第12話 彼は決して不幸では無いと断じる
こんにちは魂夢です。そろそろシリアスに舵を切っていきますよ~。
試験一週間前は皆いつにも増して慌ただしい。ある者は教室で談笑しながら勉強(笑)に励み、またある者は自習室で静かに自習していた。
だが、俺と扶桑花は何も変わってはいなかった。否、部活には行っていない。
今日も俺たちは真っ直ぐ帰路につくだろう。家に帰って勉強するわけでもなく、部活に入る前と同じようにだ。
「なぁ荻野。ボーっとしてっぞー?」
言って、鶴城は俺の目の前で指ぱっちんを二、三度繰り返した。
俺はハッとして扶桑花から目を逸らす。
「最近どうかしたか? もしかして扶桑花に惚れたとか」
鶴城はニカっといたずらっ子のような笑顔を見せる。
俺がうんざり気味に鶴城を見ていると、彼はつまらなそうに笑みを消した。
「俺は──」
「わーってるよ、わーってる。お前のことなんてお見通しだ」
言わなくたって、そう彼は付け加えた。まるでお前は不幸者だと言いたげな瞳で。
俺は決して不幸なんかじゃない。あの無駄な努力たちのお陰で俺は努力の無意味さを知れたのだから。
俺は止めていた手を動かし、弁当を頬張った。
○
俺にとっては、いや、俺と扶桑花にとっては試験一週間前の期間の居心地は悪くない。
部活だるいわーとか言ってる愚か者どもを見かけずに済むからな。とはいえ、部活仲間で勉強してるのを見かけることはあるが……。
この試験が終われば次は一学期最後の試験、そのあとは夏休み。
夏休みに部活は……、あるだろう。あの先生のことだ、きっと無理にでも部活動を俺に強いるだろう。
俺はいつものように下駄箱から靴を取り出して履く。
なんだか校門から出るのは気が引けて、俺は人気の無い裏門に足を運んだ。
「おい! 今日ゲーセン行くんだけど、金、貸してくれるよなぁ?」
俺の耳に怒声が飛び込んでくる。声の主は裏門付近の用具庫の中にいるようだ。
「そ、そんな、もうお金無いよぉ……」
「なら親の財布から盗んでこいよ!」
ガシャン! 音から察するにいじめっ子らしき人物が何かを蹴りつけたようだ。
それに合わせるようにして、いじめられっ子らしき人物は、ひぃと短く悲鳴をあげる。
イジメの現場を押さえることも今ならできただろう。
けれど、俺があのいじめられっ子を助けてやる義理は無い。
俺はその声に聞き覚えがあると思いつつも、その場を立ち去った。
○
監督の先生の声で、クラス全員一斉にプリントをひっくり返す。
それは俺や扶桑花も例外では無い。
ノー勉だからとは言え、それなりの点数を取って赤点はしっかり回避するのが俺たちのやり方だ。
試験期間と呼ばれる三日間はすぐに過ぎ去り、また部活動が始まる。
最後の試験が終わり、俺はすぐに部室へと足を運んだ。
「久しぶりね」
先に部室にいた扶桑花が俺にそう声をかけた。恋綺檄の姿はまだ見えない。
「テスト、どうだった? ノー勉で大丈夫だったか?」
俺が席に着きながらそう言うと、扶桑花はフっと微笑を浮かべる。
「バカね、私を誰だと思ってるの? 頭脳明晰、品行方正、容姿端麗の扶桑花 麗良よ? 赤点なんて取るわけないじゃない」
「事実だとは言えドヤ顔で言うなよ。あと頭脳明晰とか言っといて全部満点取れるとかじゃなくて赤点回避なんだな」
俺がそう言うと扶桑花は口に手を当てフフフと笑い、俺もつられるようにして少しだけ笑った。
不思議と、心地良かった。俺はぼっち部を居場所として認識してきているのかもしれない。
俺と扶桑花と恋綺檄との三人で駄弁ったり、ゲームしたりするのは、思い返せば確かに心の底から楽しいと呼べていたような気がする。
「ごめん! 間に合った?」
「安心しろ、この部活に遅刻とかいう概念ねーから」
えへへと笑いながら恋綺檄は席に座る。
一つの机を三人で囲む。俺の対面に扶桑花、で俺の隣に恋綺檄、扶桑花の隣は空席だ。
ここが俺の定位置、そしてここが、俺の居場所。
俺はもうそう感じていた。