夜間襲撃
ぴいいいいいい……!
炎に包まれた鏑矢が天高く昇って行く。
それに対する人の反応は様々だった。
船の甲板下から多数の人間が起きだす気配。
甲板上にいた部下たちが駆け出し、岸壁と船を繋ぐ渡しの前に陣取る。
倒れた見張りに近づいていた別の見張りが空を見上げる。
宴に酔いしれていた者たちは周囲を見回す。
一番に異常を感じたのは広場の周囲にいた見張りだった。夜空を見上げそれが何を意味するのかを理解したのか、広場に向けて駆け出しながら大声で何事か叫ぶ。
それから少し間をおいて、広場の向こうの暗闇から多くの足音が聞こえ、焚き火の明かりにナガル王子たちの姿が浮かび上がる。
あの王子様、先頭は駄目って言ったのに。
服装が目立つからそこらの農民の服に着替えるよう進言し、多少マシにはなったものの、華美ではないが立派な鎧を着ているため、あまり効果は無いように思えた。
俺は弓に矢をつがえて引き絞る。まず誰を狙うか?
こちらに気づいた海岸側近くの見張り。
船に乗船している部下たちに対応を任せる。
広場の向こうを警備している見張り。
敵の中で一番上等な装備をしているが、ナガルたちを前にしては多勢に無勢だろう。これも放置。
広場で宴を開いていた奴ら。
警戒のためか上半身は鎧を着込んでいたが、下半身は何も身に着けていない。そいつらの周辺に全裸の女たちが倒れ伏している。今まで何をしていたのか良く分かる。
酔っぱらってはいるものの、そこらに置いてある剣や槍を取って襲撃に備え始めた。着用する時間がないと判断したらしく、下は丸出しだった。
戦慣れしているな。
奴らの中で仕立ての良い服や鎧を着て、周囲に指示を飛ばしている奴は誰だ?
ざっと全体を見渡すと四人いた。広場の中心に一塊になって臨戦態勢を整えている。その内の二人は周囲の兵よりマシだが、残る二人には及ばない。
肝心の二人だが、片方が特に立派そうな鎧を着ており、大声を上げ全体をまとめ上げてるように見える。こいつが指揮官だな。
残る一人は一目見て男と分かるが、女性のように地面まで擦れそうな、この時代では見ない、昭和という年号の大衆時代劇番組で見るような真っ白な長い羽織を着て……!?
その男と目が合った。
他の奴らと違って体がふらついていない。それどころか羽織の下に敵指揮官ほどではないが簡素な鎧を着込んでいる。
あいつだけ酒と女で遊んでいない?
何となく俺が海側の部隊の隊長と勘づかれたような気がする。
何としてでも生かして捕らえないといけない。重要な情報を持っているに違いない。
俺は羽織の男目掛け、サイコキネシスの誘導付きで矢を放つ。
逃げられないよう、足の甲を射抜いて地面に縫い留めるよう狙う。
羽織の男は突然背中を見せた。ふわりと羽織が膨らみ、そこに矢が突き立つ。
は?
その場で一回転した男は羽織に刺さった矢を引き抜くとそれをしげしげと眺め、こちらを見た。
嘘だろ、防がれた!
この時代に転生してから、飛び道具で大なり小なり獲物を狩ってきたが、全力で逃げる相手には外したことはあったものの、今のような方法で対処されるとは想像していなかった。
あいつ、出来る!
そう考えながらも素早く三本の矢をつがえ、放っていた。狙いを敵の指揮官の足の甲と、その傍にいた側近の二人に変更している。
側近は二人とも頭に矢が刺さり倒れたが、敵指揮官に向かった矢だけ、奴の羽織に防がれる。
駄目だ。どうする?
羽織の男に説得されたか、敵指揮官は周囲に号令すると、十数人の兵を引き連れて羽織の男と共に船へと駆け出した。俺が乗っている船とは反対側の端の船へと。
逃がすわけにはいかないと考え、俺は船から船へと跳び移るために弓を背負う。
命令が届かなかったのだろう、敵指揮官の行動を見た、さらに外周にいた兵たちが浮足立ち、そこにナガルたち、兵の一部が突っ込んだ。
たちまち広場の向こう側が乱戦になる。
両脇の倉庫の裏から回り込んだ部隊は逃げ道を塞ぐよう陣取っている。
「持ち場を離れるな、敵が来たら追い返せ。俺は敵の親玉を追う」
「はっ」
そう言い残すと駆け出した。
こちらが移動している間にも敵指揮官どもは船にたどり着き、数の力と勢いで渡し場にいた味方の兵を瞬く間に蹴散らした。そのまま次々に船に乗り込み、二人が船の舫を解き始める。
対して俺はまだ六隻目の船を通過中だ。間に合うか? 間に合わせる。
走りながら矢筒から矢を引き抜くと、袖を引き裂いて即席の布を作り、矢に巻き付ける。七隻目の甲板上で一旦立ち止まり、火打石で布に火を付けようとって、泳いできたから火がつかないじゃんか!
ぐるりと周囲を見渡して、奴らの戦利品から上等そうな服らしきものを見つけ出すと、黒曜石のナイフで適当な大きさに切り裂き、矢に巻き付けて火を付ける。
奴らが乗り込んだ船を見ると、舫を解いたのか船が徐々に岸壁から離れていき、帆柱に登って帆を下ろしている。
俺はそれを見て、的が大きくなったとほくそ笑み、弓を構え燃える矢をつがえた。
放たれた矢は帆に命中して少しずつ燃え移りだし、それを見た奴らが騒ぎ出す。混乱している間に弓を背負い直し、少しでも近寄るため再び走り出す。
十隻目の船を乗って行かれたため、九隻目で立ち止まることになった。火を放たれた帆は燃え上がり、意味をなさなくなっていたが、奴隷に命令したのか櫂を使って沖へと漕ぎ出している。
が、まだ矢の射程範囲内だ。敵指揮官と羽織の男がこちらを睨んでいるがあいつらを狙っても効果は見込めないだろう。
なら、足を止める他ない。
弓に矢を三本つがえ、放つ。狙いは櫂が突き出ている横窓の中の奴隷。
悲しいけど、これって戦争なのよね。
記憶の片隅にあった有名なアニメキャラクターの名言を思い出した。
サイコキネシスの補助もあり、矢は狙い通り船の右側の横窓へ吸い込まれていく。
少しして船に変化が生じた。まっすぐ沖へと向かおうとしていた船が急に右へと進路を変え始めたのである。恐らく矢で負傷した三人が櫂を漕げなくなったため不均衡が生じたのだろう、一時的にまっすぐに進めなくなったのである。
俺は残りの矢三本をつがえ、先ほど射こんだ窓へ放つ。
さらに負傷者が増えたのだろう、右へ旋回する角度が急になった。
一時的な足止めだが、どうにかなりそうか?
そういえば広場の様子はどうだろう。
岸壁側の船縁へと駆け寄ると、大体決着が済んでいた。
ナガルたちが一人に対して、何人かで槍を突いて止めを刺している光景がそこかしこに広がっていた。




