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悪役令嬢の幸せは新月の晩に  作者: シアノ


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8/21

ルカーシュならいいよ2

 自室には明日の選定の儀で着る予定のウェディングドレスのような真っ白なドレスがトルソーに着せられてこれ見よがしに置いてある。

 繊細なレースや煌めくビーズを散りばめた豪奢な白いドレスを見ても綺麗だとは思うが、心が躍るようなことはない。


 綺麗なドレスを着るより、自室でルカーシュとたわいもない話をしている方が、余程満たされる時間だった。

 エレノアの空っぽの中身が少しずつ温かいもので満たされていく、そんな気がしていた。



 机の引き出しから取り出した宝箱を開ければいつもの通り、ルカーシュからのささやかな贈り物達がエレノアの心を慰めてくれる。

 それをじっと眺めていると、聞き逃しそうな小さなノック音が聞こえたで反射的に顔を上げた。

 空耳かとも思ったが、それは確かに窓を叩く音で、エレノアは慌てて引き出しに宝箱を仕舞い込んで、窓のカーテンをおそるおそる開けた。



 窓の外にそれほど大きくもないコウモリが飛んでいる。

 2年前、ルカーシュを匿った際に追いかけてきたコウモリよりずっと小さい。その小さな翼で飛びながら器用に窓硝子を叩いていた。


「……ルカーシュなの?」


 エレノアにはそのコウモリがルカーシュに見えて窓を開けて招き入れた。


「……そうだ。よく分かったな」


 コウモリは地面の影に溶けるように消え、すぐにルカーシュの形を作る。以前は影から人の形になるのに時間が掛かっていたが、最近では一瞬だった。外見だけでなく、能力的にも成長したせいなのかもしれない。


「うーん、目が同じだったから、かな?」

「目? 吸血鬼はみんな赤い目だろ」

「それより、どうしたの? 新月は明日だよ。それに選定の儀があるから、今月は会えないかもしれないって思ってた」

「だから、だよ。いくらなんでも新月の日を間違えたりはしないっての」

「じゃあ、なんで?」


 ルカーシュは拗ねたように唇を尖らせた。最近では外見同様にそんな子供らしい仕草はしなくなっていたから、少しばかり珍しい。


「俺だって……エレノアに会いたいって思っちゃ、悪いかよ。本当は新月の夜が一番力が充実してていいんだ。でも、新月じゃなきゃ駄目ってわけでもない。前みたいに守護吸血鬼に追いかけられても、もう振り切れるくらい早く飛べるし」

「ううん、嬉しいよ。でも、まだ追われてるの?」

「……たまに。結局、俺ははぐれの吸血鬼だから。守護吸血鬼からすれば、餌場荒らしにでも見えるんだろうさ。新月は魔物が多く湧くから、アイツらも忙しくて俺どころじゃない。最初の時はしくじって鉢合わせして襲われたけど。だから新月が一番安全といえば安全だろうな」

「でも、それじゃ今日は新月じゃないから、ちょっと危ないってことだよね。あのね、会えて嬉しい。けど、ルカが危ないのは嫌だな」


 エレノアは胸の辺りが騒ついた気がして、手で胸を押さえた。ルカーシュが同族のはずの吸血鬼に襲われ、右肩にひどい傷を負っていたのを思い出す。もうあんなルカーシュは見たくはなかった。


「そうだよな。最初からエレノアにはぼろ負けしたところも見られてるし、今更だけど……俺はまだ弱い。発生してから長い年月を生きてる個体には絶対に敵わない……だから、その、エレノアに頼みが、」

「いいよ」


 エレノアの被せ気味の返答にルカーシュは眉をぎゅっと寄せた。


「馬鹿、何を頼まれてるかも聞いてないのに、簡単に了承するな! この馬鹿!」

「え、ルカが頼んだから、いいって言ったのに……2回も馬鹿って言った」

「当たり前だろ! 魂を寄越せって言われたらどうするつもりだ!? ただの口約束じゃないんだからな! 俺は吸血鬼なんだから、約束はそのまま魂の契約に出来るんだぞ! あ、お前、そんな風に誰彼構わず頼みを聞いたり……」


 エレノアは慌てて大きく首を横に振って否定をした。


「し、してないよ! ルカだけだよ。だって、ルカは変なことを頼んだりしないって、信じてるし……」


 ルカーシュは顔が真っ赤にしている。それほどに怒ったのだろうか。


 エレノアは虐待を受けていた前世のこともあり、男女を問わず人が怒鳴ったり声を荒げるのは苦手だった。特に大人が怒鳴るのが駄目だ。幸い今世の両親はエレノアを無視するか不出来なエレノアに対してチクリと文句を言う程度で、怒鳴られたり叩かれることは皆無ではないが滅多にはない。


 ルカーシュだからまだ息を呑む程度で済むが、それ以外の人であれば震えて声も出なくなるだろう。

 それでもなお、エレノアが最も恐れているのはルカーシュに嫌われることであった。いつだってルカーシュの方から訪ねて来てくれるだけで、エレノアはルカーシュの家を知らない。吸血鬼にエレノアと同じような感覚の家があるのかもよく分からないのだ。だからルカーシュに嫌われて、もう来ないと思われてしまえば、二度と会うことが出来なくなってしまう。


「……怒った? 本当、だよ。……ルカだけ」

「……怒ってない。本当に怒ってないからな。怒鳴って、ごめん」

「ううん、いい。……私も軽率だった。ルカ以外には気をつけるね。……それで頼みって?」

「……お前の血を吸わせて欲しい」


 その返答にエレノアは目を見開いた。今までルカーシュは吸血鬼の能力も必要なこと以外はエレノアに見せなかったし、血を要求してきたのもこれが初めてだったからだ。


 ルカーシュの真剣な目は、冗談でもなんでもなく、エレノアの血が欲しいのだと雄弁に語っていた。



「……うん、いいよ」




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