一〇月三一日・ハロウィン
一〇月三一日──ハロウィンの名で親しまれているイベントが催される日。
生前の私は、仮装により街を練り歩くお化けたちや暗闇が怖かったというのが一つ。
それに、定型句となっている「トリック・オア・トリート!」。あれを大声で発せられることにより、持病を悪化させ、仮装無しでお化けになるところでした。
仮装じゃなくて火葬するのはごめんですよ。
死者の霊がやって来た際に、お化けたちのフリをするために始まったのが仮装……らしい。
ですが、霊のフリをされたせいで私がリアルゴーストになるのは嫌ですからね。
そんなお化けたちから身を守るために結界──もとい自室で引きこもって読書をしているのは私、セリア・リーフです。
窓辺にイスを置き、ハロウィンのお菓子をもらいに回る子供たちの声を聞きながら、本と窓の外にと交互に目をやる。
ちょうど私の読んでいる本が、お菓子をもらいに来た、主人公である女の子の友人にイタズラでえっちぃことをさせられる展開なんですが、私にも起きないですか?
部屋の電気と月明かりに照らされてキラキラと波立つコーヒーを一口飲み、また文字の海へと目を戻す。
それからしばらく文字を追っていると、突然、コンコンと扉がノックされる。
『セリアさーん、入っていいですか?』
扉越しに元気にかけられた高い声は、この家に住む少女にして、《ラングエイジ》王女である、アイリス・フェシリアのもの。
「ええ、どうぞ」
『失礼しまーす!』
勢いよく開けられた扉の先にいたのは、学院の制服に身を包んだアイリス──ではなく、なにやらコスプレをした姿だった。
黒いマントを羽織り、口元にはキバが覗いている。可愛いんですけど。
「あの……その格好は一体?」
「どうですか? きゅーけつきです!」
「可愛いですね、襲ってもいいですか?」
「かわっ……ありがとうございます……。でも、襲うのは吸血鬼のほうです!」
「それなら早くしてください」
私がバッと手を広げて、迎える体勢を取ると、アイリスは引き気味に答える。
「いや……と、トリック・オア・トリート! お菓子をくれないとイタズラしますよ~?」
「お菓子はあげません。イタズラしてください」
「嘘だ……予定と違う……メイドさーん! 助けてくださいー!」
逃げるように帰っていくアイリス。マントに足を取られて転んでいたのは内緒です。
はぁ……結局アイリスからイタズラされなかったじゃないですか。
なんだか冷めてしまった私とともに冷たくなったコーヒーをまた一口。
カーテンを閉め、気分を変えようとテレビを点ける。
どのチャンネルを観てもハロウィンパーティー一色。街で開かれているハロウィンイベントについても取り上げられている。
中にはカップルで参加している人たちもいるそうで、アイリスと一緒にいられない私を煽っているよう。あわやテレビを壊しそうになりましたよ。
暇ですね……。また誰か攻めてきませんかね。イラのコスプレとか見てみたいんですけど、着てくれたりしませんか?
ポチポチとチャンネルを変えていると、ハロウィン特番としてやっていた、怖い話特集にぶち当たる。
「ひっ……!」
驚いたせいでイスから転げ落ち、尻餅をついてしまう。
痛みからか恐怖からか。思わず目から流れる涙。あわててリモコンを操作し、目の前にある恐怖を消し去る。
「セリアさん! 大きな音が──えっ、泣いてるんですか!? 大丈夫ですか?」
「あ、アイリスぅ~! 怖かったですー!」
「なにか知りませんけど、わたしがいるので大丈夫ですよ。よしよし」
アイリスに頭を撫でられ、それによる快感に身を流す。
腰元に抱きつき、アイリスの腹部に顔を押し当てる。
「……もっとしてください」
「いいですよ。よしよし~」
人から撫でられることによる心地よさに、思わず眠気に誘われそうになる。
私はアイリスから離れると、目元をゴシゴシと服の袖で拭う。
「……ありがとうございます。お恥ずかしいところをお見せしましたね」
「そうですか? わたしからしたら、可愛いと思いましたけど」
「そ、そうですか……」
いつもは私がアイリスに可愛い可愛いと言っていますが、いざ自分が言われると照れますね。
自分でもわかるくらいに頬が熱くなっている。さぞ他者から見れば顔を真っ赤にしていることでしょう。
なんだか私らしくない気がします。
もしやハロウィンで浮かれでもしているのでしょうか。いやいやそんな。
「そうだ、下にイラさんたち来てますよ。呼んでおきますね」
「はい、お願いします」
おや? 私の願いが叶いましたか? イラのコスプレ、楽しみですね!
ワクワク期待に胸を膨らませていると、階段を上っているであろう、トントンという小さな音。
「セリア、トリック・オア・トリート! お菓子をくれないとイタズラするわよ!」
扉を開ける勢いが強すぎるんですけど。壊れたらどうするんですか? 責任取れるんか?
それはともかく、イラのコスプレは……
「は? なんで普段着なんですか」
「えっ、ダメだったかしら?」
「ダメですよ。なんの仮装ですか」
「んー、えーっと……大学生の日常のコスプレ」
「そんなのダメに決まっているでしょう。やり直してください」
「でも仮装って、街のみんながしてる恥ずかしいやつじゃ……」
渋るイラに軽く睨みを効かせ、半ば脅す形で仮装をさせることに。
やらんとどうなるか、わかっとるやろうな?
「ご、ごめんなさい……やり直します……」
「可愛いので来てくださいね。じゃないと、私が用意したえっちぃの着てもらいます」
「え……うわーん! セリアがイジメるぅー!」
泣きながら逃げ帰るイラ。コスプレ期待してますよー!
扉から廊下を覗きながらイラを見送る私。
入れ替わるようにやって来たのはアイリス。その口元はなにやらニヤついている。
「ふっふっふっ……セリアさんにイタズラを持ってきましたよ」
「ようやくですか、待っていましたよ」
さてさてどんな展開になるかと思えば、肩を押されて、そのままベッドまで。
少し乱暴に押し倒され、覆い被さる形でアイリスが四つんばいに。
もしやこのあとは──
「セリアさんにこれを持ってきました」
「んー……いや、キスとかじゃ……なんですかそれ。もしかして──」
「そうです、魔女のコスプレです! セリアさんにも着てもらいますよ!」
「えっ、いや、嫌だ……」
「問答無用です!」
私よりも運動のできるアイリスは、私なんかの腕力では太刀打ちできず、あれよあれよという間に制服を剥ぎ取られる。
アイリスの用意した魔女っ子衣装を着させられ、そのまま制服は没収された。
「待ってください。これ、スカートが短いです。恥ずかしいんですけど」
「イタズラなんですから、普通の格好じゃ意味がないってメイドさんが言ってました」
確かにそのとおりではあるんですけど。余計なことを言ったかもしれませんね……
まあ、スカートが短いだけで、上の服に関しては露出は少ないのでよしとしますか。
「セリア! ちゃんと仮装してきたわよ! ……って、あはは、なにその格好! 似合ってるわよ」
「あなたこそ、なんですかその格好は」
「スペルビアから、これが一番いいって言われたのよ」
「ですが、首輪とかどう見てもペットにしか見えないですよ」
「……スペルビアぁー!!」
イラが怒りで飛び出していったことで、波乱のハロウィンが去っていった。
ちゃんと体験したのは初めてなのに、なんでこんな結果に……
私は魔女の三角帽子のツバをつまみながら、そんなことを考えた。