本気
宴が終わった翌朝、酒を飲み過ぎたモズたちは二日酔いに悩まされていた。
「うう、頭が痛え」
「羽目を外しすぎたな」
セリが頭を抱えながらふらふらと歩き、比較的ましなブヤが彼を支えている。
「酒は旨かったんだけどね」
「カゼみたいに飲まなきゃ良かったか?」
「でも、酒なんてあんなに沢山飲める機会なんてないからなあ。もっと飲みたかった……」
モズは冷静な評価を下し、コウが今更後悔するような事を言い出し、タナソが未練がましい事を言う。
とにかく、酒が抜けるまで今日は休みとなった。モズたちは思い思いの場所で休むらしく、適当な場所で解散した。俺は都の外へ出て部隊の様子を見に行く。
部隊の野営地にたどり着くと、まだ皆は筵の上で寝転がっていびきをかいていた。お酒を入れた甕があちこちに置かれていて、そのうちの一つを覗き込むと中身は空っぽだった。
「どんだけ飲んだんだよ」
ミマツの国を駆け回ったのだ。起こすのも可哀想なのでそのままにしておいて、都の中に戻った。
都に住む人々は反乱の影響もなく平穏な日常を送っていた。
人々の通行に邪魔にならないよう道の端で彼らの日常を眺める。
こうして見ると、今までの騒動が嘘のようだ。
ぼうっとしていると、誰かに左肩を叩かれた。
振り向くと見たことのない少女が立っている。
年の頃は十四、五才か。服装はヨシマ村に住む同じ年頃の少女たちと比べ、品の良い生地を使った物を着ている。よく見れば髪をこれまた品の良い簪でまとめられてある。
「あんたがカゼ?」
「あ、うん。そうだけど、君は?」
「……モミよ。くそ親父の言いつけで、今日からあんたの許嫁になったわ。ふんっ」
モミと名乗る少女はそう言うと顔をぷいっと背ける。
父親、王とは仲が良くないのか?
「あ、そうなんだ」
「何よ、その反応」
素っ気ない態度が気に入らなかったのか、彼女は半眼で俺を睨む。
「いや、あの王様、本気だったのかって」
「残念なことに本気よ。あたしが将来の嫁になってあげる。 光栄に思いなさい」
「ええ……」
彼女は胸に手を当てて自信満々に言った。
いきなりそんなこと言われても、というのが正直な感想だった。
「許嫁って言っても、確か双方の親が決めないといけないんじゃなかったっけ?」
「ああ、それについてはあんたの親に伝令が行くって。こんな優良物件を逃すとは思えないけど」
俺の疑問に彼女はそう断言した。
外堀を埋めるつもりか。うちの母さん、俺にナシがいること知ってるから当然断ると思う。
一体、彼女はどこにそんな自信があるというのだろうか。
「それにしても、良く僕を見つけたね。人通り多いのに」
「顔に斜めに傷のある子どもなんてそうそういないわ」
そう言われてみればそうだ。
「御尤も。……僕は十二才だけど、君は?」
「十五。まあ、年の離れたおっさんや、がきんちょの相手をさせられるよりはまし、という事にしてあげる」
「それは、どういう意味?」
「所謂政略結婚って言う奴よ」
合点がいった。
「全く、いきなりにも程があるわ。今朝になってくそ親父がやって来て、あんたと婚約するよう言われた私の気持ち、分かる?」
「……分からない」
「今まで『どこそこの人と仲良くしておけ』とか、『あの方に対して粗相のないように』なんて言われて、好きでもない奴らに愛想を振りまく努力をしてきた事が、ぱあになったわ」
「ああ、うん、それは、お疲れ様?」
偉い人の下で生まれ育った女性も、大変なんだな。
「本当にそうよ。……まあ、感謝はしてる。接待する時、髭面の太ったおっさんに尻を撫でまわされることから解放されたんだから」
「うわぁ」
男は戦に駆り出されて死の危険を味わう羽目になるが、女性の場合は身の危険を心配しなければならなくなるのか。
さて、男と女、どちらが人生を幸福に過ごせるのかと、哲学的な思考に入ろうとしたところで彼女が声をかけてくる。
「ところで、今何をしてるの?」
「ここにいる人たちを見てた」
「……それだけ?」
「うん。それだけ」
「変なの」
「いやいや、変じゃないさ。平和というものをありがたがっているんだ」
「ああ、反乱した賊どもを捻じ伏せて来たんだっけ?」
捻じ伏せ……お姫様として、その言い方は無いと思う。
意外とこの少女はお転婆なのかもしれない。
「うん。この都も襲われずに済んで良かったねって話」
「ふうん。でも都にはくそ親父の軍がいるからその心配は無いわ。あんたたちは他の地域を鎮圧して回ってたんでしょ? その話が聞きたいんだけど」
「……女ってその手の話は興味ないんじゃない?」
「処世術って奴よ。顔の傷もその時につけられたの?」
「ああ、これは西の国へ行く途中、手強い賊と戦ったときに、ね」
「へえ。痛かった?」
「痛いけど、戦ってる最中に痛がってたら死んじゃうよ。我慢しながら戦ってたさ」
「ふうん」
彼女が俺の顔の傷を触り、撫でる。その仕草が妙に色っぽい。
俺の顔、赤くなってないだろうか。
傷を撫でるのに満足したのか手を離すと、彼女は別の話題を持ち出した。
「ねえ、あんたの住んでるとこ、どんな風?」
「どんなって」
「あたしが知ってるのはこの都の中だけで、外は物騒だから出してもらえないの。外の世界はどういう風になっているのかなってね。だから、お願い」
彼女が両方の掌を合わせて、目を閉じながら頭を軽く下げる。
籠の鳥、か。
大事にされるのは良いが、過保護なのもどうなんだろうとは思う。
「まあ、それくらいなら……」
「やった! ありがと!」
彼女は一転してにかっと笑顔になる。
ころころ表情が変わる少女だな、と思った。




