表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/62

彼岸花 part17

寛の授業、最後までお付き合いください。

「さて、準備に少し時間がかかりましたが、今から始めようと思います。今日は特別編ということで中学生以上を対象に行います。理由は扱う内容が内容だからです。精神的な負担を考えてこのような形を取りたいと思います。小学生以下のお子さんには親御さんの方からお子さんが成長したときに伝えていただきたいです。」


いつものように保護者の人たちはメモを用意していた。病院の先生方もメモを用意している。おそらくだが日向さんが宣伝したときに少しだけ内容を言っていたのかもしれない。


「この授業をこのときこの場所でするべきなのか正直悩みました。自分が今からする授業はこのときこの場所には決して相応しくなかったからです。この命を救うための施設内で失うことを教えようとしてます。今回の授業の内容は『死』です。」


保護者の方は少しざわざわし出している。その中にはさくらの両親もいた。先生方があまり反応がなかったということは日向さんが内容を少し喋ったことは確定みたいだ。


「難しくて重い内容になります。でも、今このテーマをしないといけないと自分が判断しました。もし、内容がよく無く、教師として相応しくないと思った方が1人でもいたら自分はこの職を辞めようと思います。ですので最後までしっかり聞いていただけると幸いです。」


自分が授業の枕詞をいい終わると隼人が立ち上がり、この場を立ち去ろうとする。


「隼人。待ってくれ。この授業はお前に向けての授業なんだ。頼む。聞いてくれ。」


隼人に向けて深々と頭を下げた。


「あんたに何がわかるんだよ。」


隼人が声を荒上げる。自分は頭をあげて、


「わかるさ。俺は2回家族全員を失っているんだから。」


自分は優しく諭すようにいった。隼人は驚いたのかその場に立ち尽くしてしまった。


「だから、経験者としてお前に伝えたいことがあるんだ。」


隼人に近づき肩を持って座らせた。


「中断してすいませんでした。では続きを始めましょうか。」


自分はホワイトボードの前に戻った。


「自分がこの授業を作り始めたのは1ヶ月前くらいからです。毎回のように授業を聞きにきてくださる保護者の方にはわかると思いますが自分の様子が少しおかしかった時はありませんでしたか?大体その頃です。そもそも自分がこの病院で教師をし出したのは、ある子から日向さんに向けてのお願いでした。その子は学校が好きだけどなかなか行くことができない。だから病院の中に学校を作って欲しいというお願いでした。そのお願いに白羽の矢がたったのが自分でした。教員免許を持っていて近くにいる人材。とても好都合な人間だったのかもしれないです。最初授業の依頼を受けるときにその子の病名と状態だけ聞かされていました。自分はそのときその子がどの子かを聞くことはしませんでした。生徒によって態度の変わる教師にはなりたくなかったからです。そこから自分とその子と仲良くなって行きました。元々の知り合いの大切な人ということもあって仲良くなるのには時間はかかりませんでした。でも、手紙を送るという授業の時にその子が自分に手紙を送ってきてくれました。その時に授業をお願いした子がわかったんです。ちょうど自分がおかしくなった頃と重なりませんでしたか?そこから自分は日向さんに確認をしに行きました。その子の状態がどんどん悪くなっていることをその場で知らされました。その時から自分は最悪の場合を想定してこの授業を作り出しました。」


隼人は依然下を向いたまま。


「自分もこんな授業はしたくはありませんでした。自分の役割は来ない方が良かった。でも、自分の役割はその子じゃなくて残された人のためだからやるしかない。病院の先生方の仕事は病人の病気を治すこと。教師である自分の役割は残された人を死の呪縛から救い出すこと。だからわざわざ、さくらの大事な人をここに呼びました。」


さくらの両親に向けて一礼した。隼人は少しだけ顔を上げて自分の顔を見た。


「先ほども少しだけ口走りましたが、自分は2回家族全員を亡くしています。自分だからこそ話せる死からの克服を離そうと思います。」


ここからが本題。自分がホワイトボードに文字を書き始める。


「まずは、命の価値はどのくらいなんでしょうか?世界的に見てどこの国も人の命を大切にする傾向にあります。当たり前と言ってしまえばそれまでですがせっかくの機会なので考えて見ましょう。」


人の命が大切なのは究極の当たり前だとは思う。こんなこと聞かれない限りまず考えもしないことだとは思う。


「なぜ大切なのか?そう思うということは何か必ず理由がある。それは何かな?意見がある人はいますか?保護者の方、先生方でも構いません。」


まあ、当然の如くなかなか手は上がらない。こんな内容だと人の意見を聞くような形式の授業はできない。


「まあ答えられないのも無理はありません。考えもしないこと、普段通りに生きていれば考えもしないことです。自分が思うになぜ命が大切なのかはその人が亡くなった時に悲しむ人がいるからです。たった1人が亡くなるだけで多くの人間に悪影響を及ぼすからだと思ってます。」


今の自分の発言をホワイトボードにか書いていく。そうすると静寂の中でペンを走らせる音だけが聞こえる。


「では、先ほど質問に戻ります。命の価値はどうでしょうか?1人が亡くなっただけで多くの人間に悪影響があるのなら当然価値は大きなものになります。なら次の質問です。命の価値に差があるでしょうか?」


病院でする問題提起ではない。少し怖くて先生方の方を見れない。


「一般的に命の価値に優先順位をつけてはいけない、ということを考える人もいるでしょう。でも、真剣に冷静に考えて見てください。一個人として周りを見た時に、どうしても優劣ができます。自分の子供、夫婦、親、親しい友人など一度自分自身の命のことも含めて考えて見てください。自分はまだ子供はいませんから分かりませんがおそらくここにきている親御さんは自分の命よりも自分の子供の命の方が自分の中で優位に考えているでしょう。これも一つの命の価値の差です。自分にはどんな犠牲を払っても守りたい人が2人います。この2人のためなら自分の命は疎か他の人の命なんて悩むことなく即決で犠牲にできます。人間一個人単位で考えると命の価値はかなり差があります。医師の先生方にはわかると思いますが、助かる命ともう手遅れな命、こう言った線引きもこう言った現場、職種には必要不可欠になります。」


説明をしながらホワイトボードに簡易的なグラフのようなものを書いていく。


「では、ここまでのことを踏まえて命とはどういうものなのでしょうか?」


会議室から借りてきた2つ目のホワイトボードに書く。


「わかる人いますか?」


ちらほら手をあげる人が見える。その人たちに意見を求めると「宝物」だったり「かけがえのないもの」だったり。そういった言葉が帰ってきた。


「そうですね。どれも正解だとは思います。でも、それでは死を克服することはできません。宝物やかけがえないものを失った時の喪失感は計り知れないです。人は命に対してかなり比重を置いてしまいがちです。もちろん、命というものは大事かもしれません。でも、もっと大切なことがあると思いませんか?その人が残したかった思いは?その人が大切にしていたことは?死の悲しみの中ではなかなか見つけ出すことはできません。極端な思想ですが自分はその人が大切にしたかったものを見つけられないくらいなら命の価値なんて最初からない方がいいと思います。だから自分は、命というのはただの制限時間だと思っています。その制限時間の間に他の人にどれだけのものを残せるか。自分自身の命の価値はそこに尽きると思います。」


自分は隼人の方に近づき、手紙を渡す。


「隼人、これがさくらがお前に残したかったものだよ。実はさくらに頼まれていたんだ。自分にもしもがあった時、隼人に渡してくれって。」


その手紙の内容は自分は知らない。読んではいけないと思ったから。ただかなりの枚数があり、自分があげたレターセットの封筒はパンパンに膨れていた。


「本来だったらこの手紙をお前に渡すだけで良かったのかもしれない。でもそれじゃいけないと思ったんだ。さくらといる時のお前の顔はとても幸せそうで、死んだ2人目の母さんたちと一緒にいる時の自分の顔によく似ていたから。お前はどうかわからないがその時の俺は自ら死のうと思った。だからもしかしたら、お前がそうなってしまわないようにこの授業を作ったんだ。さくらとの約束だったからな。お前を守って欲しいって。」


手紙の封筒には隼人の涙が少し滲んでいた。隼人の頭を撫で、授業に戻る。


「では、残された自分たちができることはなんでしょうか?死に対して絶望するのではなく、その人が生きていたこと残してくれたものを心に留めて生きていくことです。今度は自分の命が尽きるときに誰かに大切なことを伝えることです。だからこそ人間は強くなっていきます。だって人生のゴールである死が全てバットエンドだったら悲しいじゃないですか。人は他の動物とは違い自分の遺伝子を残すだけでなく自分の思想も残すことができます。他の人に託すこともできます。ならその人のためにも残される側はできることをしないと。どんな辛い別れでも、突然の別れでも自分たちは生きていかなきゃいけないんです。その人のために。」


隼人の方を向いて、


「さくらのために。」


隼人はまた顔を伏せてしまった。


「死の克服方法はその人が伝えたかったもの、残したかったものを見つけることです。そうじゃないとその人の命を粗末に扱うことになります。死は辛いことです。でも、いつまでも引きずっていてはいつまで経っても進むことはできません。悲しむなとは言いません。悲しまないほうがおかしいです。でも、囚われないでください。亡くなった方のことを思いながら自分を命を全うしましょう。これで終わります。」


自分は一礼をした。全体から拍手が起こった。


授業を終え、片付けをしてると隼人が話しかけてきた。


「ありがと。」


「どういたしまして。手紙は読んだのか?」


「まだ。ひとりになってから読もうと思う。」


「そっか。お疲れ様。がんばろうな。」


「うん。」


そういって隼人は母親のもとに向かった。


「ありがとうございました。」


振り向くとそこにはさくらの両親がいた。母親は泣いていてとても話ができない状態だった。


「いいえ。さくらとの約束でしたし、あの子からは自分も多くのものをもらいました。感謝してもしきれません。」


「さくらも向こうで喜んでると思います。大好きな先生と隼人くんにこんなに思われているなんて。」


「それもこれも全部さくらが残してくれたものです。今日はわざわざありがとうございました。」


自分はさくらの両親に頭をさげて見送った。こうして、自分は自らの役割を終えた。


読んでいただきありがとうございます

次が彼岸花編最終回になります

何か寛の言葉が皆さんの中に残れば幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ