避難民
ヤブイワ村に戻った俺たちは武装の点検をしながらヤマカミ村からの伝令と、帰還する元反乱勢に出した見張りが帰って来るのを待ってから、ヨシマへと出発する予定だ。
ヤブイワ村は大騒ぎだった。限定的だが、反乱が治まったので故郷に帰りたいと言って行動に移す者たちが出始めたのである。モズや村長はもうしばらく様子を見るように言ったのだが、治まりがつかない。
「皆、嬉しそうだな」
「故郷が荒らされてなきゃ良いけど」
騒いでいる人々を見たセリの感想に、俺は心配事を口に出す。
「カゼ、人っていうのは意外と強かな生き物だぞ。その辺は何とかするだろう」
「ブヤ副隊長」
「それに、いちいち首を突っ込んでいたら、身が持たんぞ」
「……分かりました」
この時代は西暦二千年代初頭の日本と比べて建築様式が恐ろしく簡単で、価格もただに近い。復興も現代に比べれば楽だろう。
そう思うことにした。
……これから迎える冬に間に合えばの話だが。
彼らの帰還準備の傍らで黒曜石のナイフを研いでいた俺の視界に影が差す。
視線を水平に戻すと、五つくらいの幼児が母親に連れられて立っていた。
「おにいちゃん」
「ああ、この間の」
俺はナイフから手を放して、手の汚れを麻布で拭き取る。
「すみません、この子がご飯を与えてくれた人にお礼をしたいと言ってきかないもので」
「ああ、そうだったんですか。いや、しかし、困ったな。今、モズ隊長は所用で出払っておりまして」
俺が困っていると幼児が進み出てきて言う。
「おおきなおにいちゃんにつたえて。ぼくたち、おうちにかえるんだって。だから、さよなら」
「そうか、良かったな」
俺はなんとなく子供の頭を優しく撫でた。
「うん。……ごはん、ありがとう。またね」
「ああ、また」
「いこう、おばさん」
「……おばさん?」
「ああ、いえ、その、私の子ではないんです。近所の子供でして」
親子じゃなかったのか。
「……失礼ですが、母親は?」
「村を出て行くとき、足腰の弱い両親が心配だから残ると。子供をお願いって言われて……」
「……そうでしたか。すみません」
「いえ、いいんです」
「貴方たちの無事を祈ります」
「ありがとうございます。……では」
去って行く二人を眺め、ぽつりと呟いた。
「……いつかどこかで」
伝令と見張りが戻って来たので俺たちは出発した。
向かう先はヨシマ村の沼を挟んだ東側にいるはずの反乱勢である。
彼らの指揮を執っているのはオシと呼ばれる人物らしいが、読み書きができて、反乱勢の無知につけこんで煽った卑劣な者くらいしか分かっていない。
前世の日本でとある小説を読んだときに、そんな奴らを呼称してたっけ。「シリーズ・人間の屑」と。
偵察隊を先行させて、残りは横一列に並んで捜索隊形をとり前進する。
たまに避難中の村人と出会って情報交換をしたり、ごく少数でうろついている野盗を退治したりとあったが、特に重要な事は起きず些末な話で終わった。
ヨシマに向かう途中で一晩野営し、翌朝進軍を再開する。しばらく歩くと、進行方向から灰色の煙が立っているのが見えてきた。
ふと、モズ隊長のいる方向に目を向けると、手ぬぐい付きの槍が上に向けられた状態で振られている。
集合しろという合図だ。
「小隊、集まれ! モズ隊長の下に集合!」
小隊に号令をかけて集めると、モズの所へ走る。
全員集合した後、モズから隊形を縦にするよう、新たな指示が下される。
偵察隊が先頭で、その次が俺たち小隊といつもの順だ。
再び進軍を始め歩き続けると、前方の偵察隊から一人こちらに向かって走って来る。
「報告! 反乱勢と思われる集団を発見しました! 北と南の二つに分かれており、どこかの村と交戦中です!」
「ありがとう。後方のモズ隊長たちにも報告お願い」
「はっ!」
駆け出す偵察隊員を見送った後、報告の内容を考え始めた。
間もなく、小隊長以上は急いでモズの所に集まるよう言われて行くと、どちらの集団を攻めるかの話し合いが始まった。
「北の集団から先に攻めるべきです」
そう切り出したのはコウだ。
「北を攻略すれば都への連絡線が確保でき、都からの援軍が見込めるかもしれません」
「仮に都と連絡がついた場合、すぐに援軍は来れるのか? 数日前の話ではオカワ方面の反乱勢と衝突していると聞いているが」
ブヤに疑問を呈されコウは沈黙した。
「今のところ都の北を鎮圧したという話は聞いていないね」
「むしろ、逆にオカワの方を先に鎮圧しろとか命令されて、ヨシマを後回しにされかねないのですが」
モズが発言した後、俺は悪い予想を言う。
俺たちは国によって組織されたのであるが、立ち位置が不明瞭だ。
もしかすると、国の組織の中でも最下位で、なんやかんやと命令され、振り回される可能性すらある。
「都の南の反乱勢も気になるところです。ヤタニ村に置いてある兵が虚仮威しと見抜かれるのも時間の問題と思っています」
タナソが別の問題点も上げる。
ヨシマはさっさと蹴りをつけて都の南を目指したいところだ。
「先に我々から近い南の集団を片付けるべきではないでしょうか?」
「南を攻めるとすると、不利を悟った北の集団が都の北にいる反乱勢と合流する危険があります」
続けてタナソが主張した案にコウが反論する。
「飯の奪い合いだぞ? 他所から来た同類を果たして受け入れるかあ? 仲間内で余計な混乱を引き起こすからしないと思うぜ」
セリが珍しく理性的な意見を述べた。困り果てたコウが別の案を絞り出す。
「いっその事、南北の両方を攻めるというのは……」
『人が足りないから却下』
「はい」
その場にいた皆に否定された。
「結論が出ないから、モズ隊長に任せようと思います」
「……そうですね」
タナソの言葉に皆が頷いた。
「悪い結果になったとしても、恨まないでくれ」
モズは皆を見回して言う。
「南の集団を先に攻めよう」




