急変
誰かに揺さぶられているような気がする。
「……! ……さん! カゼさん! 起きて下さい!」
深い微睡から意識が急浮上させられる。
「んあ?」
「敵襲です! 敵襲!」
視界に映るのは満天の星空。寝てからどのくらい時間が経ったのか分からないが夜は明けてない。
敵、と言われても。正面にいる反乱勢なら見張りと夜番がいるし大丈夫なはず。そんな切羽詰まらなくても。
ふと、気付く。そもそも戦の音がしていない。
「敵? どこにいるの?」
「ヨシマが襲われてます!」
「……え!? 何で!?」
今度こそ意識が覚醒する。
慌てて跳び起きてヨシマ村へと視線を向けると、暗い夜、星空の明かりの下で真っ赤に燃える家屋が幾つも見えた。周囲は既に起きているようで、急いで鎧を着込んでいる兵が幾人もいる。
「分かりません! そもそも南の集団は昼の内に壊滅させたはずです!」
「分かった、ありがとう!」
見張りの兵の報告に礼を言いながら、俺も傍に置いてある鎧を手に取って着込み始める。
今から急いで行っても一時間くらいはかかる。
果たしてヨシマにいる兵だけで持ちこたえられるか、どうか。
鎧を着込み終えた俺はモズのいる場所へ直行する。
「モズ隊長! ヨシマへの出撃許可を下さい!」
「ああ、ちょっと待って! ここを襲われる可能性もあるから残る部隊を選んでおかないと……!」
「なら、僕とセリの足の速い偵察隊を行かせて下さい! この辺りは暗い夜でも、どこに何があるか知っているので!」
「そうだね、お願いするよ! ブヤ副隊長も付いて行ってもらってくれないかな!?」
「分かりました、同行します!」
既に完全武装したブヤがモズの頼みを受けた。
「ありがとうございます! こちらカゼ! 小隊、集合!」
「偵察隊、集合だ!」
俺とセリの合図に周囲からわっと兵たちが集まる。
「皆、出撃だ! 鎧は着たか!? 武器は持ったか!?」
『おう!』
俺の確認する声に兵たちが応答する。
「夜じゃ遠投げは使えない! 石は捨てて行け!」
『はっ!』
セリが走るのに邪魔になる石を兵に捨てさせたのを見て、俺も続く。
「俺たちも石を捨てるぞ! その方が早く着く!」
『はっ!』
準備が整ったのを確認した後、ブヤが号令をかける。
「出撃! 普通の駆け足!」
今回も偵察隊が先行し、俺たち小隊が後に続く構成だ。ただ、その後ろに続くタナソやコウの小隊がいないだけで。
それでも、ヨシマ村が心配になったのか、地元の村人たちも俺たちの後を付いて来ている。
兵たちが抱えた槍の刃先が月明りでちかちかと煌めく。
俺たちは余計な体力を消耗しないため無言で走る。
その間、様々なことを考えた。
ナシと家族、長老や村人たちは無事なのか。
何故、今頃になってヨシマを襲ったのか。
単純に考えて、ようやく準備が整ったから、と考えて良いのだろうか。
どこから反乱勢を持ち込んだのか。
南の集団を壊滅させた時、捕虜にした生き残りが暴れた? ありうるけど、村があそこまで盛大に燃えるものだろうか。
村の北の集団を密かに回り込ませた? ありえない。散々に蹴散らしてしまったので、そんな余力はないはず。
オシと呼ばれる人物が都の南の反乱勢をヨシマに向けさせた? ありえない。三、四日でこっちに引っ張って来る力なんて普通の人間なら持ってないはず。
……普通の人間じゃないなら?
不思議な力があるって言ってたな、そういえば。でも、手に触れずに相手を吹き飛ばす能力だけのはず。……いや、何でそれだけだと思っていた? 俺みたいに複数の能力持ちって線もあるじゃないか。
考えられるのは都の南の反乱勢まで片道二日かかるところを、短時間で走破する脚力。神様に頼んで足腰を強くしてもらったということか?
決めつけるのは良くないな。あくまでも仮説の一つとしておこう。
それにしても、都の南の反乱勢が攻め込んで来たとするなら、ナナサト村はどうしたんだろう? あそこは今年の秋の収穫は良くもなかったが、酷くもなかったはず。奴らに加わることはないから、抵抗する側なんだろう。
ナナサト村のある方角を眺めてみても特に何らかの兆候は見られな……いや、微かに幾つもの光点が揺れて見える。松明か何かだろうか。それがヨシマ村まで続いているのがこの距離になって見えてきた。
ナナサトに火を付けずに素通しで来た? 馬鹿な。一体ナナサトは何を考えて……。
俺はそこで嫌な予想が脳裏を掠めた。
まさか、ナナサト村は奴らに加わったのか? ヨシマと小競り合いになったこともあるが、俺の知る限りここのところは互いに交流を控えるだけで、争いはなかったのに。
考えをまとめているうちにヨシマ村に入る。
家屋の大体は燃え落ちて、骨組みのみが燃える現在、村のあちこちで槍と剣による応酬が続いている。
火の明かりに照らされて、地面を影が躍る。
純然たる殺し合いが目の前で繰り広げられていた。
「助けに来たぞ! 小隊、加勢しろ! 村の外へ押し返せ!」
『おう!』
小隊を横並びに変化させて反乱勢に槍で突進させる。一揆勢は突然現れた勢力に対応できずに、横からまともに殴りつけられた恰好となって態勢を崩す。
「痛え!」
「畜生!」
「新手だ! 新手が……ぐえっ」
敵からの悲鳴が上がる一方、ヨシマの兵や住民から声が届く。
「カゼだ!」
「おい、坊主、いや、カゼが来てくれたぞ!」
「よっしゃ! これで勝てる!」
ヨシマ側が勢いを盛り返した。
ヨシマ村に侵入した敵は百人を超えていたが、俺たちが加わったことで崩れた態勢を立て直すことはできずに後退を続ける。
「駄目だ! 逃げろ、逃げろぉ!」
「畜生、押すな! 押すなあ!」
敵、少なくとも俺たちと交戦している連中は逃げ腰だが、後ろにいる奴らはまだ戦う様子で、押し合い圧し合いしている。
ふと、セリの様子が気になって、目の前にいた敵五人を立て続けに槍で刺し殺すと、少し距離をとって左右を見回す。セリは俺の右側二十mくらいの所で敵と戦っていた。
「少しここを任せる! 偵察隊の様子を見てくる!」
「はっ!」
隣で戦っていた兵に声をかけると、俺はセリの隣まで走る。
「セリ! 奴らの中にナナサトの連中はいるか!? 戦いを止めさせることはできないか!?」
「できねえよ! こいつら、ナナサトじゃない!」
「何だと!? じゃあ、ナナサト村の人は、一体どこに……」
目の前を埋めつくす敵、敵、敵。
こいつら、都の南の反乱勢か。
「とにかく手伝え! ちょっと疲れてきたぞ!」
「分かった、交代しろ! セリは押されてる所の援護を頼む!」
「分かった、任せろ!」
セリが跳び退いた所に間髪入れず俺が跳び込んで穴を塞ぐ。
倒した敵を踏みつけながら前進し、槍を突き入れ敵を刺す。敵が後退するのに合わせて前進し槍を突く。
じりじりとした戦いは夜明け近くになって終了した。敵が村の外へ押し出されたのである。
「退け、退けえ!」
敵の指揮官らしき男が攻略を諦めたのか撤退の命令を出すと、たった今まで目の前で戦っていた敵が潮を引くように後退していった。
「……勝った?」
「勝った」
「勝ったぞ!」
「勝ったあああああ!」
ヨシマの村人たちが中心になって歓声を上げる。
「何とか押し返したな」
「セリ、お疲れ」
セリが左手を上げて挨拶してきたので槍を持っていない右手を上げる。
「ああ、逆だ、逆」
「……こうか?」
不思議に思って槍を右手に持ち替え左手を上げる。
「そうそう、そんな感じ」
「何? ……って」
セリは自身の左手を俺の左手に軽く叩いて、にかっと笑う。
「良い戦だったぜ」
「……そっちこそ。いや、まだ終わってないぞ」
左手で村の外を指差すと、弓の届かない、百m以上離れた位置で引いた敵が陣を敷きなおしているのが見えた。
俺たちと実際に戦って勝てないと知ったのか、逃げ出そうとしてる敵とそれを押し戻そうとしてる敵が見えるのがご愛嬌と言ったところか。
「偵察隊にモズ隊長の所へ伝令を出してくれ、本命はこっちだ。多分、オシって奴もここにいるぞ」
「分かった」
一時的にでも村を焼いた恨み、きっちり晴らさせてもらうぞ。




