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始まり

 ふわり、と煙が立ち登る。タバコでもなく、線香でもない。部屋の中に散らばったプラスティックパーツからは、むき出しになった銅線が無造作に飛び出していた。

 今しがた墜落した自作ドローンのパーツを回収し終えたのは良かったが、思いの外損傷が大きい。この様子だと修理に2日はかかる。そう思いつつ、3Dプリンターが新品のフレームを作り上げている音に耳を傾けながら、配線をハンダ付けしていた。


『現在、〇〇橋付近は封鎖されている様子です!見えますでしょうか!』


 テレビの中のアナウンサーがこのアパートの近くにある橋を映し出していた。どうやら、機動隊によって封鎖されているようであった。

 数週間前に上陸した謎の奇病は世界各国に広がりを見せ、WHOが警告を出した頃にはもう手遅れになっていた。

 いや、ひょっとすると手遅れだと感じているのは自分だけかもしれない。そう考えてつつ時計に目をやる。


「日没まであと3時間、予備機を出すか」


 独り言を呟きながら、タンスの奥にしまってあった巨大なドローンを取り出した。

 とにかく現場は危ないし、周囲は危険がいっぱい。

 噂では謎の奇病に罹った人間は健康な人間に噛み付くらしい。

 それ、完全にゾンビじゃん、と一人ツッコミ。

 外は危なくて、出歩くのも危険、ならドローン飛ばせばいいじゃん。

 なんて頭の悪い考えだろうと、思っていたのは感染者達のオリンピック級大ジャンプを見るまでの話。

 彼らは、バッタ並みの大ジャンプを屋上からカマして低空を飛んでいたヘリに飛び移り、お茶の間の画面いっぱいに血走った顔をお届けしたのはつい先日。

 あれ?ドローンって意外に安全?と評価を改め直したのはついさっき。

 多芸は身を助けるとは良く言ったものだ。

 そう考えつつ、巨大な8つの足を展開して屋上に機体を設置。

 あとはパソコンと無線でリンクさせれば部屋に居ながらにして発着を司令できるスグレモノである。

 

「中国製の機体に、アメリカ製のFC、アマゾン先生に大感謝っと」


 大破した機体の修理は後回し。

 時計にタイマーをセットしてベッドに倒れ込む。

 前日、徹夜で外をほっつき歩いていただけあってか、思いの外すぐに眠りに落ちてしまった。



 香港発のこの奇病が直ぐに世界的大流行になると予想したのは、インターネットで偶然見つけた感染者の映像を見た時だった。

 一見すると生者と見分けがつかない。

 映画で見かけるゾンビは大変見分けやすい。

 死体だし、腐ってるし。

 見分けやすいと撃ち殺すのも簡単だ。

 それに映画のはとろい。

 あんなものに自衛隊や各国の軍隊が負けるわけないだろ、とゾンビ映画好きではない自分は思っていた。

 だが、ネットで見かけた感染者は一見すると暴徒化した避難民と見分けがつかない。

 見分けがつかなきゃ撃てない。

 それが軍隊や警察と言う物だ。

 だから戦慄した。

 非感染者かも知れない民間人の脳天を、何のためらいも無しにぶち抜ける軍人は居ない。

 結論から言えば、それが裏目に出たのだろうと思う。

 撃たねば喰われる。撃てば民間時を殺してしまう。

 その葛藤の行き着く先は一つ。

 浅いまどろみの中、テレビの音声が一際、大きくなる。


『見て下さい!自衛隊が市民に向けて発砲しています!』


 正直、またか、と思った。

 全国各地で感染者と対峙していた機動隊は早々に壊滅した。

 感染者の身体能力はかなり高く、機動隊員達が引きずり回されている様子が映し出された事もあった位だ。

 勿論、殺す方が簡単なので、自衛隊は同じ轍は踏まなかった。

 けれども、民間人を撃て、という命令が出来るほど日本は追い詰められていなかった。

 ノー天気な政治家は今も昔も責任取るのが嫌で嫌で仕方ないらしい。

 めでたく、現場の独断が頻発し、その度に自衛官は刑務所にぶち込まれた。

 そんな現場に嫌気が差し、脱柵が横行、その結果自衛隊の戦力もガタ落ち。

 要するに日本終了。

 

「平常運転、平常運転」

 

 日が落ち始め、空には暗闇。

 ベッドから起き上がり、待機状態のパソコンを起動させる。

 ヘリの爆音は夜になっても轟き続けていた。

 本来であれば航空法違反だし、市町村条例違反である。

 

「国が国民を守らないのに、何で自分達だけ法律守らなきゃいけないんだっての。まぁ、日本なんて国があと何日存在するか知らないけれど―――」

 

 法律を守らせる警察組織も虫の息。

 最後の砦の自衛隊も瓦解寸前。

 彼等が踏みとどまってくれていればいいけれど。

 でも、踏みとどまれた自衛隊はどんな組織に変貌しているだろうか。

 疑わしきは射殺せよ。

 うーん、お隣の解放軍様と変わらんなぁ。

 

「げ、噂をすれば自衛隊……」


 ゴーグル型画面から見える映像には迷彩柄の服を着た男。

 丁度、赤外線カメラ越しに映り込んでいる。

 その後ろを、脱兎のごとく追いかけているのは、この世界のトップアスリート達である。

 相変わらず早ぇな。

 画面の隅に表示されていた移動速度は時速八十キロを超していた。

 そのまま走っている彼等をフライパス。

 だが、それほど速度差は無いように見える。

 

「ひぇー、四十キロくらいは出てそうだな」


 相変わらずの神速ぶりに辟易しつつも、感染者達の頭上で高度を落として速度を合わせる。

 

「んじゃ、ポチっとな」


 墜落時に機体位置が解るようにするために付けられたスピーカーから大音量が流れる。

 緊急ベルより五月蠅いこの装置は、彼等の耳に届いた。ぶっちゃけ、ブレードの音だけでも五月蠅いのだけれど。

 うわ、めっちゃ目が合ってる。

 一斉にこちらを見上げる様はパン食い競争のパンになった気分。

 飛びつかれても堪らないので早めに進路を変更。

 興味をそそられたのか、目の前の自衛官から此方に目標を変え、猛スピードで追いすがる。

 時速120㎞位余裕で出せるドローンに追いつけるわけないよね。

 悲しそうな視線を投げかけながら画面からフェードアウトしていく感染者達を見送った。


 

 闇の帳が降りる頃。

 密かにアパートを後にしたのは食料を探しに行くため。

 当然、コンビニやスーパーなどは買占めが横行していて真面に機能していないだろう。

 だけど、ありそうな場所は見当がついていた。

 それは病院である。

 最近の病院は備蓄が凄い。

 そりゃ、災害時に防災拠点として機能する所もある位だから当然なのだろうけれど、それが災いした。

 いや、正確に言うなら幸いした。

 自分にとってはだったけれど。

 仄暗い病院の入口に立つ。

 全身モフモフに包まれた井出達はギリースーツである。

 普通なら茂みなどで身を隠す装備なのだけれど、どういう訳か感染者から逃れるのに役立つ。

 見立てでは彼等はある種、赤外線の類を見分けているのだろうと思う。

 今までバレた事ないので多分当たっているはず。

 勿論、至近距離まで擬装がバレないという保証は無いし、試す気もなかった。

 そっと曲がり角の先に手鏡をかざす。


 クリア―――――人影なし。


 病院の廊下を抜き足で歩いていくと、乱雑に捨てられたベッドや医薬品の入った段ボールが見える。どれも、黒い墨が塗られたように汚れていた。

 恐らく、酸化した血痕だろう。

 軽く中を漁ったが使えそうな物は入っていなかった。

 残念。気を取り直して奥に進む。

 再び曲がり角、手鏡で先を確認。


 ノットクリア―――――人影が二つ見える。


 夜の建物内は裸眼では見えないけれど、暗視ゴーグルで視界は確保できていた。

 サバゲ用の安物であったが、裸眼よりマシだ。

 そう考えつつ、背中に吊るしてあったコンパウンドボウを構える。

 リリーサーを弦に引っ掛けギリギリと引いていく。

 90ポンドの強弓だ。

 普通なら引けないけれど、こいつは引きはじめだけが重い。

 コンパウンドボウは引いていくと重さが半分以下になる。

 つまり、和弓よりも格段に構えて狙うのに適している。

 それに加えリリーサーが指の代わりに弦を保持してくれるので握力を使わず狙いを定める事が出来た。

 まぁ要するに、よく当たる。

 そう考えつつ、河原にある空き缶を撃ち抜く要領で人影に狙いを定める。

 人間かもしれない。一抹の不安がへばり付く。

 だけど、スコープ越しに見える人影を見回していくと、丁度首の辺りで視線が釘付けになる。

 首の肉がごっそりと抉られていた。

 あれは無いな。

 人間である可能性を否定し、リリーサーの引金を引いた。

 ヘッドショット。

 吸い込まれていく矢は人影を貫いて奥の壁に突き刺さった。

 同時に崩れ落ちる人影。

 もう一人の方は此方を振り向く。

 スコープ越しに目が合うが、向こうは此方を視認できていない様だ。

 視線が泳いでいた。

 一瞬生存者か?と思うが、服に大量の血痕。左腕欠損。

 こりゃ駄目だ。

 丁度いい、もう一発。

 腰に吊るしていたポーチから矢玉を取り出し(つが)える。

 滑るようにして弓を引くと滑車がぬるりと回り、引金を引くともう一つの人影も崩れ落ちた。

 相変わらずよく当たる。

 コンパウンドボウの命中率に感心しながら廊下をゆっくりと進んでいった。


 この病院に目を付けたのは、二日前。

 謎の奇病が流行の兆しを見せ始めた当初、病院には多くの感染元が運び込まれた。

 病人を集めるこの場所は彼らの巣窟となった。ま、集めたんだから当然だよね。

 自衛隊による救出部隊も来ていた様だったけど、数の暴力に押し負けて亡者によって制圧されたみたいだった。

 普通なら誰も寄り付かないし、自分も御免被る。

 だが、昨日から始まった封鎖作戦の影響によって感染していない人々が一斉に移動した。

 正確にはこの街から脱出しようと数か所しかない橋に住民が殺到したのだ。

 そりゃもう凄い騒音を巻き散らしていた。

 感染者達もそれを嗅ぎ取ってか、そそくさとこの病院から退散した様子だった。

 空から毎日見ていたので間違いない。

 そう考えつつ廊下の先で突き刺さっていた矢玉を回収。

 変形は無し。ポーチに放り込む。この作業を何度か繰り返して目的地にたどり着いた。

 目の前に鎮座する倉庫。災害を想定して作られたのか、ずいぶんと大きな扉だ。

 取り合えず、切断用の工具を取り出す。

 それでがしり、と挟み込むと南京錠の胴体事引き千切れた。

 業務用なのでパワーが違う。

 リュックサックに工具を戻し扉を開けた。

 

「マーベラス」


 思わず声を漏らす。

 お目当ての非常食が目の前に積まれていた。

 それをリュックに命一杯に詰め込んでいくと、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。

 

 ――――マジかよ!


 思わぬ伏兵に内心焦りつつ、破壊した鍵を回収。ゆっくりと扉を閉めていく。

 周りに隠れれそうな場所は無いのでこうするしかない。

 一旦扉を閉め終わると、閂を掛けると倉庫内は完全な密室となった。

 取り合えず、ここでやり過ごす。

 そう心に近い外の音に耳を傾けていた。

 徐々に違付いて来る足音。

 音は軽く、歩幅は狭い。

 男っぽくないな。

 勝手に想像を膨らませる。

 だが、感染者ではないと決まったわけじゃないので警戒は続行。

 接近してくる気配は倉庫の前まで一直線にたどり着く。

 

 ――――ありゃ、人間かよ


 ドアを開けてこんにちは。

 今日も天気がいいですねー、と言えれば最高である。

 だけれど、国が荒めば人も荒む。

 今は誰もが強盗で、誰もが殺人犯かもしれない。

 つまり、開けて挨拶する事は殺してくださいと言っているような物だ。

 少なくとも、病院に勝手に侵入して物を盗むくらい平気でするって事だ。

 あれ?それって自分じゃね?と思い至りつつ扉の向こうの人間が周囲を伺っている気配を感じる。

 どうやら、何かを探している様だった。

 

 さっさと何処かへ行け。


 そう心の中で念じつつ、静かな攻防戦が数十秒続く。

 突然、扉を開けようとしたのだろうか、ガタリ、と閂が引っかかる音。

 

「――――あれ?確かこの……に……筈だけど」


 独り言が聞こえてくる。

 明らかに女性の声だ。

 全部は聞こえなかったが、ある可能性が浮上した。 

 ひょっとして追跡されてた?

 そうだとするならば、真っ直ぐアパートに帰るわけにはいかない。

 せめて相手の家を特定せねば。

 そう思いつつ、去っていく人影を追うのであった。

 病院を抜け出すと十字路を抜ける。

 人影は時折後ろを確認していた。

 念のため、遮蔽物に身を隠しつつ追跡した。だが、月明りも疎らな夜の帳に阻まれていた為、然程気を使う必要も無かった。

 見慣れた通りを抜けていくと見慣れたアパートに入っていく。

 今更だったが、何故彼女が此方を正確に追跡できたか解った。

 

「お隣さんかよ」

 

 そう呟き、当たり前の事実にたどり着くのに数時間を擁した。 

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