猪突猛進
その男を見た時、直感した。
こいつはやばいと。
「皆、今すぐ櫓から降りろ!」
「カゼさん? 一体……」
「いいから、早く!」
首を傾げられながらも俺の後に続いて矢束を抱えながら降りる村人たち。
村内に突入してきた男の視線がこちらを向いた気がする。
「皆、散らばれ!」
その声に皆が反応して互いに距離を離そうとし、男が動いた。男の姿が土煙と共に物凄い勢いで移動を始め、こちらに向かってくる。
辛うじて男の突進をかわしたところ、男は櫓に衝突した。
櫓は根元から折れ、宙に数秒浮き、地面に横倒しで落下した。
「……嘘だろ、おい」
誰からともなく、呆然とした声が出る。
「あんな無茶苦茶な奴、どうやって相手にすれば……」
また土煙。
「来るぞ! 避けろ!」
蜘蛛の子を散らすように皆が逃げ惑う。
男は縦横無尽に駆け回れるようだが、気付いたことがある。
進行方向に体当たりで何でもかんでも吹き飛ばす力。
走っている間は深い角度で曲がることはできない。
急には止まれない。
このくらいだろうか。
さて、どうやって倒すかだが。
あそこまで速いと飛び道具はおろか、サイコキネシスの誘導さえ無理だ。あっと言う間に射程外へ逃げられてしまう。
試しに奴の進路上から弓矢で射てみるか? けど、櫓を倒したその頑丈さに果たして通じるかどうか。
などと思っていると、同じことを考えたのか、弓を持っていた兵や村人たちが矢をつがえ始めたので、俺も同様にする。
奴は弓矢の射程外で停止すると進路を変えて突撃を始めた。土煙を巻き上げながら俺たちに迫る。各自の判断で矢を放つがそのどれもがあまりの速さに外れてしまう。俺も駄目元でサイコキネシスで誘導させて射ると運よく当たったが、がきんと音を立てて矢が折れた。
「……は?」
「何だあれ!?」
「折れたあ!?」
また逃げ遅れた兵や村人が吹き飛ばされ周囲が騒然とし、奴は傷を受けたという様子もなくかっ飛ばしている。
そのあまりの出鱈目っぷりに俺たちは呆れた。
「ど、どうすんだよ」
「矢が駄目なら、槍か?」
「止めとけ、死ぬぞ」
そういえば反乱勢はどうしてるかと村の外へ目をやると、村への攻撃を止めてこちらを眺めていた。というか、一部が武器を捨ててナナサト村へ走っている。故郷へ帰るつもりなのか、ただ単に逃げただけか。
その眺めていた連中の中へ奴が突撃して進路上にいた者たちを跳ね飛ばす。
「ええ……?」
「敵も味方も区別なしかよ!」
「何考えてんだ、あいつ!?」
奴は何を思ったのか群衆の中で立ち止まると、何かを言って俺たちを指差した。
「なあ、あいつ、何してると思う?」
「多分、見てないで俺たちの方を攻めろ、と言ってるんじゃないか?」
俺は弓を背負い、麻布を引っ張り出すと傍に落ちている石を取り上げた。
動いていない今が好機。
石を布で包んで回転させる。奴は反乱勢と口論になっているようだ。
その隙に一撃で仕留めてやる。
投げられた石は放物線を描いて飛んでいく。サイコキネシスの誘導で頭部に命中すると思われた直前、事態は変化した。
反乱勢が何を思ったのか奴に襲い掛かったのである。四方八方から攻められ終わるかと思えば、襲い掛かった連中が皆反対方向へ吹き飛ばされた。
一時的に奴の周囲がぽっかりと空いた場所に石が落下したが、弾かれた。
防がれた。理由は分からない。予め見えない障壁でも張っていたのか、反乱勢に襲い掛かられたから張ったせいなのか。
ただ、理解したのは奴の顔がこちらを向き、視線が俺を捉えたことだ。
だから俺は周囲に向けて叫んだ。
「奴の狙いは俺だ! こっちへ来るぞ! 俺から離れろ!」
奴がこちらへと足を踏み出す。その周囲にいた反乱勢が走り出した。
ナナサト村の方へと。
奴への恐怖で逃げ出したのかもしれないし、付き合っていられないと判断したのかもしれない。分かるのはもうヨシマ村へ来ないことくらいだろう。
奴が土煙を上げて駆け出し、一気に加速する。
俺が武器を槍に持ち替えて臨戦態勢に移る間、周りにいた兵や村人たちが逃げ出す。
奴が環濠を跳び越え、柵を弾き飛ばし、俺に迫る。
俺は目測と勘で最適な距離を見出し、棒高跳びの要領で上へと跳んだ。真下を奴が駆け抜けていく。その時の風圧が俺のむき出しの肌を叩く。その上、風圧で体が若干浮いた。
予想よりも長めな空中浮遊をしながら奴の進路を確認する。
ちっ、公衆便所には突入しなかったか。あと少しずれていれば。
着地しながら下品な事を考えつつも、対策を練る。
石、弓矢、槍が効かない。落とし穴も無理そうだし掘っている時間が無い。何か効果的な手段はないものか。
「カゼぇ!」
その声がした方に目を向けるとセリ他十数人が槍を手に駆けてくるのが見えた。
「おい、危ないぞ! こっちへ来るな!」
奴が停止しこちらへと振り向いた。また突撃が来る。俺が身構えると同時に奴は走り出した。
俺へ向かう進路が少しずれていないか? 行き先は……不味い!
「セリ、避けろぉ!」
「おわっ!?」
セリが野球でもこれはと思わせるヘッドスライディングを横っ飛びに決め、奴の突撃を辛うじてかわしたが、彼に続いていた兵と村人たちが避けきれずに三分の一くらいが弾き飛ばされた。
くそ、何で目標を俺からセリに変更した!?
麻布を取り出し、石を拾う。また狙いを俺に集中させるためだ。
停止した奴が再びセリへ向かい駆け出そうとする。セリはまだ起き上がりかけで、今度は回避できそうにない。
奴の速さも大分見慣れてきた。
奴の速度、予想進路、セリまでの距離、こちらの石を投げる動作にかかる時間、石がセリのいる所への到達時間、空気抵抗は分からんから除外。それらの情報と経験、勘、それにサイコキネシスの誘導を組み合わせて石を投げる。
この瞬間、世界が非常にゆっくりと見えた。
セリへと猛烈な速度で突進する奴。這うようにして回避を試みるセリ。二人が交差する地点へ飛んでいく石。
これだけでは奴の障壁みたいなものを突破することは不可能だろう。
何かないか、俺の力でできること。
土壇場になって思いついたことを、後先考えずに使用する。
奴の衣服が燃え上がった。能力を使うための集中が途切れて障壁が無くなることを期待しての行動だ。
あれだけの速度で走る奴の表情が変化した。確かに驚き慌てるような顔だ。
だけど、速度は変わらない。
まだ何か必要だ。
その時、脳裏に閃くものがあった。前世の日本で読んだライトノベルにあった、異能力者同士で戦う作品。あれを使わせてもらう。
サイコキネシスを使って奴の体に干渉してみた。具体的には、首を九十度真横に傾ける。
ここで奴に劇的な変化が訪れた。直進していたはずの体が安定を失ったのである。上半身が前に傾いていき、両足が宙に浮いた。そして、投げられた石が奴の胴体を直撃した。奴は体をくの字の状態にしたままセリの上を跳び越え、受け身も取れずに頭から着地、百m近くごろごろと転がって止まった。
ゆっくりになっていた世界が普通に戻る。
……今の感覚は? いや、それよりも。
セリを見やる。起き上がった彼は無事のようで、奴と俺を交互に見ている。
俺は近くに落ちていた石を拾いながら、倒れたままの奴の様子を見る。
止めを刺すため、石を包んだ布を回転させる。
動くなよ。
という思いも空しく奴はよろよろと立ち上がった。
「ふざけるな、……ふざけるなあああ!」
初めて奴の声を聞いた。
そんな感想を抱きながら投げた石は、見えない障壁は張られていなかったようで、今度こそ奴の頭部を打ち砕いた。




