説得
「報告! モズ隊長は両側面に兵を三十人ずつ派遣させました! それに加えて村人たちも加勢するそうです!」
「分かった、ありがとう! また何か変わったことが起きたら知らせて!」
「はっ!」
伝令に礼を言いながら考える。
両側面に回り込むため千人以上が移動していったが、目の前には少なくとも千人はいる。
オシと言う奴はどれだけの人間を動員したんだ。明らかに都の南にいる村人たちを根こそぎ移動させてきたようにしか見えない。
現に、女は一人もいないが、下は俺くらいの少年から上は白髪交じりの壮年まで賊の中に混じっている。今まで戦ってきた反乱勢には見られない光景だ。
この縄文時代に総力戦だと? ふざけるなと言いたい。
対してこちらは戦の経験を積んだ兵たちに加え、俺と一緒に訓練を積んだ村人たちだ。そうやすやすと突破されはしないと思いたい。
弓を引いた数は百回を恐らく超えた。というか、もうざっとしか数えていない。
「ねえ、訊きたいことがあるんだけど!」
隣で同じく弓を引いていた村人に声をかける。
「はい!? 何ですか!?」
「さっきから思ってたんだけどさ! これだけの矢、いつの間に用意しておいたのさ!?」
「カゼさんが旅立った後、こういうことが起きるかもしれないって噂が立ちまして!」
事前に準備をしておいたのか。
「ああ、なるほど! て言うか、さん付けは止めて!? ですますも!」
「良いじゃないですか! 敵の親玉との一騎打ち、格好良いです!」
「そこ!?」
どれだけ誇張されたんだろう、俺。
あのとき周りは敵だらけで、俺を見ている味方はいなかったはずなんだよなあ。
互いに軽口を叩き合いながら矢を射る。
環濠は死体でいっぱい、とはいかないものの、半ば近くまで埋まり、賊の手によって柵が動かされ始めている。それを阻止しようと俺の配下の兵と村人たちが槍で突き込もうとするが、別の賊が同じく槍で邪魔をするという展開があちこちで繰り広げられていた。
俺の位置からだと、柵を動かそうとする賊は柵が邪魔になって狙えないので、仕方なく環濠の中にいる賊、それも年齢が高く経験を積んでいそうな者から順に射ていた。
こいつらを全員倒すのは構わないが、それをやったら都の南の村々の経営そのものが崩壊したりしないか?
脳裏に、前世で周囲の三つの国から同時に攻め込まれ、男性の人口が一、二割まで激減し、働き手がいなくなって経済が崩壊した、パラグアイだかウルグアイだかの国を思い出した。
俺はそれを心配して賊に呼びかけることにした。
「おい、もうこの村を攻めるのは止せ! お前たちの嫁さんやお母さんを悲しませたくない! 故郷に帰れ!」
「ふざけるな! ここまで殺しておいて、言うことがそれか!?」
「舐めるなよ!」
「殺してやる!」
駄目か?
「この戦を嗾けたオシという奴を俺たちに突き出すだけで良いんだ! それだけで殺し合いは終わる!」
「信じられるかよ、そんなもん!」
「大体オシって誰だ!?」
駄目なのか?
「良く考えろ! お前たちがいなくなった後、村を支える男たちは!? 女だけで畑を耕したり切り盛りして生きていけるのか!?」
「それは……!」
西暦二千年代初頭の機械化の進んだ日本と比べて、手作業が主な縄文時代で女だけで生きていけるはずがない。狩りも畑仕事も体力勝負だし、何より男がいなくては子孫も残せない。
先に挙げた経済が崩壊した国も戦争から四十年経っても戦前の状態に戻っていないと聞いた。
賊の攻勢が俺たちの前だけだけど、弱まった。それに合わせて俺がいる周囲の兵と村人たちも応戦を手控える。
「ここに残った者たちだけでも帰ったらどうだ!? 食料が足りないのは分かる! 俺たちがお前たちの仲間や兄弟や息子や親を殺したのは許せないだろう! けれど、何もかも失ったらもう前のような生活はできなくなる! 引き返すのなら今の内だ! まだやり直せる!」
「……俺たちを相手に勝つつもりなのか!?」
「勝つとも! 日頃から訓練をしてきたからな! そこの環濠で横たわってるお前たちの仲間が沢山いるのに、俺たちはまだ死人が出ていない!」
賊は無言だ。反論できないのか、俺の話を聴きたいのか。
俺の目の前にいた賊が攻撃を止めたのに気付いた周囲の賊が、何事かと視線を向け始める。
「その上で言う! 俺たちは勝つ! この村が豊作だと誰に嘘を吹き込まれたのか知らないが、この村も食料はかつかつで分け与えることはできない! だが、戦って死ぬよりは良いだろう! どうだ!?」
賊が言葉を発しない。周囲の賊が攻撃をしない者たちに問いかける様子があちこちに見えた。
「……」
賊の誰かが何かを言ったようだ。その周囲にいた者たちが言葉を発した人物に注目する。
「俺、母ちゃんの所へ帰る!」
今度ははっきりと聞こえた。今にも泣きそうな声で、俺と年の変わらない少年が叫び、握っていた棒を投げ捨てると、ナナサト村の方角へと走り出す。
少年の周囲にいた者たちはこれに驚いて道を開ける者、止めようとして手を伸ばすも届かない者が出る。
その様子を見ていた者が一人、また一人と武器を捨て、ナナサト村、正確にはその向こうの故郷へと足を向けた。
一人が十人、十人が三十人と増えていき、様子を見ていた周囲の賊を巻き込んで、その規模は三百人を超えていった。
「おい、何をしている!? 攻めろ、食料は目の前にあるんだぞ!?」
遠くで部隊を指揮している男が喚き出すが、彼の周囲の賊は戸惑うばかりで続々と帰り出す者たちを眺めていた。
賊にも思うところはあるのだろう、俺の声の届かない範囲にいた者たちもぽつぽつとヨシマ村に背を向けて歩き出す。
「こう言うのもなんだけどさ」
「はい?」
俺が何気なく言った言葉を聞いた村人が反応した。
「皆、本当は殺し合いなんてしたくないって思ってたのかな?」
「どうなんでしょう? 私だったら嫁と母と子供たちを思い出して帰りたくなりますよ。食料の問題はありますけど」
「連中の顔見ましたけど、明らかに戦を嫌がってる顔でしたからね」
言われてみれば、村の外で相対したときの賊の顔は欲望が見え隠れするものだったけど、そいつらを真っ先に排除した後、続いてきた者たちの表情は悲壮なものだった。
どうも戦意旺盛な者たちが先頭に立っていたせいで、戦意の低い者たちが遅れてやって来たのが説得を上手くいかせたらしい。
「どうします? 他の場所でも同じように話しかけますか?」
「ですますはいいから。俺、年下だし。……そうだね、今から行こうか……?」
突然響き渡る爆音と遅れてやって来る振動。
その音に驚いて俺たちは音のした方角、ナナサト村を見た。
何か宙を舞っている物体が複数ある。
「何だ、あれ?」
「人、じゃないか?」
「分からないけど、何か起きてる……?」
爆音がした方から土煙が発生し、それがこちらへと物凄い勢いで近づいて来て、故郷へ向かって歩き出した元賊の一部を跳ね飛ばすが、それでも止まらない。
「おい、何かやばい……」
「不味い、逃げろ!」
村人が櫓から周囲に向かって警告を言った瞬間、何かは橋も無いのに環濠を通過すると、柵に衝突して轟音を立てて破壊し突破した。さらにその何かの進行方向にいた兵と村人たちが弾き飛ばされて地面を転がる。
柵と人を吹き飛ばした何かは百mほど突き進んだ後、急停止した。
その姿を見て、隣にいた村人が呟く。
「人間、だと?」
ナナサトからここまでを短時間で駆け抜けた、その脚力に俺の頭の中である名前が思い浮かんだ。
「オシ?」




