位置
言葉はつたないものの、発音ができるようになればしめたもの。あれなにこれなにと物体を指差しては、祖母と母が中心となって知識と言葉を教えてくれる。特に祖母は俺と同じくらいの年の子を死産したと聞いていたので、良く可愛がってくれた。
遂にひとりで歩けるようになった。もっと遠くまで行ってみたい欲求にかられるも、一才ちょっとではたかが知れているので我慢する。近くに沼があるそうなのだが、危険なので行かないよう注意された。
その代わり、この辺で高いと言われる丘にひとりで登ってみた。流石に一才ではきつく、てっぺんまで行くのに苦労した。
その甲斐あって、周囲を見渡すと、北側は森で、西と南は田畑があり、その向こうに川が流れている。東側には俺がすむ集落が見え、さらにその先に沼地が見えた。その向こうの地平線には林が広がっており、別の集落がうっすらと見える。
丘周辺の地形を記憶しつつ、その場を後にしようとしたとき、声をかけられた。
「おめえ、そんなところで何してるださ」
振り向くと、四十代くらいのおじさんが槍を担いでいる。
「誰?」
「俺か? 俺はサヘエってもんだ」
「サヘエ」
サヘエと名乗った男はのしのしと近づいてくると、片腕でひょいと俺を抱き上げた。
「どこの子だ」
「おとうとおかあの子だ」
すまん、両親の名前はまだ覚えきれてないんだ。
「それじゃあわかんねえよ。どっちから来た」
「あっち」
それなら分かる。東の集落を指差した。
佐兵衛に抱っこされたまま丘を降り、集落に入ると、近くを通りかかった女性があっと叫ぶ。
「見つけたー!!」
いきなり大声を上げないで欲しい。頭がくらくらする。
声を耳にしたのか、集落のあちこちから女性たちが姿を現し、祖母や母も俺に駆け寄ってくる。
「もう、どこ行ってたの、心配したんだから」
「ごめんなさい、ちょっと目を離したすきにいなくなっちゃって」
「丘の上にいたのを見つけてな。連れてきた」
母は近所の主婦たちとサヘエさんに平身低頭だ。
「どうやら怪我もしていないし良かったじゃない」
「皆さんにご迷惑とご心配をかけさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「良いって良いって」
散っていく主婦たちに頭を下げていた祖母と母が顔を上げる。祖母はそうでもなかったが、母は俺をにらみつけ、頭を叩いた。
「ひとりで出歩くなんて、何考えてるの!」
「ごめんなさい」
頭の痛みと軽率な行動に悲しくなった俺は泣いた。
うう、本当は泣きたくないのに感情の制御ができない。年齢か体に魂が引っ張られているんだろうか?
好奇心に負けて遠出したことを反省した。