一対多
状況を整理しよう。
俺と同じ船に乗っている見張りは転倒しまだ起き上がれない。
通訳のヨヘイは戦力外の上、腰が抜けたのか動かない。
海側から攻めた部隊、つまり、俺以外の部下たちは槍を持っていて、それぞれ距離の離れた船にいるため、弓を持っていないから援護は見込めない。
舫を解いたと思われる部下二人はすぐに乗船してくるだろうが、他の味方は無事な船を探しに分散中だった。
ただ、広場にいた敵は掃討し終わっていて、手持ち無沙汰となっている兵たちがこちらの窮地に気付いたので、すぐに加勢に来てくれるはず。
対して敵の主力は今、目の前の船から俺たちが乗っている船に跳び移ろうとしている。その総数は不明ときた。さらに敵の船には弓兵がざっと見ただけで六、七人くらい並んで矢をつがえようとする姿を見た。
敵のほぼ全員が下半身丸出しなのは絵面としてどうかと思うが、今はそれどころではない。
とりあえず今はそいつら全部、俺が相手しなくちゃいけないのか。いくら何でも無理がある。
幸いなことに、敵の船は斜めにぶつかってきたので、こちらの船との接触面はごく僅か。一度に三人ずつしか乗り移れないことだろうか?
「見張りは今すぐこいつを連れて逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」
ヨヘイを退避させれば俺も後退できる。
命令しながら右手で剣を鞘から抜き、左手で袈裟懸けに巻き付けられた帯から黒曜石のナイフを三本取り出して投げる。サイコキネシスで誘導されたナイフは、こちらの船に乗り移ろうとした三人のうちの一人に、残る二本は一番俺に近い弓兵二人、それぞれの目に突き刺さる。乗り移ろうとして傷を受けた男は、足を踏み外して海に落ちていった。
お返しに矢が複数飛んできた。見張りは狙われなかったようだが、ヨヘイにも矢が向かう。
俺に襲い掛かってきた矢をかわしながら、ヨヘイに飛んでいく矢だけを剣で切り払う。
故郷で皆から、いくら訓練とは言えそこまでしなくてもと言われた、矢の回避と切り払いは十分役に立っている。
だが、誰かを守りながら避けるという芸当は、今初めてだ。
袈裟懸けに巻き付けてあったナイフは、背中側を残して使いきった。それは奥の手として取って置き、左太股に巻き付けてあった三本のナイフを全て引き抜き、再び投擲する。
今度は弓兵狙いだ。次の矢をつがえていた三人、それぞれの目に命中し無力化させる。
残る弓兵は二人。この船に乗り込んだ敵兵二人がこちらに剣を振り上げながら突進してきた。その後ろから船に乗り移る敵兵の姿がある。
俺はまだ十二の子供だから、大人である敵の方が上背になる。どうしても力では大人の方が勝るため、訓練では大げさに避けながら攻撃していたが、今その戦法をとると、こいつらは後ろにいるヨヘイに向かいかねない。故に最小限の動きで敵の攻撃をかわしたり受け流したりしながら反撃する。
味方はまだ誰も加勢に来ない。
ヨヘイはまだ立てないが、見張りがようやく起き上がった。
見張りは打ち所が悪かったのかよたよたとヨヘイに近寄ると、彼の腕を掴み無理やり立たせ、渡しの方へ歩き出す。
視界の端の方で弓兵が狙いをヨヘイたちにつけているのが見えた。先ほど俺が庇ったのが裏目にでたのか、重要人物と見られたようだ。
そうはさせじと、ヨヘイたちの移動に合わせて弓兵との射線を遮るように、さり気なく戦場を移し敵兵を誘導する。
予想は的中し、弓兵と目の前の敵兵たちとの間で怒鳴り合いが起きた。
恐らく、邪魔だ、どけ、とか、うるせえ、黙ってろ、などと言っているに違いない。
その機会を見逃さずに、集中力が散漫になった目の前の二人を、左手で背中から引き抜いたナイフを太股に斬りつけ、姿勢が崩れたところをまとめて斬った。
半ばから切断された首から血が噴き上がり、どうと倒れたが、入れ替わるように直ぐに後ろにいた敵兵が前進してくる。
その間にヨヘイたちは渡しへたどり着いた。後は降りるだけ……。
「カ、カゼぇ」
「何だ、どうした!?」
ヨヘイのあまりにも情けない声にうんざりする。
目の前のことに集中したいんだが。
「渡しがない、海に落ちてるぅ!」
さっきの衝突で外れたのか。それで誰も上に上がって来ないと。
渡しを他の船から持ってくればいいが、丸太を縦割りしただけの分厚い板なので、それなりに重いはず。
代わりを持って来てくれるまで待てないぞ。
「弓矢に狙われてるぞ! いいから飛び降りろ! 庇いきれない!」
「で、でも……」
「すみません!」
「うひぁ!?」
見張りの声と共にヨヘイが突き飛ばされ、奇妙な叫び声と一緒に落下し、水音がした。
見張りにも逃げろと言おうとした瞬間。
目の前にいる敵四人の内、二人が前のめりに倒れる。その背中に矢が突き立っていた。
一瞬、誤射かと思ったが合計で四本突き立っている。
まさかと思い顔を動かさず視線を移すと、視界の端で見張りの背中に矢が刺さり、海へと落ちていくのが見えた。
倒れた敵兵の後方を見ると、無力化した兵から弓矢を取り上げ、新たな弓兵が合計七人並んでいた。
こいつら、誤射を承知で射かけてきやがった。
倒れた敵兵の穴を埋めるようにして新たな兵が前進、してこない。俺を警戒してはいるものの、攻撃が一時的に止んだ。
敵弓兵の射線に隠れるように移動し、敵兵を盾にする。
俺に近接戦を挑んでいた兵たちが、一斉に弓兵どもに向かって先ほどよりも激しく怒鳴り散らした。
背後から仲間ごと巻き込む攻撃をされたら、誰だって怒る。
良い機会だ。
今の内に目の前の兵を片付けるか。
そうすると遮る者はなくなり、矢でハチの巣にされそうだ。今持っている飛び道具の数も半分もない。矢筒の中の矢はまだたっぷりあるが、数で負ける。
では、逃げるか。
この船は舫を解いたから逃げられやすくなった。けど船同士接触しているので、退かすのに時間かかりそうだ。
下にいる奴隷たちには可哀そうだが、一旦態勢を立て直すのも手か。
ヨヘイは逃がした。これで十分。
考えがまとまったところに、敵の指揮官が野太い怒鳴り声が響き、言い争いがぴたりと止んだ。
敵の意識がこちらに向く前に俺は駆け出した。
岸壁の方へと。
一時転身。
手すりを跳び越える際、矢が何本か放たれたのだろう、足元を掠めていく。跳んでいなかったら背中に刺さっていた。それでも避けきれず、右足の脹脛の肉を浅く切り裂かれた。
「そこ、どいてくれ!」
岸壁ではミマツとカダの兵たちが集まっていたが、俺の言葉に着地予想地点の場所を空けるためか、ざっと輪が広がる。
弓を背負っていたため回転受け身ができず、痛みで着地に失敗し、地面を滑って膝小僧が擦り傷だらけになる。まあ、矢に当たらなかっただけ良しとしよう。
「ヨヘイと見張りはどこだ!?」
「ここだよお」
ヨヘイの返事に振り向くと、味方に助けられて引き上げられたようで、全身ずぶ濡れだった。
見張りの方も引き上げられたが、右肩に近い背中に矢が刺さっており、その周囲にいた人が矢を引き抜こうとしていた。
見張りの容態が心配だが、とりあえず、今の時点では二人が無事で良かった。
ナガルを見つけた俺は報告する。
「ナガル王子、至急応援願います! 流石に一人だけで船を守るのはキツイです!」
「分かった、任せろ」
「敵は剣と弓で構成されてます! 注意して下さい!」
「うむ。というか、お前も来い」
「喜んで!」
ケガをした足が痛むが、戦闘するには支障がない。
やせ我慢かもしれない。が、ここは踏ん張りどころだ。
そこに、船に乗り込むための渡しが四人がかりでえっちらおっちらと運ばれてくる。
さあ、逆襲開始だ。




