突撃
「ナガル王子の指示を仰いでくる。このまま待機してくれ」
「分かりました」
「それと、誰かあの船を見張っていてくれないか? 変化があったら教えて欲しい」
「私が見ています」
俺は同じ船に乗っている三人の部下に声をかけると渡しを通って下船する。その途中で敵に奪われた船が停泊していた位置を見ると、落水した味方三人が岸壁にしがみついていた。鎧の重みで這い上がれないようだ。
「隊長、助けて下さい」
「分かった、少し待て」
倉庫の脇に陣取っている兵たちに声をかける。
「おおい、味方が海に落ちた。すまないが引き上げてくれないか?」
「分かりました」
そう伝えると、王子のもとへ急ぐ。
ナガルたちは掃討戦に移り逃げ腰の敵兵を次々と討っていく最中だった。
「ナガル王子!」
俺の呼びかけに周囲の兵に命令していたナガルがこちらに振り向いた。
「どうした?」
「敵の親玉が兵を連れ、船一隻を奪い逃げました」
「何? それでこいつら脆かったのか……」
ナガルは足元の敵兵の死体を見て納得する。
「ただし、逃げた船を一時的に足止めしました。こちらも今すぐ、空いている船に乗って追いかければ討ち取れます」
「でかした」
ナガルは周囲に呼びかける。
「手の空いた者は集まれ! 敵が船に乗って逃走した! こちらも船に乗って追撃する! 船を操れる者がいたら来い!」
その言葉に手すきの兵が駆け寄ってくる。
「俺、いえ、私は帆を操作できます!」
「櫂を漕いでます!」
「船の運用の指揮をとってました!」
続々と集まり、カダ育ちの兵たちが口々に発言する。
ミマツの国だと多数の櫂の同時運用で漕ぐ船って見かけないんだよね。やはり海の向こうの国が開発したんだろうか。
ともかく、餅は餅屋に任せた方が良いだろう。
「敵の船を使って追うことはできるか!?」
「無理です!」
ナガルの問いに俺は否定で返す。
「何故だ、カゼ?」
「船の中に櫂を漕ぐ奴隷がいるようなんですが、言葉が通じるかどうか分かりません!」
「船を操ることができないかもしれない、と?」
「それでは、今から試しに話しかけてみて、出来れば交渉してきます!」
「それなら、通訳のヨヘイを連れて行け。力になれるやもしれん。……カダの兵たちは他にまだ使える船がないか、探すんだ!」
『はっ!』
彼らが行動に移す前に俺は気づいたことを口にした。
「ちょっと待って下さい! すみません、矢を使い切ってしまいました! どなたか矢を分けて下さい!」
「分かった、俺のを使え!」
「ありがとうございます! ……では!」
名も知らぬ兵から矢を束で受け取ると、礼を言いながら矢筒に押し込み、ヨヘイと共に船へと走る。
「あの、私、西の国の言葉なら話せるんですけど、海の向こうの国の言葉はさっぱりですよ?」
「選択肢は多ければ多いほど良いんだ、やるだけやってみるさ」
ヨヘイと会話しながら渡しを通り、先ほどの船に戻ると、見張りを除いた二人に命令する。
「悪いが舫を解いておいてくれないか? 逃げ出した奴らをこの船で追うかもしれない」
「はっ」
「奴らの船の様子はどうだ?」
「まだ動きがありません」
「引き続き見張りを頼む」
「はい」
俺は船の後ろの方にある下り階段を見つけると、黒曜石のナイフを右手に持ちながら、躊躇いなく降りていく。
「臭い」
「汗と糞尿の臭いだ。我慢しろ」
ヨヘイの心底嫌そうな言葉に、抑えるよう言う。
垂れ流しかよ。
あまり踏み入れたくない場所だが、奴隷確定だ。
「誰か、俺の言葉が分かる者はいないか!? 助けに来たぞ!」
暗闇の中で人影のようなものが蠢いた。
返事がないのはミマツの国の言葉を理解できていないと判断して良いのだろうか。
「ヨヘイ、頼む」
「分かった」
ヨヘイが鼻をつまみながら西の国の言葉で呼びかける。
初めて聞いたが、まるで全然別の国の言葉だ。日本語っぽいが日本語でない、方言といえばいいか。
すると、暗闇の中から何人かが元気のない声で返事をした。
通じた。
「ヨヘイ、何と言ってる?」
「助かった、本当に? とか、国に帰りたい、などと言ってる」
「ヨヘイ、訳してくれ。……お前たち、周りの人と会話ができるか?」
「……、……。駄目、彼らにも通じないようだ」
「ああ、会話の橋渡しをしてもらえたらと思ったんだが、そう上手くはいかないらしい。この船で敵を追いかけるのは無理そうだ」
「彼らとカダの人たちと交代してもらえば」
「それも無理だな、彼らの足元を見ろ」
「? げ」
暗闇に目が慣れてきたので周囲を確認すると、ここに連れてこられてから碌な扱いを受けていないのが分かるくらい、酷い状態だった。
一度も着替えさせられていない服、ぼさぼさの髪と髭、裸足の上、逃げられないように太い縄で足首に巻いてあり、端の木に縛り付けられ、つながれていた。
これが全ての船にあるのか。だとすれば、矢を射こまれて負傷者を出した敵の船は、縄を外して交代させるのに時間がかかっていることになる。俺の判断は間違っていなかった。
しかし、現代日本で中世の歴史の本を読んだとき、そういう描写はあったけど、実際に目の当たりにすると悲しくなるな。
「酷い」
「もうしばらく我慢するように伝えろ。敵を殲滅するのが先だ。上に上がろう。別の船を探さないと……」
「伝令っ! 敵の船が動き始めました!」
突然、先ほどの見張りが階段上から話しかけてきた。
「奴ら、沖へと逃げてるんだな?」
「あ、いえ、それが」
「どうした?」
見張りが敵の船がいるであろう方向を確認してから、叫ぶ。
「こ、こちらへ向かって来ます!」
「……は?」
「え、何で!?」
俺は慌てるヨヘイと甲板上に上がると、敵の船が櫂を漕いで目の前に迫っているのが見えた。
「やばい、何かに掴まれ!」
見張りに言うと、俺はヨヘイの脇に抱え、敵の船が突進してくる方向とは反対側の船縁の手すりに掴まる。
次の瞬間、凄い衝撃が俺たちを襲う。俺たちは耐えられたが、見張りは足を滑らせて派手に転んだ。しばらくは立てないだろう。
揺れが収まり立ち上がろうとすると、敵の船から雄叫びが聞こえ始めた。
奴ら、この船を奪って逃げるつもりだ。
俺は広場に向けて叫んだ。
「敵襲っ! 奴らこの船に乗り込んで……!」
嫌な予感がしてその場を跳びのくと、矢が二、三本通過していった。
振り向くと、敵の船に乗っている弓兵が複数おり、剣を持った兵どもがこちらに乗り込んでくるところだった。




