてみろ。そう言いてぇんだな、張世平」

「はい」

「しかし、お前、何故そんなに劉備に肩入れする? お前が英雄を見たいってのは分かるが、それにしたところでいきなりすぎるだろ? 俺にはそれが疑問で仕方なかった」


 蘇双が乗り出せない理由はこれだったのかと、張世平は今になって腑に落ちた。

 考えてみれば、自分は劉備達に凄まじく肩入れしすぎている感がある。

 商人の基本は誰でも平等に、だ。

 だからこそ、それの原則を破ってまで、何故自分がそんなに肩入れするのか、蘇双からすれば不思議でならなかったのだろう。


「蘇双殿、私は、英雄の生まれる瞬間が見たいのです。英雄が英雄として生きられるのが乱世なら、それを支えられる商人になりたい。蘇双殿が私を買ってくださった時のように、私は劉備殿にとっての蘇双殿になりたい。それではいけませんか?」


 自分でも驚くほど、熱くなっていた。

 これが自分の言葉なのかと、思わずにはいられなかった。


 だが、心が熱いのだ。

 このときを逃してはいけないと、魂が唸るのだ。

 だから、いつの間にか言っていた。口が、止まらなかった。


 蘇双が、苦笑した後、不敵に笑った。

 蘇双の気が、大きくなった。


「いいだろう。張世平、お前、一人でやってみるか、この仕事」

「え?」


 思わず、目を丸くした。

 一人でやってみろ。そう言われたのだ。

 こんなことは、初めてだった。


「出来ますか、私に?」

「出来る。お前なら出来る。それだけ考えてんだ。十分だ。まずは何事も経験だ。やってみろ、張世平。お前の判断に、俺は任せるぜ」


 そう言った後、張世平の頭を蘇双がなでた。少し、ゴツゴツした感触がする。

 もう一六だというのに、そんなことされたのは久しぶりだった。

 なんだか、少し嬉しかった。


「やってみます、お任せを!」


 拱手し、輸送車から出た。

 朝日が昇る。

 少し、目を細めた。

 長い一日が始まる。そう、張世平には思えた。

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