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黄金色の金属音

作者: いなり


荒涼とした荒野の真ん中、そこにある古びたモーテル跡の側に、トタンと角材で建てられた掘っ立て小屋がある。

そこには腰程の高さの机が置かれており、机と机の間はトタンの壁で仕切られている。

屋根も木材とトタンで造られており、まるで前後の壁が無い個室の様だ。その1.5m×1.5mの"個室"が横に十数個程度並んでいる。

それを通して見える向こう側、個室の机から約15m先、その荒れ地の上にはアルミ合金板が置かれている。

そのアルミ板には、幾つもの円が重なったような図形の書かれた紙が貼り付けられている。


ここは射撃場。



そんな寂れた射撃場に、一人の人間がやって来た。ハイティーンに見える"彼女"は、Tシャツにジーンズと極めてラフな格好だ。

脇には、黒く大きなナイロン製のショルダーバッグを抱えている。

射撃場の個室の一つに陣取った"彼女"が、そのショルダーバッグを机の上に置く。

バッグを掛けていた肩を二、三度叩き、肩を回す。

遠く離れた的を見据えた"彼女"は、机に目線を下ろし、バッグのファスナーを開く。その中に両手を入れ、35×20㎝程度の、これまた黒い樹脂製ケースを取り出す。

"彼女"の表情が緩む。その様子は、まるでクリスマスプレゼントの箱を開ける前の子供の様だ。

待ちきれない、といった手付きでケースを開ける。中身を確認して更に表情が緩む"彼女"。

両手を使って素早く、しかし丁寧に中身を取り出す。

"彼女"の手に握られていた中身。30㎝四方に納まる程度のL字型、その外装は艶消し加工の済んだ金属製で、真夏の強い太陽の光を鈍く反射している。


それは紛れもない、拳銃である。


"彼女"の取り出した拳銃、ベレッタ92FS。1985年、イタリアのピエトロ・ベレッタ社によって設計、開発された軍用大型拳銃。口径は9㎜で、重さは945グラム。ガワはスチール製のスライドとバレルに、アルミニウム系の軽合金製フレームを組み合わせて出来ている。

この銃の一番の特徴は、なんと言ってもそのスライドであろう。フロントサイトの後部から中央部に掛けてスライドが切り取られていて、バレルが露出している。このイタリアの伊達男を彷彿とさせるような大胆かつ独特なデザインは、アメリカ軍制式拳銃に採用されたエピソードとも合わせて、この銃を有名足らしめている。その知名度は、数々のハリウッド映画やアメリカの刑事ドラマ、最近では日本の漫画やアニメ、学生向けのライトな小説などで主人公の相棒として描かれている事で証明されているだろう。

"彼女"はその拳銃のグリップを右手で握る。ダブルカラムマガジン独特の太いグリップは、小柄な"彼女"の手には少し余る。

だがそんなことは気にせずに、構えて左面、トリガー…日本語で言う引き金のすぐ手前にある小さなボタン…マガジンキャッチを、グリップを掴んだまま右手の親指で押し込む。

予めグリップの下に待機させておいた左の手の平。そこに、マガジンキャッチを押される事によって落ちてきたマガジン…弾倉が収まる。

銃本体を一旦机に置き、フリーになった右手を再びショルダーバッグに突っ込む。中身を軽く漁って取り出したのは、筆箱程の大きさの茶色い紙箱だ。極めて簡素なデザインで、メーカーやバーコードの表記の他には、中身を表す文字しか無い。

右手だけで器用にその紙箱を開け、中身を引き出す。引き出された薄く白いプラスチック製の台には、同じ大きさ、深さの穴が、等間隔に幾つも空いている。

その穴には、ちょうどはまる程度の大きさ、長さ3㎝程、直径1㎝程度の寸法の、太いシャープペンシルの先端に似た形の、金色に光る金属塊が入っている。

銃にとって無くてはならない存在、弾だ。

これは拳銃弾として極めて一般的な弾、9㎜パラベラム弾。弾頭直径は9㎜(厳密には違うが)、薬莢長19㎜、世界各国のあらゆる拳銃の弾として採用されており、勿論この92FSでも使用される。


その弾を右手で、数発程まとめて握る。弾同士が触れ合い、小さな金属音が鳴った。

手の平を器用に動かし、その内の一発を人差し指と親指で掴む。そうやって持った一発を、左手で持っているマガジンの上の開口部に持っていき、口の前から滑らせるように弾を差し込む。

差し込まれた弾は、まるで旅から帰還した旅人の様に、在るべき所に還ったという確実な感覚を持ったかの様に、ぴったりと開口部に納まった。

その光景に"彼女"は笑みを溢す。"彼女"は隠そうと努力しているが、表情以外の隠せないモノ…そう、例えば雰囲気と呼べるようなものが眩しい期待に満ちている。

左手の親指で、最初に差し込んだ弾をマガジンの奥へと押し込む。再び右手の平を動かし、初弾と同じように新たな弾を差し込む。

1発、2発、3発……弾が押し込まれていく度に、弾を支えるスプリングの抵抗が増していく。"彼女"にとってはその感触も心地よいものなのか、握り取った弾を全て差し込んだ時には、軽く鼻歌まじりになっていた。

先ほどと同じように、また右手で弾をまとめて掴み取り、マガジンに差し込んでいく。テンポの良い鼻歌に乗り、合計で15発差し込んだ所で"彼女"は作業を止める。

満タンになったからだ。


弾を満載し、ずっしりとした重量感を得たマガジンに、"彼女"は笑みを浮かべる。

右手で銃本体を持ち上げるげ、グリップ底部から満タンのマガジンを差し込む。

金属の擦れる音。マガジン側面の小さな小さな小窓から、薬莢の黄金の輝きが漏れた。そのまま奥まで押し込むと、マガジンキャッチがパチンという小気味の良い音を立ててマガジンを固定する。その感触がフレームを、グリップチェッカリングを通して"彼女"の右手に伝わる。

"彼女"はこの感触がとてつもなくたまらないらしい。


その感覚をいとおしみながら、フリーになった左手で銃を撫でる。そのままスライドに手を這わせ、指先で包み込む様に掴む。

"彼女"はその白い指に力を込め、一気にスライドを引く。金属が擦れ合う感触、様々な機械部品がそれぞれ動く。

小気味良い金属音を立てながら、ハンマーが引き起こされる。スライドを引けるだけ引き、指先から力を抜く。

まるで銃が命を持ったかのように、スライドがスプリングによって勢い良く元に戻る。

一番最後に差し込んだ弾がマガジンのスプリングとスライドの前進運動によって薬室へと送り込まれた。

右手がゆっくりと銃を持ち上げ、銃口が的を向く。手持ち無沙汰な左手で、スライド後部のツマミ…安全装置(セーフティ)を押し上げる。アルミ合金の擦れる感触、セーフティは安全位置から外れ、銃としての本来の性能を発揮する位置に着く。

発砲を妨げる唯一のファクターが取り除かれ、黒光りするだけの鉄の塊は、明確な攻撃力を相手に伝える、極めて美しく、複雑で、それでいて明確な芸術品と化した。


"彼女"は思う。

銃とは、言ってしまえば殺意の具現化である。いや、これは銃に限らず、あらゆる武器に言えるだろう。

しかし、それらと銃とでは殺意の質感が違う。

剣や槍、メイス、弓……己の刃で敵を引き裂くこれらの武器も、確かに殺意の具現化である。しかし、これらの殺意は極めて原始的であると思う。

どれも自らの躯の延長線上の武器、いわば自分自身の剥き出しの殺意をぶつけるのだ。そして、その殺意は獣の類いの殺意(生存本能とでも言うべきか)と大して変わらない。

それに対して銃は、引き金を引けば遠くの敵がパタリと倒れる。

引き金を引く。その動作に、有史以来星の数ほど争いを繰り返してきた人類の、より強く、より遠くへ、より効果的に殺意を伝える為に積み重ねられた技術、文化が集約されている。

人差し指を僅かに動かせば、あとは銃が殺意をより効率的な形で運んでくれる。これこそ、人類戦争史を集約した文化財。歴史を積み重ねる事ができる人間のみが使える、人間の殺意。


だか、今はそんな事どうでもいい。重要なのは、"彼女"の手には銃が握られており、その銃はいつでも撃てるということだ。

左手で、右手に被せるようにグリップを握る。足を肩幅に開き、左肩を前に出す。右腕は伸ばして体の前に持っていき、左腕は軽く曲げる。所謂ウィーバースタンスという構えだ。

目線の高さに持ってきた銃上部の突起、フロントサイトとリアサイトを重ね、的の中心に狙いを付ける。


一瞬の静寂。"彼女"は迷わず引き金を引いた。

絞るように引かれた引き金は、途中でクンッと手応えが軽くなる。

引き金が引かれたことにより銃内部でシアーが外れ、起こされていたハンマーがスプリングにより勢い良く倒れた。

そのハンマーは、僅かに飛び出していた撃針(ファイアリングピン)の尻を叩いて前身させる。

前進した撃針は、薬莢底部の雷管(プライマー)を叩き、中に詰められている高感度の爆発物、雷汞を起爆させる。

雷汞の爆発は、薬莢にたっぷりと詰め込まれている無煙火薬を基本とする発射薬に引火する。

市販の手持ち花火とは比べ物にならない速度で発射薬が燃焼、その燃焼により、すさまじい勢いでガスが発生する。

発生したガスは、金属でコーティングされているFMJ弾を押し出す。

直径9㎜の弾は、銃身内部に刻まれた6条右回りのライフリングに食い込む。

それにより回転を与えられた弾頭は、秒速360mの槍玉となり一直線に的へと向かう。

その頃スライドは、発射の反動により高速で後退。開かれた薬室から、空になった薬莢がエキストラクターへの衝突で勢いよく右上に弾き出される。

後退したスライドは、倒れたハンマーを叩き起こす。目一杯後退すると、今度は前身して戻りながら次の弾薬をマガジンより引き抜き、薬室に押し込んだ。

この間コンマ1秒程度。


手のひらを伝わり体を震わす反動に、"彼女"は至福の笑みを浮かべる。

辺りに硝煙の鼻をくすぐるような匂いが漂い、飛び出た空薬莢が太陽光で金に光りながら、地面に落ちて甲高い金属音が響き渡る。まさしく、黄金色の金属音。



あぁ、やっぱりいい銃だ。




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