選定の儀3
「凄く鮮やかな赤色の石ね。えっと、でも透き通ってないからルビーではないのよね? というかこれって宝石なの? 私ってば、こういうのに全然詳しくなくて。ねえ、エレノアは豪華なネックレスをしてるのに、どうしてわざわざこれを持ってきたの?」
「あ、これは……」
大切なもので、と言おうとした瞬間、シェリーはパチンと手を叩いた。
「そうだわ、ねえお願いがあるの。そのペンダントを少しでいいから貸してくれないかしら? 私ったらこんな地味な白いだけのワンピースだし、それに装飾品の一つもないのよ。それくらい小さいペンダントだったら、浮かなくていいんじゃないかって思うから」
シェリーはそれがさも名案であるようにとニコニコとしている。確かにシンプルな白のワンピースに血赤珊瑚の赤はよく映えることだろう。
しかし、これはエレノアの宝物である。現状いつ崩れてもおかしくはない精神のたったひとつの支えですらあった。簡単に貸せるようなものではない。
シェリーの人の言葉を聞く気もなさそうなお願いに、エレノアはペンダントを握り込んで首を横に振った。
「えぇー、いいじゃない。頂戴ってわけじゃないんだから。この選定の儀が終わるまでチョットくらい貸してくれたっていいでしょう? ちゃんと返すってば。ねえ、私達、友達じゃない」
いつ友達になったのか、エレノアには分からない。ただひたすらに首を横に振る。
「あ、あの、これは……駄目なんです。ネックレスなら、私のしてるのを貸すから……お願い……これだけは」
「ひっどーい! そんな意地悪を言うなんて……! 私のこんな服じゃ、そんな立派なネックレスじゃちぐはぐでおかしくなってしまうじゃない。ううん、私なんかがそんなネックレス付けてたら、泥棒したって疑われるって、それくらい考えつくでしょう? そ、そんなに私が嫌いなのね!」
シェリーは勝手に怒り、勝手に大きな瞳を涙で揺らした。
エレノアはただ貸せないと断りを入れただけである。
このような過剰な反応をされては、ここまで大切な物でさえなければ、エレノアとて差し出してしまっていただろう。
シェリーのような感情を露わにして他人をコントロールをしようとする人間が恐ろしくて理解もできず、震えることしか出来なかった。
「なによ、ケチ! さっきも失礼に手を振り払ってさ、ふんだ! どうせ私なんて小汚い平民の娘が紛れ込んで、くらいにしか思っていないんでしょうよ! やだやだ貴族なんて気位ばかり高いんだから」
ついさっきはなった覚えのない友達だと言った口で、今度はエレノアを詰り罵るのだった。彼女からすれば、ただ己がされたことへの文句でしかないのだろう。正当な抗議であるの思っているのだ。
しかし手を振り払ったのはわざとではなく、そもそもシェリーが強引なせいであったし、ペンダントを貸さないのもエレノアの宝物だからだ。
いつだって明るくめげない主人公、ちょっとお節介で、だけど憎まれない少女。そのくせ彼女を異様に嫌うライバルがいるという設定の意味を少しだけ理解した。全く空気を読む気がない。他人からも同じ感情が返ってくるのだと疑っていない。彼女の理想の反応でなければそれは敵なのだ。
エレノアはシェリーへの恐怖に冷たい手足で震えて、この時間が早く過ぎ去れと心を閉ざしてペンダントを握りしめていた。
シェリーは好き放題にエレノアをひとしきり詰り、そのくせ酷いことを言っている自覚もなしに去ろうとした。そして石畳の隙間にヒールを引っ掛けて、どたんと激しい音を立ててすっ転んだ。
しかも勝手に転んだだけでエレノアは何一つしていないというのに、シェリーは地面に手をついたままこちらを振り返り、さもこちらが足を引っ掛けでもしたかのように、被害者のような視線を送って来る。
「ひ、酷い……そこまですること、ないじゃない……わ、私……」
エレノアはシェリーから少しでも離れたくて、数歩後退った。
それもまた側から見ればエレノアがわざと押したから転んだという風に見えたのかもしれない。
「こんな日に喧嘩? お止しなさいな」
どうせ止めるならシェリーが散々エレノアを詰っている時にしてくれれば良いものの、タイミング悪く割り込んできた女性がいた。
エレノア達と同じく選定の儀に出席した令嬢のようだ。エレノアやシェリーより少し年上のようにも見える。ドレスを見ても中々の貴族の家柄であると伺えた。
「まあ……転んでしまったのね。立てるかしら」
「だ、大丈夫! こんなのへいちゃらなんだから!」
シェリーは女性の手を借りず、さっさと立ち上がり、白いドレスの汚れに気がつくとそこを何度も手で払った。
「あっ……せっかく叔母さんに作ってもらったワンピースなのに……」
大きな瞳にみるみる涙が溜まる。
「あらあら……泣かないで。こっちへいらっしゃい」
「で、でも……私、他のドレスなんかないし……こんな汚い格好じゃ……」
「選定の儀が始まるまでまだあるわ。私の屋敷は王城から近いの。うちへいらっしゃい。妹のドレスがあるから。見たところ体型が似ているから、きっと大丈夫よ」
「そ、そんな見ず知らずの方に親切になんか……」
先程、エレノアからペンダントを強奪しようとしていた記憶は何処へ行ったのか、シェリーは親切な令嬢に遠慮をしてはにかんで見せた。
その姿は可憐で愛らしく、思わず力になりたいと男女問わず思ってしまうだろう。
「私、貴方のような元気な方が好きなの。私はメアリー・リーズよ。選定の儀には妹のキャロラインがどうしても出たいと言ったから姉妹で出席するつもりだったのだけれど、あいにく風邪を引いて寝込んでいるの。せっかく用意した白いドレスも無駄になってしまうから、貴方に着てほしいわ」
「い、いいんですか……じゃあ、お言葉に甘えて」
エレノアはシェリーが去っていくことにホッとしつつ、先程の女性が名乗ったメアリー・リーズの名前に聞き覚えがあった。
漫画の方では姉妹揃ってシェリーの良き友人として彼女を支える姉の名前である。妹の名前がキャロラインと言っていたから間違いないだろう。
そして現実にもリーズ伯爵家はエレノアの実家、バロウズ公爵家とは違う派閥で政敵なのである。シェリーは当然知らないが、バロウズ公爵家のエレノアとトラブルを起こしているシェリーの味方に立つのは必然であった。
エレノアはシェリーにもう絡まれないように、そちらからなるべく顔を背けるようにして俯いていた。
「……あの人ったら酷いんだから! 私にぶつかったのに謝りもしないし、宝石を見せびらかすし、挙句足を引っ掛けて転ばせるなんて……ほら、あんなにツンって見下して……きっと私が平民だから……」
「泣かないの。可愛い顔が台無しになってしまうわ。……あの方はバロウズ公爵家のご令嬢ね……あそこの家は人格に問題がある人ばかりだから、相手にしては駄目よ。ほら行きましょう。急いで着替えなきゃ」
シェリーは自分が悪いということを無意識に改竄してしまうようだった。元はといえば自分からぶつかって来たことや、エレノアが嫌がっているのにペンダントを無理矢理借りようと強引だったことも忘れてしまったようにメアリーに話している。
確かにこれではエレノアが何もしなくとも、これからもシェリーはエレノアに虐められたのだと言い出すだろう。
エレノアは何もしていないのにまるで漫画のストーリーをなぞっていくような現実に、空恐ろしいものを感じるのだった。




