決着
俺たちの会話を聞いている者がいないことを確認しつつ、こちらも現代日本語で返す。
「……お前、日本人か」
「ふん、あんな汚らわしい連中と一緒にするな。前世では親の過ちで半分、豚の蹄として生まれてきてしまったが、俺は今生、半島の高貴な生まれだ」
豚の蹄、たしか江戸時代の日本人が下駄を履いているのを見たある民族が、指先が親指とそれ以外の指に分けられているので、動物に例えて蔑むようになったんだっけか。
他の日本人なら怒るかもしれないが、俺には耐性があったので平気だった。
何せ西暦二千年頃は日本人ならよほどの貧乏でもない限り、インターネットにパソコンやスマートフォンを繋いで過ごすのが日常だったからだ。
特に様々な情報が溢れる日本の巨大掲示板群は便利で、俺は成人してから二十年近く入り浸っていた。
情報の中には嘘を混ぜて信じ込ませようという、悪質な使用者も数多く潜んでいた。まあ、違法なツールなどで大人数に見せかけて情報操作しているのが大半だったが。
その中でも酷かったのが日本人を装ったなりすましで、とにかく日本を見下し、よその国を持ち上げて掲示板を荒らす連中がいたことだろう。
日本では漆はありふれた物で、器に塗った物を漆器と呼んでいた。そこから誰が呼び始めたのか知らないが、漆器の国という意味でJAPAN、つまりジャップと呼ぶようになったとか。
それがいつしか第二次世界大戦、もしくはそれ以前で日本人を差別する言葉として用いられることになったと聞く。
戦後七十年たった時には差別発言ということで、控える外国人が増えてきたとは聞いてはいるが、インターネットではそれを好んで積極的に使用する民族もいる。
そんな奴らが四六時中掲示板に張り付いて喚き散らしていれば、怒りを通り越して無関心になるのも当たり前となる。
「確かに俺も転生者だが、それがどうかしたのか?」
「単刀直入に言う。俺と手を組まないか?」
質問に答えたら、意味の分からない勧誘がきた。
追い詰めているのはこちら側なんだが。
「こう言っては何だが、かなり上の裕福な貴族の生まれでな」
人質としての利用価値があるから殺さないで下さい、という懇願だろうか。
「寝返れば贅沢な暮らしができることを約束しよう」
いや、だから追い詰めてるのこっちなんだって。
というか、向こうに行ったら食事に毒を盛られて殺されかねない。
一応、神様から毒による耐性を持ってはいるんだけど、毒無効ではないから、どこまで飲ませられても平気なのか見当がつかない。怖くて試したこともない。
いくら死なないとはいえ、怖いものは怖いのだ。
「どうだ?」
「断る」
そう答えながら殺すつもりで斬りかかる。
裕福な貴族の出だとか、日本の未来への鍵を握る重要人物とか、もはやそう言う次元の話ではない。
どこまで情報が洩れているのか分からないが、転生者と知られてしまった以上、口を封じる他なくなった。
生まれ変わりということが世間に知られれば、どのような目に遭うのか想像もつかない。
崇め奉られるならまだ良い方で、大抵は不気味な存在として扱われた挙句、天岩戸に永久封印なんてされかねない。
「残念だ」
羽織の男が後退しながら身を翻し、羽織がぶわりと俺の視界を遮るように広がった。
嫌な予感がして距離を取ろうと後退し、羽織の裾が俺の顔を掠める。
さくりという音と共に顔に激痛が走った。血しぶきが上がり、右目が黒く染まる。
斬られた!? 何をした!?
剣を持っていない左手を顔に当ててから掌を見ると血がべったりとくっついていた。
羽織の男はいつの間にか剣を抜いていたが、その刃に血はついていない。
なら、何で斬った?
黒く染まった右目は当分使い物にならないだろう。右目を閉じて警戒しながら前進する。
「ふん、浅かったか」
鼻を鳴らした羽織の男は前進しながら一回転、羽織を巻き上げる。
前よりも後退しつつ、俺は今度こそ見た。膨れた裾に月の光を反射する金属片が多数付いているのを。白い羽織に裾だけが黒く染まっているのを。
念のため剣を体の中心に構えていたのが幸いした。
耳障りな金属音を立てて剣が揺れる。裾の刃の斬撃を逸らしたものの、銅剣の刃先が欠け、月の光を浴びてきらきらと破片が宙に舞う。
裾の刃は銅じゃないな、青銅か、鉄か。
羽織を舞うだけかと思えば、持っていた剣で斬りかかってくる。
いきなり右目が使えなくなったので、遠近感が狂い、辛うじて回避することしかできなくなった。
このままではジリ貧だ。何とかしないと。どうすれば。
近寄ろうにも羽織が邪魔をする。
離れた所から弓矢で射ても羽織に阻まれる。
打つ手無しか?
いや、待て。どんな奴にでも弱点や隙は必ずあるはず。
何かあるはずだ。よく見ろ、よく見ろ。
羽織が振るわれる度、剣の刃こぼれが酷くなる。一度受け損ねて、鎧が袈裟懸けに引き裂かれる。あとちょっと前に出ていたら、腹を裂かれて内臓が飛び出ていたに違いない。
それでも羽織による攻撃は回数を重ねる毎に目が慣れてきた。
攻撃に入る直前の踏み込み。半回転するまでの時間。それに少し遅れて羽織が目の前に迫るまでの時間。もう半回転して正面に向き直るまでの時間。
想像しろ、想像しろ。
これを俺が特定の攻撃をする時間の始まりから終わりまでを重ね合わせる。
…………見えた。
男が剣による斬りつけや突きを数度行った後、独特の踏み込みに入った。
来た!
男が回転を始め、奴の視界が俺から外れる瞬間に、左手を自身の背後に手をやる。
残った黒曜石のナイフを三本、まとめて引き抜いて前方に投げる。
一本は膨れ上がった羽織に弾かれた。
もう一本は男の頭上を通り過ぎる。
そして、最後の一本。
目の前のことに集中しすぎていて、サイコキネシスの誘導を忘れてしまっていた三本の内の最後の一本は、回転を終えた男の左目に突き刺さった。
「っ!」
羽織の男は声にならない悲鳴を上げて仰け反る。
その期を逃さず、俺は右手の剣で奴の喉を突き刺した。
なるべくオブラートに書いたけど、大丈夫だろうか。
アカウントごと、消されませんように。




