王子は婚約者を救うと誓った
煌びやかな夜会の場。
「ユスティーナ、お前との婚約を破棄する」
王国の第一王子は、婚約者である侯爵令嬢にそう告げた。
王子の側には数人の令息と令嬢が控えており、ユスティーナを威圧している。
「学園での様子は陛下の耳にも入っている。お前の振舞いは、王妃として相応しくないと判断された。俺にはもう、お前を庇うことはできない」
どうしてここまで拗れてしまったのか。彼女を諫めることができなかったことを悔やむ。もし、やり直せるなら俺は――ッ!?
唐突に激しい頭痛に襲われる。
嘆き悲しむユスティーナ。断頭台。侯爵の謀反。粛正。跡目争い。血濡れの王座。反乱。燃える王都。最期の断頭台。記憶の奔流に呑まれそうになる。
『君にやり直しの機会をあげよう』
死の間際、在りし日のユスティーナに想いを馳せた。
――今まさに、記憶が甦る。
いやいや、もう少し何とかならないのか。政治的な思惑とかすごい絡んでいるから、この場にいる時点で防ぎようがない。
ふらつく頭で目を向けると、涙を浮かべたユスティーナ。
長年の想いが溢れそうになる。手遅れかもしれんが、せめて彼女を守りたい。
「……フレデリク個人としては、ちょっと嬉しかったぞ?」
「えっ?」
「嫉妬してくれていたと思うと、その、なんだ。ユスティーナも可愛いところがあるなと」
断罪をしていたはずの王子の急変に周囲は困惑する。
目を丸くしたユスティーナも可愛い。気持ちが昂るな!
「婚約の破棄は王家としては譲れない。決定事項だ」
ああ、もう! そんな悲しそうな顔をするなよ!
「だからな、ティナ」
久しく呼んでいなかった愛称で語りかけながら、距離を詰める。
「ただのフレデリクとして側に居させてくれ」
そのまま、抱きしめた。
「フレデリク殿下!!」
王子の奇行を呆然と見つめていた貴族の子女が我に返り叫んだ。
「どうして彼女を庇うのですか!?」
ユスティーナに虐められていたという令嬢。
「庇う? 確信しているだけだ。根がお人好しなティナがお前にできるのは、小言が関の山だからな!」
疑念に目を背けて、王家を盲信していた第一王子は未来に捨ててきた。
王族? 国? そんなものに固執しているから本当に大切なものを失った。
ユスティーナを抱き寄せたまま対峙する。
この夜会には有力な貴族はいるが、俺以外の王族はいない。表向きは、あくまで俺がした婚約破棄。俺の責任になる不可避な流れ。
「殿下、夜会の中止を進言する」
騒然とした会場に威厳のある低い声が響いた。
フレデリクに歩み寄るのは、初老の男性。
「エルヴァスティ侯爵」
王国の貴族で頭一つ抜けた力を有する侯爵家。ユスティーナの父親。
何かを探るような鋭い眼差しをしている。
「先ほどの言葉は真か?」
「そうだ。俺を使ってくれても構わない」
「後悔しないのだな?」
「後悔したくないから、此処にいる」
ふっと侯爵の口元が緩み、喉の奥で押し殺すように笑い始めた。
「クックックッ……そうか、そういうことか。儂も後悔はしたくないからな。ユスティーナを悲しませなくて済むとは思わなんだ」
不敵な笑みを浮かべる侯爵をまじまじと見てしまう。
「話しは後だ。今はこの場を閉めねばならん」
王家の企ては第一王子を旗印に据えたエルヴァスティ侯爵が真っ向から粉砕した。
何年もかけて貴族の大半を掌握し、来るべき時のために牙を研いでいたらしい。
俺がやり直しをする必要はあったのか? ちょっと自信がない。
フレデリク:ユスティーナとの未来が得られただけで幸せな王子。
ユスティーナ:いつの間にか悪役に仕立て上げられていた令嬢。
エルヴァスティ侯爵:予定ではフレデリクも切り捨てるつもりだったおじ様。