相撲
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ブヤの合図と同時、セリが突進しながら突っ張りを放ってくる。
俺はセリが突き出した右手を掴みながら体を反転させ、背負い投げで地面に叩きつけ、すぐさまセリの右半身を引き起こしてうつ伏せにし、腕を極める。
「勝負あり、カゼの勝ち!」
「……え?」
互いへ飛ぶ周囲からの声援が唐突に止まる。
一方、セリはあっさり負けたことに呆然としていたが、俺が緩めた腕を振りほどくと、慌てて距離をとって言う。
「い、今のは油断してただけだ! もう一度勝負しろ!」
「……どうする?」
「大丈夫。来い」
ブヤの確認に俺は頷いた。
再び周囲から声援が飛び始める。
「のこった!」
ブヤの掛け声にセリは今度は直ぐに襲い掛かって来ず、じりじりと間合いを狭めてくる。
対する俺は左手と左半身を前にしながら腰を落として構えた。
「どうした、かかって来いよ」
セリの挑発に乗ることにした。
「では、お言葉に甘えて」
そう言って、俺は右足を蹴ってセリの懐に跳び込む。
「え?」
セリが声を出しながら、大外刈りで地面に叩きつけられる。
「は、早え……!」
「おいおい、勝負になってねえぞ」
「強いなおい」
外野の声援が完全に止み、ざわめきが広がる。
「もう一度だ!」
その意気や良し。と言いたいところなんだけれど、弱い。動きからするとなかなかのものなんだが、ヨシマの村の連中と比べても弱い。
「あー、これで最後だぞ?」
「馬鹿にしやがって!」
「してないから」
互いに構えを取ったのを確認して、ブヤが言う。
「はっけよい、のこった!」
セリは突きや蹴りを多用して攻めてきた。
俺はそれらをかわし、流し、受ける。ある程度見切ったところで彼の腕を掴んで姿勢を崩させ、投げの途中で頭上にセリを浮かせて振り回した。
「ひいいいいいい!?」
「降参するか?」
悲鳴を上げるセリに問いかける。
「い、嫌だ、誰が降参なんてするもんかっ!」
「良く言った」
そう言って投げ落とす。何も殺す気はないので、頭ではなく背中から落としてやる。
セリは受け身もとれずに叩きつけられ、気絶した。
「し、勝負あり……」
ブヤが勝敗を告げるが誰も沸かない。
「おいおい、マジかよ」
「あの技見たことある奴いるか?」
「俺見た。うちの村で爺さんが大の男をぶん回してるの」
「確か、よっぽど訓練を受けてないと教えてもらえないはずだぞ、あれ」
モズが近寄ってくる。
もう一人、外周の輪から一人が抜け出してセリに駆け寄って介抱を始めた。彼の同郷の者だろうか。
「ご苦労様。でも、ちょっとやり過ぎたんじゃないか?」
「自分でもそう思います」
皆に強さを見せつけるのは良かったけど、何か萎縮しちゃってる。
「で、どう? セリ君は?」
「平凡ですけど、意気込みは良いですね。セリの村とは仲が悪いんですが、彼ならうちの村の人たちと一緒に訓練しても良いんじゃないでしょうか」
「仲が悪いのに?」
モズは不思議そうな顔で俺を見る。
「だからこそですよ。……どことも知れない海の向こうの国が私たちに攻め込んできている最中に、いがみ合ってる場合ではないと思います」
「……そうだね」
モズは介抱されてるセリを見つめる。
「モズさんはどうなんですか? 一旦、故郷へ戻るのを選んだんですから、家族を思ってのことだと感じたのですが」
「うん、そうだよ。僕はね、故郷に敵がいつ来るかを心配するよりも、明日の食料を確保できるかどうかを気に病む未来を選んだんだ」
「それは……、正しいと思います」
モズの見識に俺は反論できない。
「君は敵を撃退する道を選んだのに、どうして故郷に戻ろうとしたんだい?」
「ミマツの国の皆を怒るためですよ。力を合わせなきゃいけない時に何してるんだって」
「確かにそうだ」
野太い声が頭上からかかる。
「ブヤさん?」
「俺はどっちが正しいか分からんが、どちらも正しいと思う」
ブヤの言葉に沈黙せざるを得ない。
「二人が選んだのは正しくても、ここでは間違ってると俺は思う」
「じゃあ、どうすれば良いのさ」
正解が分からない俺は口をとがらせて訊いてみる。
「決まってるだろう。両方さ、まとめて採ってしまえば良い」
「ブヤ、君ね……」
苦笑いするモズにブヤが断言する。
「だから、王も選んだ、西へ東へそれぞれ助けに行くと。カゼもだ。まず東を助けてから西へ向かう」
俺とモズはブヤの意見の続きを待つ。
「モズもカゼと同じか?」
「僕は……どうだろうね。故郷の皆を助けた後、また西の国へ行くかは決めてない。もしかしたら、僕の代わりに誰かが行くことになるかもしれない。また反乱が起きないか心配だから」
「じゃあ訊くけどさ、モズさんはどうして西の国へ行かされることになったの?」
「それは、村の長老たちが決めたからだよ」
「モズさんとブヤさんの村、オカワと……ヤタニって言ったっけ? そっちの村の農作物の収穫はどう? うちの村は何とか冬を越せそうって言う話だけど」
突然、話している内容が変わったのだろう、モズとブヤは訝しげな表情になったが、答えてくれる。
「……僕の村もぎりぎりで冬を越せると聞いてるけど、それが?」
「俺の村はいつも通りだな。死人を出さずに済むって話だ」
二人の村は平穏と。だとすれば周りから襲われる側か。
「うちの村の長老、村長が言ったんだよ。西の国へ行かせるのに、何故その人を選んだのかを詳しく言うと恨まれるから墓の下まで持って行くって。まあ、僕の場合は強いのが王様の耳に入っちゃって、西に行くよう言われたんだけどね。……モズさんはどうだったのさ?」
「……いや、さっきも言った通り、長老たちが決めたことを伝えられただけで、それ以上のことは何も……」
「そうなんだ。でさ、僕はこう思ってる。みんなを西へ行かせるのは死なせるためじゃない、生きて帰ってきて欲しい、この人なら無事帰って来れるだろうって」
モズは眩しいものを見たような表情でしみじみと言う。
「……カゼ、君は人を信じてるんだね」
「うん、まだ十二年しか生きてないけど、村の皆、優しいから」
「幸せな道を歩んできたんだね」
視界の端でセリが目覚めたようだ。頻りに周囲を見回してる。
「これからどうなるか分からないけどね。……だから皆を守りたい。あの笑顔が失われるのは嫌だ。……カダの町を見たでしょ? あんな悲しい光景見たくない。こっちから討って出るんだ。もしも、奴らが集団で本気で来たら、このままじゃ……」
思い返すのは蒙古の文永の役だ。
防備の整っていなかった鎌倉勢に、あの大軍が損害を気にせず本気で襲い掛かっていたら、九州、中国地方は危なかったと西暦二千二十年くらいの頃、識者の間で言われていたそうだ。
今はまだ、北方の異民族が半島を蹂躙しようとしているくらいで済んでいるが、どこまで飛び火するかは未知数だ。
「カゼ君、君は……」
「はい?」
「いや、何でもない」
何かを言いかけたモズは横に首を振ると、周りに向かって呼びかけた。
「さあ、相撲の続きと行こう。誰か、カゼ君に挑む勇者はいるかい?」
「俺が行く」
「なら次は俺だ」
「じゃあその次は俺」
モズの含みを持たせた言い方に男たちが反応する。
煽るのが上手いな、この人。
俺一人で次々と挑んでくる若者たちを捌きながら思う。
なんだかこうしていると、故郷の村での訓練を思い出す。
まだそれほど月日は経っていないのに、やけに懐かしく感じられた。




