死後の世界
ネタ思いついたので改稿。
気づいたとき、俺は暗闇の中にいた。前後左右見回しても何も見えない。どうしてここにいるのかさえ分からない。
直前の記憶が曖昧になっていた。とても嫌なことが起きたことは覚えているのだが、詳しく思い出せない。
それ以前の記憶、人生を振り返ってみる。
平凡な家庭に生まれた。うん、覚えている。
特に何事もなく学生を経て成人し、親父の知り合いの零細企業に入社。……覚えてる。
零細企業が倒産した。まあ、社長の年が年だったし。
再就職先は小企業だった。給料はよかったが毎日残業続きで長くは持たなかった。
さらに別の小企業に行った。給料は安かったものの週休二日で、……うん?
作業中、近くを通りかかったフォークリフトに乗っていたベテランが運転を誤って、俺ごと壁に激突した、のか……。
ため息を吐く。
ああ、つまり俺は、死んだのだ。
まだ四十才にもなってなかったんだがなあ。
全身から力が抜け、その場に座り込む。改めて周囲をゆっくりと見渡す。
死後の世界ってやつか。……神様の存在を信じてるわけじゃないから否定的だったんだが。俺の意識がここにある以上、信じるしかないだろう。
これからどうしたら良いのか分からずぼうっとしていると、遠くにかすかに白い明かりが見えた。最初は見間違いかと思ったが、明かりは消えずにとどまっている。
この場をどうにかする方法があるかもしれないと判断した俺は光源に向かって歩きだした。
どのくらいの距離を歩いたのか知らないが、徐々に明かりは大きくなっていき、やがて俺の前まで近づいた。
そこには光源となる宙に浮いた画面があり、その前に俺に背を向けた髪の長い人が座ってぶつぶつと何か言っている光景があった。
「あの、すみません」
とりあえず声をかけてみたが、目の前の人は画面に夢中になって気づかないようだ。
「もしもし!」
声を上げて肩を叩く。
「何じゃ、今忙しいから後にしろ、後に!」
かなり機嫌が悪そうだ、邪魔しちゃ悪いな。というかこの人、男の老人だ。何をしてるんだろう。
気になって老人の背中越しに画面を見る。よく見ると画面は複数あり、矢印が複数書き込まれている世界地図だったり、どこかの風景だったり、知らない言語のインターネットニュースだった。
「……せっかく介入したのに無駄にしおって……」
株取引でもしているのだろうか。
老人が手に持っていた杖を構えると、一部の画面に変化が起きた。世界地図に新たに矢印が表れる。それに続いてニュースらしきものが目まぐるしく流れてゆく。
さっぱり分からん。
老人は独り言を止めた。起きた変化を観察しているのだろうか。
「ああ、駄目じゃ駄目じゃ! それはいかん! ああ……」
しばらくして、一言わめいた老人は仰向けに倒れた。
「ん? お主、誰じゃい?」
ようやくこちらの存在に気がついたようだ。
内心ため息を吐きつつ、自己紹介を行った。生まれからここに来るまでの経緯、それからここがどこなのかも聞いてみた。
「ここはあの世の一歩手前の世界じゃよ。珍しいのう、ここに人間が来るというのは滅多にないのに」
老人は杖を掲げると、テーブルとその上に入り立ての茶が出現する。
「まあ座って茶でも飲め」
「ありがとうございます。……それで、死んだら普通はどうなるんですか? それと、貴方はいったい誰なんですか?」
「大抵はあの世へ一直線じゃな、あと、ワシは神という職に就いている」
「就く?」
「あの世といっても広いでな、大勢の神が複数のチームに分かれて管理されておる」
「全てを一人で管理するのは無理なんですね」
「お主ら人間だってそうじゃろう。皆助け合って生きておる」
茶をすすった老人、もとい神様はところでと話題を変える。
「お主、もう一度人生をやり直してみたいと思わんか?」
「……よろしいのですか?」
「普通は記憶をまっさらにして生まれ変わらせるのじゃよ。まあ、滅多に来られないここに来たことに、何かの縁を感じたからかの。で、お主はどんなことがしたい?」
俺は何がしたいのか。
「……日本を……やり直したい……です、かね?」
「やり直すとは?」
「いえ、実を言うと私、歴史が好きなんですよ、といっても浅い知識しか持ってないんですが。それでですね、現在の日本、……第二次世界大戦後七十年の日本に住んでいて、不満があるわけです。あのとき、もし、こうだったら違う道が開けていたのかもしれないと思うと……」
「というと、第二次大戦前の日本に生まれ直したいと」
「いえ、もっと前です」
「理由は?」
「とあるネット掲示板で様々な知識人たちが集まって話し合った結果、江戸時代にまでさかのぼらないとアメリカには勝てないと結論づけられたそうです」
「なら江戸時代からか?」
「でもそこからじゃ面白くない。縄文時代からやり直したいんです」
「それはまた思いきったことを言うのう」
老人は白い髭を撫でながら関心を向ける。
「面白そうじゃな。乗った」
「それで問題がいくつかあるのですが」
「ふむ」
「過去に戻って転生するわけなんですけど、そもそも役に立つ知識って持ってないんですよ。ほら、前世の知識を持ったまま生まれ変わりなんて普通はあり得ないから、今を楽しめることだけしかしてこなかったんですよね」
「まあ、それが普通じゃろうなあ」
「で、過去に転生する前に、図々しいんですけど、もう一度生きてきた時代をやり直して、その間に必要な知識を集めておきたいんです」
「確かに図々しいのう。ちなみにそれは無理じゃな」
「は? え?」
「もう一度同じ時代を過ごしたいという願いは叶えられるが、今まで集めた知識ならともかく、これから意図的に集めるのは駄目じゃな」
「何故ですか?」
「この場所に来る人間は滅多にいないが、いないんじゃが、たまに来る人間が、口々に言うんじゃよ。魔法の世界でチートしてハーレム作りたいとか、過去の日本に戻って技術チートで第二次世界大戦でアメリカに勝つだのなんだの言ってのう」
虚空を見つめる神様はため息をついた。
「いや、転生させる身としてはその後が気になるので、ちょくちょく様子を覗かせてもらうのじゃが」
ため息をついて茶をすする。
「活躍はするんじゃよ。準備万端で転生するから。ただ、皆が皆、画一的というか、同じ道をたどって面白みにかけるというか」
「飽きてきた、と」
「それじゃな。まったく、毎回適切な世界を選ぶわしらにもっと遠慮せんかと言いたい」
「まあ、俺から見れば神様も感情を持った人間と判断しますし、何か違ったことをなす人を見てみたい、と?」
「うむ」
「実験対象を俺にしないでほかの人にしてもらえませんか?」
「重ね重ね言うが、この場所に来る人間は」
「滅多にいない」
神様の笑顔の無言の圧力。
俺はため息をついた。
「分かった、分かりましたよ」
「おお、引き受けてくれるか。なら、チートではないがちょっと優遇させて進ぜよう」
「どのような?」
「そうじゃのう。お主の経歴を見ると、根気が足りていないようじゃの。やる気を人一倍出るようにしてあげよう。これがあれば歴史に名を残すことはないじゃろうが、何かを成すことはできるじゃろうて」
「いや、考えようにはそれもチートでは?」
「あくまでも一般人と比べてじゃがな。その経験も加えれば、さらに次の転生先で役立つはずじゃ。後はここでわしと出会ったことの記憶を一時的に消す。戻ってきたら思い出せるようにしておこう」
「それはまた、どうして?」
「転生先の世界でわしらの顔色ばかり窺う奴もおるからの。そんなの気にせず人生を謳歌すれば良い。それと、よほど重大な悪事を働かない限りは、所謂天罰は下しはせんよ」
「ふむふむ」
「転生先は人間だけど、どこの国のどんな身分かは不特定にするぞい。安全な国で平穏に一生を終えられても何じゃし」
「ううん? まあ、面白みの無い人生よかましか」
「こんなところかの? じゃ、行ってきなさい」
「はい、え、いきなり?」
突然、視界が白く染まり、俺の意識は途絶えた。